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村にて

村へ戻ると、真っ先にお風呂に入って汗を流した。

お風呂を出ると部屋の窓を開け、その前に椅子を持ってきて腰かけ、しばらく涼む。

窓から吹いてくる夕暮れの風は心地よく、そこから見える夕日に赤く染められた景色はとても綺麗だった。

こんなふうにのんびりと時間を過ごすのはこの世界へ来て以来だ。

お城にいた時は、朝からお昼までは訓練、昼食を挟んで午後は仲間を選定する為の交流――これは何故か毎回ヴェルとだったけど――、夜は夕食と入浴後、就寝時刻までユフィルにこの世界の文字を教わる、という日々を送っていた。

僅か、四日だったけど。


「ふぅ……」


私はなんとなく溜め息をひとつ吐くと、窓枠に腕を置き、その上に顔を乗せて、目を閉じた。

すると途端に、元の世界にいる両親や姉、友人達、果ては元彼の姿までもがまぶたの裏に浮かんできた。

彼らの事を思い出すのは、この世界に来た初日、ユーゼリクス王に"帰れない"と告げられ、部屋に戻って泣いた時以来だった。

思い出すと辛くなるから、敢えて思い出さないようにしていたのかもしれない。

けれどこうして、一人でのんびりできる時間が取れた途端、それらは容赦なく私の頭を占拠してくる。


「……いつかは、思い出しても泣かなくて済むように、なるかなぁ」


そう呟くと、私は腕に顔を伏せ、できるだけ声を殺して、泣いた。


★  ☆  ★  ☆  ★


「ああ、ユフィル、ちょっと待って。食後の運動を兼ねて、これから散歩に行かない?」


夕食後、部屋に戻ろうとするユフィルを呼び止めて、私は誘いをかけた。


「散歩、ですか? これから?」

「うん。ちょっと、話したい事もあるし。少しだけでいいから、つき合ってくれないかな?」

「はい、わかりました。では、行きましょう」

「うん。ありがとうユフィル!」


頷いて承諾してくれたユフィルにお礼を言って、私は宿の玄関がある方向に足を向けた。


「お待ち下さい勇者様。既に外は闇に閉ざされております。外出なさるなら、我々もお供致します」

「え。い、いいですよ! 大丈夫です、そんなに遠くには行きませんし、本当にちょっと散歩するだけですから」


歩き出した私に追いかけてきたヴェルがそう告げてくる。

けれど私はそれを拒否した。


「たとえそうでも、いけません。もし何かあったら」

「何かあったら、その時はユフィルがいますから。この辺りの魔物ならユフィルが退治できる事はさっきの実戦訓練で判明済みでしょう? だから大丈夫ですよ。もっとも、宿の周りを散歩するだけですから、魔物なんて出ませんけど。じゃあ、行って来ますね!」

「行って参ります。アカネ様は、必ず俺がお守りします」


拒否されても食い下がったヴェルの言葉を遮って心配ない事を告げると、私はそのまま宿を出た。

ユフィルもそれについてくる。

私達は、月明かりが灯る中を、二人並んで歩き出した。


★  ☆  ★  ☆  ★


宿から少し離れた場所で、青々と茂る草の上に二人並んで座り、私は月と星が煌めく空を見上げた。


「綺麗な星。いい月夜だねぇ、ユフィル」

「はい」


私の言葉にユフィルも顔を上げて空を見上げ、頷いて答える。

私は夜空を見上げたまま口を開いた。


「……ねぇユフィル。今日さ、私がシルヴェルクさんの腕の中からおりる手伝いをして欲しくてユフィルを呼んだ時、ユフィル、それを"命令"だと、受け取ったよね?」

「あ……はい。……お話とは、その事ですか? アカネ様?」

「うん。あのね、ユフィル。私は別に、服従してくれる人が欲しくてユフィルを買ったわけじゃないんだよ。私は"お願い"はするけど"命令"はしないし、ユフィルが嫌な事は断ってくれて構わない。それを可能にする為に、私はあの腕輪も首輪も捨てたの」

「……あ……」


私がそう言うと、ユフィルは僅かに表情を強ばらせ、自分の首を触った。

それを見て、私は自分の失言に気づいた。

どうやら首輪の感触を思い出させてしまったらしい。

奴隷商人に首輪を着けられた時は無表情だったけど、やっぱり嫌だったんだ……まぁ、当然だよね。


「ごめんユフィル。嫌な事思い出させちゃったね。あ、あのね、私がユフィルを買ったのは、一緒にいて貰いたかったからなんだ。ずっと一緒に。あ、"ずっと一緒"って言っても、毎日一日中って意味じゃないよ? 四六時中側にいなくていいし、帰って来てくれさえすれば、たまには数日別行動したっていい。ただね、ただ……いつか、この旅が終わっても……私が、魔王を退治できなくても。それでも、私と同じ場所で、生活して欲しいんだ。私がユフィルに望むのは、それだけだよ」

「同じ場所で、生活? それだけ……ですか?」

「うん。それだけ。それ以外は、何してもユフィルの自由だよ」


まぁ、バッドエンドの友情エンドを迎えたあと、その先へも続いていくだろうこの現実の日々の中で、やがてユフィルと恋に落ちれれば、なんて最初は思ったりもしたけど、ヴェルの言葉や行動にいちいち揺れてる今の状態じゃ、そこまで望むのはユフィルに失礼だしね。

でもできるだけ早く、ヴェルに揺れるこの気持ちをどうにかしなくちゃなぁ。

ヴェルに恋したって、どうにもならないんだから。

あ~あ、何で私の一番好きなキャラ、ユフィルじゃないんだろ。

ユフィルなら、旅するのも恋するのも、何の問題もなかったのに。


「………………」

「ん? ……ユフィル? ど、どうしたの?」


私の言葉にきょとんとしていたユフィルは、次第に困惑顔になり、やがて俯いてしまった。

それに気づいて、私は思考を止め、慌てて声をかける。

わ、私、そんなに困る事を言っただろうか?

私が顔を覗き込むと、ユフィルは言いにくそうにゆっくり言葉を紡ぎ出した。


「……俺は、奴隷商人に売られて以降ずっと、ただ従順であるよう躾られてきました。なのに、"嫌なら断っていい"とか、"何しても自由"とか、言われても……」

「……言われても? ……困る?」

「……困る、というより……戸惑います……」

「"戸惑う"……そっかぁ」


"困る"じゃなくて"戸惑う"なら、少なくともそう言われる事が迷惑ってわけじゃあ、ないんだよね?

ただ奴隷商人に従順にと躾られたユフィルにとっては、違和感を感じてしまうって事なんだろう。

なら……うん、これから少しずつ、慣れていってもらおう。

慣れるまでは戸惑ったり困惑したりするだろうユフィルには悪いけど、私は従順な奴隷としてユフィルに接するつもりはないし。


「わかった。それなら、できるだけユフィルが戸惑う事のないようにするよ。方法も考えてみるね。それでいいかな?」

「え? ……はい……?」


私がそう尋ねると、ユフィルは頷いた。

語尾に疑問符をつけた返事と共に。

うん、わかってないのに頷いてるね。

"従順に"っていう躾の成果かな……仕方ないなぁ。


「さて、それじゃ、そろそろ戻ろうか。私が話したい事は話したし、あんまり遅くなるとシルヴェルクさん達に心配かけちゃうしね」

「あ、はい。わかりました」


私が立ち上がると、続いてユフィルも立ち上がった。

再び上を見上げ、最後に少しだけ夜空を眺めてから、私達は宿へと戻って行った。

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