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見送り組の思い

この回はユーゼリクス王視点になります。

旅立って行く勇者様とその仲間達の背中を、私はその姿が見えなくなるまでただじっと見送った。


「……無事に、旅立たれたな」


やがてそれが視界から消えると、私はぽつりと呟いた。


「はい。……しかし、結局最後まで、勇者様は"魔王を倒す"と明言なさっては下さいませんでしたね」


私の呟きを拾い、騎士団長は苦笑してそう言った。

そんな彼に、私は冷笑を返す。


「それは当然だろう。レベルも能力も低く、スキルは戦闘の役には立たず、ろくに魔法も使えない上、武器を扱う訓練も満足にできていない。そんな状態で"魔王を倒す"などと言えるのは自信過剰な愚か者か楽観的すぎる阿呆のどちらかだ」


次いでそう告げると、今度は魔法士団長が苦笑を浮かべ、口を開いた。


「確かに。私が勇者様のお立場ならば、そんな状態で魔王討伐の旅に出されるとなれば、昨日のうちに逃げ出しておりますね」

「こら、何を言う」

「ああ、申し訳ございません。失言でした」


魔法士団長はそう言って肩を竦めたが、悪びれた様子はない。

私も口ではその言を咎めたものの、内心では同意している。

勇者様の立場になって考えれば、自分の意思など関係なく突然異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救えなどと言われた上、ろくに訓練の期間も与えられず強制的に旅立たされるなど、ふざけるなと言われてその役目を放棄され、逃亡されても仕方がないのだ。

その事を十分に理解していて、それでも私は勇者様に告げ、旅立たせた。

きっと勇者様は、内心では私を嫌悪しておいでだろう。

最後まで、そんな様子は微塵もお見せにはならなかったが。

いつかご帰還されたその時は、精一杯の償いをしなければな。


「逃げ出す、か。そういえば、初日に王都で姿を消された時は、逃亡を疑ったな。実際は、意外な場所で思いもしない事をなさっていたが」


そんなふうに私が思考に沈んでいると、騎士団長が思い出したようにあの日の事を口にした。


奴隷(ユフィル)ですか。本当に才能があったと聞いた時は驚きましたが……勇者様は、何故彼を買われたんでしょうな? 鑑定スキルで才能の有無などわかるはずもないですし、何か意図があるはずですが」

「逃亡を企て、けれど異世界で一人さすらうのは不安。故に奴隷を得て二人で逃亡、が当初の見解でございましたね。その晩は警備を増やし対策に当たりましたが、結局勇者様はお部屋から出る事すらありませんでした」

「そして翌日にはユフィル君と共に訓練に臨まれ、逃亡する様子など微塵も見せられなかった」

「副騎士団長によれば、武器選びも真剣になさっていたらしいですし、その後の訓練も……。完全に我々の取り越し苦労でしたね。勇者様が何故彼を買われたのかは結局わからずじまいでしたが、少なくとも我々が懸念した、逃亡の為ではなかったようですから」


騎士団長の言葉を皮切りに、各団長や副団長達がこの四日の懸念について口にしていた。

全員が苦笑し、その顔には"全くもって馬鹿馬鹿しい心配をした"という文字が描かれている。

……本当に、その通りだ。

報告によれば勇者様は、魔法訓練ではどれほど時間がかかろうと、どれだけ失敗に終わろうと、魔法が発動するまで何度も何度も言霊を口にし挑戦なさっていたようだし、棍の訓練では、疲労し、棍を握る力が失われるまで素振りに励まれていたようだ。

そのどちらも、魔法士団長と騎士団長の判断で、疲労した勇者様に無理は強いるまいと、訓練終了を告げたとの事だった。

私も、それで良いと判断した。

けれどシルヴェルクによれば、勇者様はそれを"呆れて追い出された"と誤解されていたらしいが。

それを聞いた時の魔法士団長と騎士団長の顔を思い出し、私は笑い声を漏らす。


「陛下?」


そんな私に気づき、皆が首を傾げる。


「いや……勇者様に誤解されたと知った時のそなたらの顔を思い出してな。目を見開き、ぽかんと口を開けたあの顔は新鮮だった」

「な……! お、お忘れ下さい陛下!」

「く……。……しかし……今思えば、無理を強いてでも、訓練を受けて戴くべきでした。勇者様にその気はおありだったのですから。長くはなくともまだ時間はあると判断した事が、結果的にあんな状態で旅立たせてしまう事になってしまいました」

「……そうですね。こんな事態になるなど予想できなかった、我々の判断ミスです。勇者様には、申し訳ない事をしてしまいました」


そう言うと、二人は勇者様が消えた方向を見つめ、後悔に顔を歪めた。


「……それを補う為に、シルヴェルクとアレクセイをつけたのだろう? 一流の魔法騎士と、一流の棍使いを。……大丈夫だ。あの勇者様ならば旅の中で成長し、必ず魔王を倒してご帰還下さる。たとえ、何年かかろうと。そうだろう?」

「……は」


私は意識して"凛々しい王の顔"を作り、自信に満ちた声色で二人にそう告げる。

それに頷いた二人の顔からは後悔の色が薄れ、普段の表情が戻ってきた。

それを確認すると、私はその場にいる騎士達を見渡し、再び口を開いた。


「皆、良いな! 勇者様が魔王を倒されるまで、我々でしかと国を守るのだ。勇者様が戻られる場所を。たとえそれが何年先になろうと、この国が魔物に襲撃されどんなに厳しい状況に陥ろうとだ! どれだけかかろうと、あの方は必ず魔王を倒される! それを信じて待ち続けるのだ!」

「はっ!!」


力強く言い放った私の言葉に、その場にいる全員が騎士の礼で答える。

誰一人、その表情に迷いの色はない。

当然だろう。

勇者様の努力の姿勢は、この場の全員がその目で見て、あるいはその耳で聞いているのだから。

"逃げ出す"という選択肢などまるで頭にないように、ただ訓練と仲間選定に励まれていた勇者様。

そんな姿を見ていた故に、私も含め、全員が信じていた。

あの勇者様が、必ず魔王を倒されると。

いずれ救世の英雄となり、この国に凱旋下さると。

そう、信じていた。

それがまさか、これから引き起こされる思わぬ事態によって覆される事になるなど、この時の私達は、夢にも思わなかったのだった。

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