シルヴェルクの想い 2
今回もシルヴェルク視点です。
「アレクセイ!」
「!」
大通りに戻った俺は、連絡をしてきた人物の姿を見つけ、声をかけた。
少し距離はあるが、獣人である彼ならば聞き逃す事はない。
アレクセイはすぐに振り向くと、側にいた男を促し、共にこちらへと駆けてきた。
男は、騎士団の鎧を着ている。
この街の駐屯兵だろうか。
俺もアレクセイ達のほうへと歩を進め、距離を縮めると、口を開いた。
「アカネ様は?」
「それが……どうやら、駐屯兵に捕縛されたようです。誘拐犯として」
「……誘拐犯?」
何を馬鹿な。
「どういう事だ? 説明を……いや、まずはアカネ様だ。どこにいらっしゃる?」
俺はアレクセイから男へ視線を移し、尋ねた。
すると男はびくりと体を震わせ、俺から視線を逸らす。
「あ、あの……っ、その」
「……尋ねられた事には、即座に簡潔に答えるように」
「はっ、はい! あ、あの少女は既に、取り調べの為に護送致しましたっ!!」
「……何?」
顔を青ざめさせ、言いにくそうに視線を泳がせる男に返答を促すと、男は再び体をびくりと跳ねさせ、一息に答えた。
……取り調べの為に、護送?
男から告げられたその内容に、俺は眉を寄せる。
次いで、大通りを見回した。
しかし護送の隊列などは見当たらない。
「……既に、街を出たのか?」
「は、はい、左様でございます!」
「ちっ!」
男の返答に舌打ちし、俺は即座に駆け出した。
目指す先は、騎士団支部。
護送の隊に追いつくには、馬を調達するのが一番早い。
★ ☆ ★ ☆ ★
一心不乱に馬を走らせると、やがて護送の隊が見えてきた。
警護の騎士は俺に気づくと隊を止めて、一人こちらに近づいてきた。
「何用だ? その鎧、騎士団のものだが……見ない顔だな? どこの者だ?」
警護の騎士は訝しげにそう尋ねてくる。
その問いに俺は一瞬失笑を浮かべた。
"どこの者だ"、とはな。
俺の顔を知らないのか、思い出せないのか、はたまた陽が落ちたせいで見づらいのか……まあ、そんな事はどうでもいいが。
「私はシルヴェルク・ルーンハースだ。その檻の中にいる少女の顔を確認したい」
「は? …………あっ! ル、ルーンハース副団長!!」
俺が名乗ると、警護の騎士は身を乗り出し俺の顔をまじまじと見つめ、やがて目を見開くと姿勢を正した。
どうやら俺の顔を知ってはいたらしい。
「檻にいる少女を改める。構わないな?」
「は……。えっ!! ……ル、ルーンハース副団長が、いらっしゃるという事は……!!」
「? どうした?」
俺が再び用件を告げると、それに頷きかけた騎士は、急に何かを思い出したように怖々とした様子で檻を振り返った。
その様子に疑問を覚え、声をかける。
すると騎士は顔を強ばらせた。
「あ、あの……ルーンハース副団長は現在、黒髪の少女と旅をなさっている、などという事は、ございませんでしょうか……?」
……ああ、そういう事か。
恐る恐る尋ねてきた騎士の言葉で、騎士の様子の意味に気づき、納得した。
「俺と……騎士団副団長と旅をしている、彼に確認して欲しいと、そう彼女に言われたわけか。そしてそれを一笑に伏した、と、そういう事だな?」
「っ!!」
「ならば、そこにいる少女は間違いなく私のお守りすべき方だな。連れて帰らせて貰う」
「え……!!」
俺は馬を降りると、檻に向かった。
すると騎士も馬を降り、慌てて追いかけてくる。
「お、お待ち下さい、ルーンハース副団長! この少女には、誘拐の容疑がかかっております! いくら貴方でも、連れて行かせるわけには参りません!」
「何を馬鹿な。彼女は王都からずっと私と一緒だった。誘拐などできるわけがない」
「しかし、現に訴えのあった子供と一緒におりました!」
「ジオル君の事か。それならば途中で迷子だったジオル君を連れて来た騎士から送り届ける役目を引き継いだだけだ。誘拐したわけではない」
「ま、迷子……!? いや、しかし誘拐だと……!!」
「何かの間違いだろう」
「いえ! 身代金の要求があったと聞いています!!」
「何? ……まあいい、話は後だ。とにかく、彼女は無関係だ。檻を開けてくれ。連れて帰る」
「な、なりません! いくら王都からずっと一緒だったとは言っても、一時も離れなかったわけではないはずです! 可能性がある以上、容疑者を帰すわけには」
「ほう……彼女が、俺の目を盗み、誘拐を、行った、と?」
「……えっ……い、いえ、その……!!」
馬鹿馬鹿しい可能性の話をし、アカネ様を容疑者と言い張り檻を開けないこの騎士に苛立ち、俺はゆっくりと言葉を吐き出しながら騎士を冷たく見据えた。
すると途端に騎士はオロオロと視線をさまよわせ言い淀む。
その様子に、俺は更に苛立ちを覚えた。
……なっていないな。
「君は、いつもそうなのか?」
「……はっ? はい……?」
「君にとって彼女は容疑者で、私は容疑者を解放し連れ去ろうとする身内だろう? 止めようとする気概はあるのに、何故最後まで毅然とした態度で退けない?」
「え……えっ? 何故、って……貴方は、副団長ですし……」
「相手が誰だろうと関係ないだろう?」
「……え……。……は、はい! では、恐れながら、ルーンハース副団長!! この少女は容疑者なので、お渡しする事はできません!!」
「それでいい」
俺の言葉をしっかり受け止めた騎士は、さまよわせていた視線を合わせ、はっきりと言い放つ。
その態度を見て、俺は満足げに頷いた。
……だが。
「けれど、彼女は連れて帰る」
「え……えええっ!? な、だ、なりません!! 断固阻止しま」
「責任は私が持つ。それに、宿に連れて帰るだけだ。真偽をはっきりさせる為、訴えがあった街の支部にも、ジオル君の村にも行く。君達と一緒に、明日改めて発つ。それなら問題ないだろう?」
「え……は、はい……それならば」
「なら、檻を開けてくれ」
「……わ、わかりました」
納得した騎士は、ようやく檻を開けた。
中には、体を丸めるように横たわっているアカネ様の姿があった。
薄く開いた目は虚ろで、こちらを向いてはいるが、俺を見てはいない。
「遅くなってすみません。お迎えに上がりました、アカネ様」
そう声をかけると、アカネ様はやっと俺を見た。
「……ヴェル……? 本物……?」
目を見開くと、不安げに、そんな事を言う。
幻を見ているとでも、思っているのだろうか。
「おや、どこかに偽物の私がいたのですか? それは面白い。ですが私は本物ですよ。さあアカネ様、帰りましょう」
俺は苦笑を浮かべてそう言うと、アカネ様を抱き上げた。
★ ☆ ★ ☆ ★
街に戻ると、街門の下にアレクセイとユフィル君がいた。
俺の姿を見ると、駆け寄ってくる。
「ただいま、二人とも。アカネ様は無事だよ。ただ、容疑は晴れてない。明日はそこにいる騎士達と、誘拐の訴えがあった街に向けて出発する事になった」
「そうですか……まぁ、仕方がないでしょう」
「ああ。それで、だ。アレクセイ、頼みがある」
「は、心得ております。ジオル君を連れてきた王都の騎士、すぐに戻り、連れて参ります」
「ああ、頼む」
そう言うと俺は馬を降り、泣きつかれて眠ってしまったらしいアカネ様を再び抱き上げて、宿に向かって歩き出した。
その後をユフィル君と、騎士が一人ついてくる。
念の為、アカネ様を見張るのだろう。
アレクセイが乗った馬が駆けていく音を聞きながら、俺は宿の玄関をくぐった。




