千尋と詩織
「貴女が神藤千尋さん?」
千尋は学校の廊下で呼び止められた。千尋は振り向くとそこには美しい少女がいた。確か年は千尋よりひとつ上。千尋はこの美しい少女を知っていた。大和詩織。深月の従姉で千尋が深月と婚約するまでは深月の筆頭婚約者候補だったはずだ。
「はい。何か御用ですか?詩織様。」
千尋が聞くと、詩織はにっこりと微笑む。
「ねえ、話があるの。いいかしら?」
詩織が言うので千尋は頷く。
詩織が千尋を連れてきたのは空き教室であった。
「あの、それでお話とは?」
千尋がにこやかに聞くと、詩織はにっこり微笑み返す。
「ねえ、貴方。深月さんと婚約してるって本当なのかしら?」
詩織は単刀直入に聞く。千尋は内心でため息をつく。いつかは来るだろうと思っていた話だが、面倒極まりない。
「はい。理事長からお話をいただきまして。正式なお披露目はまだですが。」
「そう。神藤の神子姫と大和が結びつくことがあってはならないということはわかっているのかしら?」
詩織は艶やかな笑みで牽制して来る。
「はい。」
「なら...」
「ですが、それは詩織様にとやかく言われることではありませんわ。」
詩織の言葉を千尋は笑みを浮かべて遮る。詩織は眉間にシワを寄せる。
「ちょっと、貴方。誰にものを言っているのかわかっているの?禍罪の神子のくせに。」
詩織は苛立つように言う。禍罪の神子とは大和一族の一部が使う神藤の神子姫の蔑称である。千尋は苦笑いを浮かべる。随分と自信のある女性だ。自分が深月と婚約すると信じて疑わなかったのだろう。周りがそれを持て囃したのも一因だろうが。
「禍罪の神子ですか。貴女は一つ勘違いしてらっしゃいます。大和も神藤も家格に違いはありません。ですから、貴女には神藤本家の私を侮辱するべきではありません。仮にもご自分を大和一族だと自負なさるのであればですが。」
千尋はそう言ってから、やってしまったと頭を押さえる。多分千尋は言い過ぎた。ただ、禍罪の神子などと蔑まれて平気な程人間は出来ていないのだ。
「くっ。あははっ。やられたな。詩織。」
ドア付近で笑い声がする。ふと、千尋と詩織が目を向けるとそこには大笑いしている深月がいた。詩織は驚きそれからばつの悪そうな表情を浮かべ、千尋は面倒そうな表情を隠さずに浮かべる。
「それで詩織と神藤はなにしてたんだ?」
「深月さん。本当に彼女と結婚するつもり?我が一族に災禍を招くつもりなんですか?」
詩織の指摘は至極真っ当だ。千尋もそう思う。しかし、深月は微笑む。
「ああ。そのことか。俺は神藤と結婚する。それは覆さないよ。」
深月は千尋の肩を抱いて言う。千尋は眉間にシワを寄せた。詩織はそれを見て、顔を真っ赤にして部屋を出る。
「やりすぎよ。」
千尋が言うと、深月は微笑む。
「彼女にはきっとこうでもしないとわかんないんだよ。神藤。神藤みたいに真っ直ぐに生きている子にはわからないかもしれないけど、そういう人間もいるんだ。」
深月は千尋から体を離して言う。




