初めての……
「さて、勇者様。これからどこへ向かいますか?」
「え? どこへって……魔王城ですよね?」
王都を出るべく大通りを街門へ向かって歩いていると、突然ヴェルがそんな事を尋ねてきた。
私は首を傾げて尋ね返す。
「あ、申し訳ございません。質問の仕方が間違っていましたね。仰る通り、最終目的地はそうです。ですがそこへ行く為のルートはいくつかございまして。西へ行って南に下るルートか、南に下って西へ回るルートか、どちらがよろしいですか? 魔王の城は遥か南西にあると言われていますので」
「あ。そっか……う~ん、そうですね」
ゲームだと、まずは南に下って行くんだけど、西側の国にもどうせあとで行く事になるんだよね。
世界中をくまなく回るのが、こういうゲームの醍醐味だし。
「……そういえば、王子様が拐われた隣国って、西と南、どちらですか?」
これは全く未知の出来事だし、行って情報集めないとね。
「ああ、西の国です。行かれますか?」
「はい。王子様を拐った魔物の事とか、色々聞いておかないとならないと思いますから」
「かしこまりました。ではとりあえずの目的地は、西の国ですね」
「西か。なら西南の港町から、船だな」
「船!? ああ、そっかぁ! 船に乗るんですよね! わぁ、私船旅って初めてです!」
「俺もです」
「あ、ユフィルも初めて? 楽しみだね! 船旅!」
「……はい」
「楽しみ、ですか……そうですね。船旅はいいものです。……魔物さえ、でなければ」
「え」
隣国までは船旅になると思い出しはしゃぎだした私は、呟かれたヴェルの言葉にぴたりと動きを止めた。
ああ……そっか、当然魔物も出るんだよね。
初の船旅とはいえ、はしゃいでばかりはいられないかぁ……。
魔物がいるという現実に、私はがっくりと肩を落とした。
「勇者様。もし船旅をただ満喫したいと仰るなら、魔物の相手は私共に任せ、勇者様は船室でお茶を片手に見ている、という方法もございますよ?」
「は!? な、何を言っているんですか! そんな事できません! そ、そりゃあ、確かに私は戦闘に関しては役立たずかもしれませんが、そんな提案しなくても……!! 一人で戦線離脱なんて……!! ろくに戦えなくても、せめて私も、皆と一緒にいますからねっ!!」
笑みを浮かべながら穏やかに提案してくるヴェルを睨んで、私ははっきりとそう告げた。
「……そうですか。わかりました」
ヴェルはそう言って頷くと歩く速度を落とし、私の横から後ろへと自分の位置を変えた。
む……足手まといとはこれ以上話す必要なしって事?
上等じゃないの、こっちだってヴェルとはなるべく交流したくは………………あ、あるけど、ないんだからっ!!
その後しばらくの間、私は意地でも後ろを振り向かなかった。
この時、もし後ろを振り返っていたなら、並んで歩くヴェルとアレクセイさんが、嬉しそうに笑って頷きあっている事に、気づけたのに。
★ ☆ ★ ☆ ★
街門を出て、街道を西南方向に下りながら、てくてく歩く。
どこまでも続いているかのような平原の道を、ただひたすら歩いて行く。
歩いて、歩いて、歩き尽くす。
……うん、私、疲れてきました。
こんなに歩いたのは人生初です。
街門を出た時は斜め左方向にあった太陽が、いつのまにか真上に昇っています。
そろそろ、お昼休憩を取ってもいいんじゃないでしょうか。
青々とした草や可憐な花がそこかしこに咲いてる平原で食べるお昼ご飯は、きっと美味しいと思うんです。
ねぇ、そこの涼しい顔で歩き続ける三人組の方々?
疲れてないんですか?
休憩しましょ?
ねえねえ、騎士のお二方、前にいた私を追い越して後ろから前に出たあげく、段々私が離れて行ってる事にそろそろ気づきませんか?
気づきましょうよ?
気づいて、お願い。
……ていうか、何でユフィルまで平然と歩き続けていられてるの……?
うう、私が体力無さすぎって事なのかな……。
そう思って私が溜め息をつくと、ヴェルとアレクセイさんが立ち止まって振り返り、それにつられるようにユフィルも止まった。
「……どうやら、このへんが限界みたいですね」
「そうだね。思っていたより、頑張って下さったかな」
「もう、いいのですか?」
「ああ。君にも我慢させたね、ユフィル」
「いえ。……アカネ様、大丈夫ですか?」
そう言って、ユフィルは私に駆け寄って来た。
そんなユフィルの後ろから、ヴェルとアレクセイさんも近づいて来るのが見える。
「あ、あの、皆。……お昼ご飯に、しませんか……?」
ようやく自分を振り返ってくれた皆にホッとして、私は少し前から思っていた事を口にした。
けれどヴェルとアレクセイさんは揃って首を振る。
「いいえ、勇者様。手持ちの食料は保存がきく物ですから、今すぐ使う必要はありませんので、昼食はこの先にある村の酒場で取りましょう。あと少し歩けば、着きますから」
「えっ……」
あ、あと少しって、どれくらい歩くんですか……?
ヴェルの言葉に呆然と立ち尽くすと、アレクセイさんがわずかに微笑んで、口を開いた。
「勇者様がもっと早く限界を迎えられたならば、そのまま街道沿いの平原で昼食にしたのですが、なかなか頑張られましたからな。村までもうすぐなので、村で取りましょう」
「わ、私の限界? 頑張った……って……?」
アレクセイさんの言葉の意味がイマイチわからず、私は首を傾げた。
すると申し訳なさそうに眉を下げたユフィルが口を開いた。
「……すみませんアカネ様。シルヴェルク様とアレクセイ様が、アカネ様がどれだけ歩けるかを見極めると仰って……アカネ様が疲労の限界を迎えるまで、敢えてこれまで休憩せずにきたんです」
「……へ……!?」
な、何それ。
「申し訳ございません勇者様。お詫びに、村までは私が勇者様をお運び致します。失礼致します、勇者様」
「へ!? ……きゃっ!?」
そう言うとヴェルは、私の背中と足に腕を回して、抱き上げた。
「ちょっ……!? お、おろして!! おろして下さい!! 歩きます!! 歩きますから!!」
「遠慮なさる事はございません。お疲れでございましょう?」
「だ、大丈夫です!! おろして!!」
「ああ、暴れないで下さい。じっとして」
「嫌です!! おろして下さい!! ……ユ、ユフィル!!」
助けて!!
そんな思いを込めて私はユフィルの名を呼び、手を伸ばした。
するとユフィルは何故か困ったような顔をしたが、ひとつ頷くと、ヴェルを見た。
「……わかりました。シルヴェルク様、アカネ様は俺がお運びします」
「……えっ?」
い、いや、私は、おりれるように手を貸してくれればそれでいいんだけど……"わかりました"って、何?
「何を言ってるんだいユフィル? 顔には出していないけど、君だってかなり疲れているだろう?」
「え」
「……けれど、アカネ様のご命令ですから」
「え?」
め、命令?
「そ、そんなの、してないよ……?」
「え? ……けれど、今、俺を呼んで、手を」
「あ、うん……私がおりれるように手を貸してくれる? あとは、自分で歩くから」
「え……。……アカネ様、それは賛成しかねます」
「へっ?」
「私も同感です。これ以上の無理はよくありません」
「え」
「そういう事です。諦めて、じっとしていて下さいね? 勇者様?」
「えっ!!」
その後。
抵抗を続けたものの、三人とも私が自分で歩く事は許してくれず、結局私はヴェルにいわゆる"お姫様だっこ"をされ、村まで運ばれたのだった。
その間ずっと、私の顔が熱く、心の中で延々と葛藤を繰り広げていた事は、言うまでもない。
ヴェル……お願いだから、私を放っておいて……。




