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迷子と誤解 3

牢を出た私は、今度は護送用の檻に入れられた。

この檻は、外が見えないよう、四方をぐるりと布で覆われている。

檻が揺れるのを感じ、動き出したのだと知った私は、街中を通る間、運良く三人のうちの誰かを見つけ助けを求められたら、と微かな希望を持って端に寄り、縛られたままの両手を伸ばして檻の扉付近に切れ目のある布をずらし、外を見た。

するとそこにはちょうど馬に跨がった騎士がいて、顔を出した私を見ると、睨みつけた。


「逃亡など企てても無駄だ。痛い目をみたくなければ大人しくしていろ」


冷たい声でそう言い捨てられ、私はすごすごと布から手を離し、檻の中央に戻ってへたりこんだ。

布の切れ目から見える視界は、隣にいる騎士と馬の姿で塞がれていた。

三人の姿なんて、とても探せない。

どうしよう……どうしたら、いいんだろう。

このまま何も知らせる事もできず、街を出てしまったら、三人はどうするんだろう。

街のどこを探しても私が見つからなかったら……どう思うんだろう。

私が最初、"勇者なんかじゃない"って言って拒否した事を、ヴェルやアレクは知っているんだろうか?

だとしたら……一人になった事をこれ幸いと逃げ出した、と、思わないだろうか。

もし、そう思ったら。

勇者を放棄して逃げた私なんて探さずに、王都に戻って新しく勇者を召喚し直したりしないだろうか?

何しろ私は役立たずだ。

勇者だなんて言える能力なんて持ってない。

ようやく料理と食材採取という役割りを持てたけど、そんな事、私でなくてもできる。

そんな無能を探して連れ戻して説得するより、もっとマシな人物が来ることを期待して召喚し直したほうがいいに決まってる。

そして、もし、そうなったら。

無実を証明する手立てなんて何もない私は、護送先の街で誘拐犯として濡れ衣を着せられたまま、罪人として、裁かれる……?

そこまで考えると、私はざっと血の気が引くのを感じた。

ど、どうしよう。

この世界の司法ってどうなってるんだろう?

ゲームではそんな事何も触れられてなかった。

誘拐で、死刑になんてならないよね!?

収容所で、強制労働とか!?

どれくらいの期間なんだろう!?

ま、まさか、一生……なんてことは……。

…………い、嫌だ…………!!

そんなの嫌だ!!

私は立ち上がり、両手を伸ばして再び扉付近の布をずらすと、大きく息を吸って、そして叫んだ。


「ヴェル!! 助けて!! 助けてヴェル!! ヴェル!! ヴェル!!」

「黙れ!! 静かにしろ!!」


私は必死に、姿の見えないヴェルに向かって声を張り上げ助けを求めた。

叫びだした私を見て、騎士は声を荒げ一喝してきたが、そんなのにもはや構っていられない。


「ヴェル!! ヴェル!! 気づいてヴェル!! ヴェル~~!!」

「……静かにしろと言っている!!」

「ヴェ、ぁぐっ……!!」


一喝しても叫び続ける私に、騎士は檻の隙間から警棒のようなものを差し入れ、私の体を強く突いた。

警棒に押された反動で、私は反対側の格子に体を激しく打ち付ける。

そのまま腰から崩れ落ちた。

突かれた胸と、背中がズキズキと痛む。


「痛い目をみたくなければ大人しくしていろと言ったはずだ。女だろうと何だろうと、犯罪者に容赦などしない。理解したら、これ以上騒がずじっとしていろ」


頭上から、冷たい騎士の声が響く。

……犯罪者って、何。

私が何をしたっていうの。

どうして、こんな目に合うの。

……お菓子なんて、買わなければ良かった。

宿から、出なければ良かった。

ジオル君なんて、引き受けなければ…………。


「…………違う」


ジオル君は、悪くない。

引き受けたのも、間違ってはないはずだ。

間違っていたなら、ヴェルやアレクが止めるはずだ。

悪いのは、私だ。

宿にいるよう言われたのに、外に出たのは私の判断だ。

それが、間違ってた。

お菓子を買いに行くとしても、それは三人のうち誰かが戻ってからにするべきだったんだ。

ここは異世界で、私は所詮、ゲームとしての設定(システム)しか、この世界の事を知らないんだから。

保護者抜きで、出歩くべきじゃなかった。


「ふぇ……っ」


私は痛む胸を押さえ、体を丸めて横向きに寝転ぶと、冷たい石の床に顔を伏せて、静かに涙を流した。


★  ☆  ★  ☆  ★


あれから、どれくらい経っただろう。

数時間のような気もするし、数分のような気もする。

突然外が騒がしくなって、檻の揺れが止まった。

……どうしたんだろう。

何か、あったのかな……。

私は床に転がりながら、騒がしさに閉じていた目を開けると、ぼんやりとそんな事を思って、再び目を閉じた。

起きて外を確かめる気力は、もはやなかった。

皆に逃げたと誤解され、見限られ、一人無実の罪で裁かれる、そんな未来像が頭を支配し、私は絶望していた。

けれど、鍵の音と、扉が開く音が聞こえてくると、私はもう一度目を開けた。


「遅くなってすみません、アカネ様。お迎えに上がりました」


穏やかな声と共に檻の中に入ってきたその人物が視界に入ると、私は目を見開いた。


「……ヴェル……? 本物……?」

「おや、どこかに偽物の私がいたのですか? それは面白い。ですが私は本物ですよ。さあアカネ様、帰りましょう」


そう言うと、ヴェルは私の腕を拘束する縄を解き、私を抱き上げた。


「"帰る"……帰れるの?」


呆然とヴェルを見ていた私はぽつりと尋ねる。


「はい、もちろんです。宿でアレクセイとユフィル君が待っています。早く帰って、夕食にしましょう」

「……夕食……」


……帰って、夕食。

帰れる。

帰れる……!!


「……っ。……うん。帰ろう、ヴェル。帰って、ご飯、食べたい。皆と……!!」

「はい」


私はヴェルの肩に腕を回してしがみつき、顔を埋めて、また泣いた。

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