迷子と誤解 1
今日の空は、雲が多い。
風が強く、流れていく様がよくわかる。
私は足に力を込め、飛ばされないようにして歩く。
追い風なのが、せめてもの救いだ。
「アカネ様、大丈夫ですか? 辛ければ、休憩にしますが」
「あ、ううん。まだ大丈夫」
「そうですか。ですが、辛くなったなら遠慮なく言って下さい」
「うん。ありがとう、アレク」
後ろを歩くアレクに声をかけられ振り返った私は、短く言葉を交わし終えると、再び正面を向き歩く事に集中した。
あれから。
理由もわからず泣き続けた私は、三人に大層気を使わせた。
ユフィルには心配そうに見つめられ、アレクには困ったように見つめられ、ヴェルには謝られながら頭を撫でられ、ハンカチを差し出された。
どうして泣いたのかは自分自身よくわからないけれど、たぶん、この数日色々あったせいで、情緒不安定なんだろう。
決して、ヴェルが怒ってたわけじゃなく、失望から王都に帰るイベントにならなかった事に心底ホッとしたからとかじゃないはずだ。
うん、絶対に違う。
そして、やがて私が泣きやむと、アレクまでが私に呼び名の変更を提案してきて、それを了承する事になった。
ついでに、敬語も使わなくていいとまで言われ、これには首を横に振ったが、ヴェルとアレクに揃って言いくるめられ、最終的には頷く事になった。
まあ、その代わり私もユフィルも含め、三人に口調の変更を迫ったけどね!
最初は三人にも敬語を使わなくていいと言ったんだけど、三人は私に敬語を使わないわけにはいかないと頑として断り続けたので、それならもう少し砕けた敬語にする事を約束してもらった。
例えば、"申して下さい"を"言って下さい"に、"申し訳ございません"を"すみません"に変える。
些細な変化だけど、まあ、仕方ない。
そんな話をしながら食事を終えると、私達はすぐに村を経った。
私が泣いたせいで朝食が長引き、出発が少し遅れてしまったのは、三人に申し訳なく思う。
なので現在、遅れを取り戻すべく、時々"休憩しますか"と尋ねてくるヴェルとアレクに首を振り、頑張って歩いている。
とはいえ無理は禁物だから、疲れたら休憩させてもらうけど。
★ ☆ ★ ☆ ★
数時間後、私は上機嫌で歩いていた。
少し前、休憩した時に座った場所の近くで偶然見つけた植物の実が、食べられる物で、しかも栄養価の高いものだったらしいのだ。
ヴェルもアレクも凄く喜んでくれた。
役立たずな私が、初めて役に立てた瞬間だった。
そうだよね、別に戦闘で役に立てなくったって、他の事で挽回すればいいんだよね!
私の所持スキルなら食材探しはバッチリできるし、料理はスキルがなくても自信ある。
これから何日かは村にも街にも辿り着けないって話だし、野宿なら、食事は自分達で作らなきゃならない。
つまり、私の出番だよね!
美味しい料理作って、また喜んで貰おう!
ああ、やっと自分の役目を見つけられたよ~!!
……勇者とは何の関係もない役目だけど……気にしたら、負けだよね、うん!
「……アカネ様、もう少し端に寄って下さい。馬が来ます」
「えっ?」
そんな事を思いながら足取りも軽く歩いていた私は、後ろを歩くアレクにやんわりと街道の端に移動させられる。
馬?
え、どこから?
私は前方を見るが、馬どころか、何もない。
ただ街道が続いているだけだ。
という事は、後ろかな?
そう思って後ろを振り返るけど、やはり何もない。
「えっと、アレク? 前にも後ろにも、馬なんていないけど……」
首を傾げ、アレクを見上げて疑問を投げかけようとした、次の瞬間。
私の耳に、蹄が地を蹴る音と、けたたましいくらいの大きな子供の泣き声が耳に入ってきた。
「え」
私は再び後方に視線を戻し目を凝らすと、遥か向こうから、馬が勢いよく駆けてくるのが見えた。
「ほ、本当に馬だ……。凄いアレク! 耳がいいんだね? 見えない程遠くの馬の蹄の音が聞こえたんだ?」
「私は、獣人ですから。視覚や聴覚などは人間よりも優れているのです」
「ああ、そっか。なるほどね」
私はすんなり納得した。
「けれど……あの子供は、なぜこれほどまでに泣き声を上げているのでしょう」
「あ、この泣き声、やっぱりあの馬から? 泣いてるというか……泣き叫んでるよね、これ?」
馬の姿は段々はっきりと視認できるようになり、その上に人影が見えてきた。
泣き叫んでる子供と……抑え込むように抱えてる、男性?
「ね、ねえ? あれってまさか、拐った子供を無理矢理馬に乗せて逃亡中とか、じゃあ、ないよね?」
近づいてくる事で見えた男性は、強面のおじさんだった。
泣いて抵抗してる子供を無理矢理押さえつけて馬を走らせてるようにしか見えない……。
私は顔をひきつらせながら、三人に向かって問いかけた。
するとアレクは、首を横に振る。
「いいえアカネ様、それはありません」
「え、どうして?」
アレクの返答に、私は首を傾げた。
「あの男の着ている鎧は、我が騎士団のものなんですよ、アカネ様。つまり、子供を連れているあの男は、我が国の騎士です」
「え」
私の疑問にそう答えたのは、ヴェルだった。
騎士団の鎧?
……そう言われてみれば、あれ、ヴェルと同じ鎧だ……。
「けれど……ああも泣き叫んでいるのは妙ですね。騎士が子供を乗せて馬を駆けているのも……少し、事情を聞いてみましょうか。そこの者、止まれ! 馬を降り所属の隊名と名を答えよ!」
「は? 何……って、ふ、副団長!? はっ、はい!! どうっ、どうーーっ!!」
ヴェルがそう言って街道の真ん中に佇むと、男性は驚愕の声を上げて馬を止めた。




