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旅立ちの朝

ユーゼリクス王から贈られた、丈夫で軽い、旅の衣服を身に纏う。

ブーツを履いて立ち上がると、壁に立てかけてた棍と、テーブルの上に置いておいた旅の為の品々が入った鞄を手に取る。

この鞄は魔法の鞄らしく、その大きさからは考えられない量が詰め込めた。

この世界へ唯一一緒に来たキャリーケースを置いていくのがなんだか嫌で、試しに入れてみたら入ったのだから驚きだ。

鞄を肩に斜めにかけながら部屋の扉へ向かう。

そして扉の前で振り返ると、ぐるりと部屋の中を見渡す。

過ごしたのはたった四日だったけど、居心地が良かった自分の部屋。

もう二度と使う事はないだろう。


「……ばいばい」


そう呟くと、扉に向き直り、ノブに手をかけた。


「きゃ!?」

「えっ? あ、メイドさん!」


扉を開くと、すぐ前にメイドさんが立っていた。


「ご、ごめんなさい! ぶつかりませんでした?」

「だ、大丈夫です。……それより、あの、勇者様。道中、どうかお気をつけて。無事のご帰還を、お待ちしております」


メイドさんは姿勢を正すと、そう言って頭を下げる。

どうやら、挨拶をしに来てくれたみたいだ。


「……ありがとうございます。四日間、お世話になりました。メイドさんの淹れてくれるお茶、いつもすごく美味しかったです。ありがとうございました」

「勇者様……」

「……それじゃ、さようなら」


嬉しそうな、けれどどこか寂しそうな表情を浮かべるメイドさんに私はぺこりと頭を下げると、振り返る事なく歩き出した。

メイドさんに会うのも、これが最後だ。

私の帰還なんて、待つ事はない。

むしろ、さっさと忘れて欲しい。

いずれ、魔王を倒した勇者として帰還するのは、私ではないだろうから。


★  ☆  ★  ☆  ★


うわ、何あれ?

城門へ行くと、その周りにたくさんの人だかりが見えて、思わず足を止めた。

城門前からこちらへと、道の端、その左右にずらりと並んで佇む、鎧姿の見知らぬ男性達。

そして道の中央にいる、見知った面々。

その姿が視界に入るとホッと胸を撫で下ろし、再び歩き出す。

正直、見知った顔がいなければ回れ右していたと思う。

鎧を着た見知らぬ男性達が微動だにせずただ立ち並ぶ中を一人で通る勇気は、私にはない。


「おはようございます、アカネ様」

「うん、おはようユフィル」


いち早く私の存在に気づいたユフィルが、私の側へと歩いて来て、挨拶をした。

私はユフィルに挨拶を返すと、次いで、ユーゼリクス王達に視線を向ける。


「ユーゼリクス王、皆さん、おはようございます」

「「「「「「 おはようございます、勇者様 」」」」」」

「おはようございます勇者様。いよいよ旅立ちでございますね。お見送りに参りました。貴女には大変な使命を背負わせてしまいますが、どうか、必ず魔王を倒し、この世界に平和をもたらして下さいませ。お願い致します、勇者様」

「……あ、あはは……わ、私は私にできる事を、頑張ります……」


挨拶をしながら中央にいる面々に近づくと、ユーゼリクス王が一歩前に出て、そう言って頭を下げた。

そんなユーゼリクス王にどう返答するべきか迷った私は、そう返した。

"私にできる事"。

もちろんその中に、魔王退治は入っていない。

けれどユーゼリクス王は頭を上げ、満足そうに頷くと、再び口を開いた。


「はい。頑張って下さいませ、勇者様」

「は、はい。そ、それじゃユフィル、出発しようか!」

「はい、アカネ様」


あの返答でうまく誤魔化せたらしいユーゼリクス王がその意味に気づいてしまう前にと、私は早口に出発を告げた。

すると、ユーゼリクス王の背後から、二人の男性が私の側へとやってきた。

ヴェルと、アレクセイさんだ。


「かしこまりました、勇者様。出発致しましょう。けれど、我々の存在もお忘れなきように」

「ユフィル君だけに出発を促されては、お供として、立場がありませんからね」

「えっ。い、いや、別に忘れてたわけじゃ! 近くにいたのがユフィルだけでしたから、たまたまそうなっただけですよ!」

「ああ、なるほど。確かに遠くの者より、近くの者のほうが声をかけやすいですね」

「で、でしょう!?」

「はい。得心しました」

「……へぇ、君はそれで納得しちゃうんだね、アレクセイ」

「はい? シルヴェルク様、何か?」

「ほ、ほほほら、出発しましょう! それじゃ、ユーゼリクス王、皆さん、短い間でしたがお世話になりました、さようなら!!」

「……お世話になりました。さようなら」


私はヴェルとアレクセイさんの会話に割って入ると、次いでユーゼリクス王達に向き直り、別れの挨拶をした。

するとユフィルが、それに続いた。


「おやおや、これ以上雑談をする時間はなさそうだよ、アレクセイ。……陛下、団長。行って参ります」

「そのようでございますね。……行って参ります陛下、団長、副団長。必ず勇者様を守り抜き、魔王を倒して参ります」

「ああ、期待している。勇者様をしかと支え、見事魔王討伐を果たし、凱旋せよ」

「「 はっ! 」」

「………………それじゃ、行きましょうか」


ユーゼリクス王の言葉に騎士の礼で答えるヴェルとアレクセイさんに、複雑な思いを抱きながら、私は歩き出した。

レベルは1、能力値も低い、修得スキルは戦闘に何の役にも立たないもので、棍の訓練も素振りしかしてなくて、使える魔法は蝋燭程度の大きさの火の魔法と、そよ風程度の風の魔法。

そんな史上最弱であろう勇者が、どうやって魔王を倒せるというのか。

この先旅の中で訓練や実戦を積んでいくとしても、望みは薄いと思う。

だって、私だし。

頑張ればそこそこ成長はするだろうけど、あくまでそこそこだ。

魔王なんて倒せるわけがない。

私が目指すのは、バッドエンドの友情エンド。

それももちろん、ユフィルのね!

一人で放り出されるなんて、絶対に嫌だし。

何故か攻略対象者でないアレクセイさんが仲間になったりとか、四日で旅立ちとか、ゲームと違う点があるのは気になるけど、大筋までは変わらないだろうし。

エンディングまで違うかもとか馬鹿な期待して、ヴェル攻略なんかには走らない。

だから、お願い。

どうか最後まで揺らがないで、私の心!!

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