まさかの召喚をされました
「え? え? え? な、何ここ?」
突然見知らぬ場所にいた私は、キョロキョロと周囲を見回した。
汚れひとつないどこまでも真っ白な壁と床に、私の足のつま先の所から正面に伸びた真っ赤な絨毯。
その絨毯の伸びた先にいる、鎧やらやたらフード付きの裾の長い服やらを着た人達。
……な、なんかあの人達、物語やゲームとかに出てくる騎士とか魔法使いとかの格好に見えるけど……。
今いるここも、あの人達がいる場所より数段高くなってて、なんだか何かの儀式を行う祭壇みたいに見えるけど……き、気のせいだよね?
そんな事を考えながら、正面にいる人達を凝視していると、裾の長い服を着ている人達が左右に一歩移動し、その後ろから、王冠をかぶった男性がこちらに向かって歩いて来た。
……王冠……そう、王冠だ。
王様と呼ばれる人種が頭にかぶる、アレだ。
…………うん、なんだかよくわかんないけど…………近づいて来ないで貰えないかな…………?
そんな私の思いが通じたのか、王冠をかぶった男性は、私の数歩手前、階段下で立ち止まった。
あれ、止まった?
それ以上来ない?
私はその行動を不思議に思いながらもとりあえずホッとして息を吐き出した。
すると男性は少しだけ眉を下げ、申し訳なさそうな顔をすると、その場に膝まずき、頭を下げ、口を開いた。
「突然このような真似をして、申し訳ございません。ですが、もはやどうしても、貴女様にお越し戴かねばならなかったのです」
「え?」
「私はここ、トゥルシエル王国国王、ユーゼリクス・トゥルシェと申します。……どうか、この世界、アーヴァントリアをお救い下さい。異世界の勇者様」
…………………………トゥルシエル国王?
……………………ユーゼリクス・トゥルシェ?
………………アーヴァントリア?
…………異世界の勇者様?
……あっれぇ~?
なんかその国名とその名前とその世界名とその台詞、とっても聞き覚えがあるよ?
「あ、あのぅ……もしかしてここって、北東にある島国で、騎士団と魔法師団と獣士団があって、魔王の脅威にはまださほど晒されてないけどいずれは、って事から対策を練っている国……だったりします……?」
「……おお……我が国の事をご存じでしたか! さすがは世界を救うべく招かれた勇者様です!!」
「………………。………………嘘でしょぉぉぉぉぉぉ!!??」
「ゆっ、勇者様!? どうなされました!? 頭痛がするのですか!? まさか界渡りの影響が……!!」
信じたくない思いで恐る恐る尋ねた言葉に嬉々として肯定を返された私が頭を抱え絶叫すると、男性――ユーゼリクス王は、慌てて立ち上がり、私の隣へと駆け寄って来た。
「大丈夫ですか、勇者様!? ひとまず楽な姿勢に……! どうぞ、お座りになって下さい! 今治癒魔法をおかけします!!」
ユーゼリクス王はそう言いながら着ている上着を脱ぎ、床に敷くと、そこに私を座らせて、心配そうに顔を覗き込んできた。
その為、至近距離から見る事になった、彼の顔。
柔らかそうな金髪に、深い蒼の瞳。
そのビジュアルは、私のよく知るものだった。
……ああ……間違いない。
ここは私がハマった乙女ゲーム、"女傑!恋戦記"の世界だ……。
「……治癒魔法は、いりません」
治癒魔法をかけようと伸ばされたユーゼリクス王の手を、私はそっと押し戻した。
「え? いや、しかし、勇者様……!」
「……違います」
「……はい?」
「私は、勇者様ではありません。人違いです」
「は? 何を……。貴女は、勇者様です」
「違います」
「……違いません。私達は代々伝わってきた術で勇者様である貴女を召喚」
「人違いです」
「人違いなどではありま」
「違います」
「勇者様」
「人違いです」
「……………………」
私がきっぱりすっぱり否定し続けると、ユーゼリクス王は困り果てた顔になった。
う……そんな顔されると、少し、良心が痛む。
でもこれは、仕方ないんだ。
だって私は、女傑なんかじゃないんだから。
女傑!恋戦記。
その乙女ゲームは、幼い頃から剣道を学び、あらゆる大会で優勝する程の腕を持つ勇ましくも可憐な少女が勇者として異世界に召喚され、魔王退治を乞われ、引き受けて、イケメン達を仲間に加え旅立ち、あらゆる危機や障害を乗り越えながら仲間達と絆や愛を育み、見事魔王を倒して凱旋するというものである。
この内容から見ても、ユーゼリクス王が言う勇者は、私ではないんだ。
私である訳がない。
だって私は、剣道なんて習ってないし。
じゃあ習ってるのは他の武術なのか? と思うかもしれないけど、残念ながら何も習ってないし。
勇ましくもないし、可憐でもない。
そんな私が、魔王退治なんて無理だし。
だから。
「人違いです。何かの間違いです。私を帰して、改めて召喚し直して下さい。そしたら今度はきっと本物の勇者様が現れますよ!」
私はにっこり笑ってユーゼリクス王にそう告げた。
すると、ユーゼリクス王は今度は悲しそうな顔になった。
「……勇者様は、お嫌なのですか? 勇者となり、魔王の元へと旅立つのは。それとも、突然召喚した私どもに対して、お怒りなのですか? ならば、この場にてこの命を散らしてでも、お詫び申し上げます。ですから……ですからどうか、この世界を。人々をお救い下さい。勇者様……!」
そう言って、ユーゼリクス王は自分の腰に下げる剣に手をかけた。
「へ、陛下!!」
それを見た階下の人達は声を荒げる。
けれどそれに構うことなく、ユーゼリクス王は剣を抜き放つと、それを自分の首筋に持っていった。
……え、あれ?
そういえば今この人、"この命散らしてでも"とかなんとか…………あああ!?
「ちょ!! ちょっと待った~~~!!!」
私は慌ててその手から剣を奪った。
「……勇者様?」
「駄目だから!! 命賭けてお詫びとか、いらないから!! 何考えてんの!!」
「……しかし……お怒りなのでは……」
「違うから!! そうじゃないから!! そうじゃなくてっ……!! ……本当に、人違いなの……。私は、ただの非力な女の子なんです。剣なんて使えないし、魔王と戦うなんて無理なんです」
「は……? 剣が、使えない?」
私が事実を告げると、ユーゼリクス王はぱちぱちと目を瞬いた。
「……そんなはずはありません。貴女は勇者様なのですから」
「だから、違うんです! 人違いなんです! 私嘘は言っていません!!」
「…………。……確かに、嘘を言っているようには……いや、しかし、そんなはずは……」
「……恐れながら、陛下。勇者様はご自分の言を曲げないご様子。ならばそれが事実か否か、確認させて戴くのが上策かと存じます」
「え……」
そう言って私とユーゼリクス王の会話に入ってきたのは、三人の男性だった。
鎧を着た、赤い髪の男性。
裾の長い服を着た、青い髪の男性。
獣耳と尻尾をはやした、茶色の髪の男性。
勇者の仲間候補、つまり攻略対象である、各団の団長達だった。