ただの千尋としてなら
ありえないありえないありえない。千尋が大和深月、しかも大和家後継ぎに恋するなんてあってはならないことだ。
「お嬢様?何をなさっているんですか?そんな顔をなさって。」
千尋が朝庭で、まだ昨日千里に言われたことについて百面相していると、聡の付き人である藤本一成に声をかけられた。
「一成さん。おはようございます。そんなにおかしな顔してましたか?ははは。あ、いけない。私、そろそろ学校行かなくては。」
千尋が誤魔化しながらそう言って学校に行こうとすると、一成は不思議そうに千尋を見る。
「お嬢様。今日は学校は創立記念日ではありませんでしたか?うちの愚息もそれで今日は休みと言っていたような。」
一成が小首を傾げてそう言うと、千尋ははた、と動きを止める。
そういえば、そうだった。千尋としたことが、うっかりしていたようだ。千尋は真っ青になる。神藤の娘としてありえない失態をするところだった。
「そうだった。ありがとう。一成さん。教えてくださって。」
「いえ。構いませんよ。よく聡様もうっかりなさっておりましたよ。...しかし、お嬢様がうっかりとは珍しいですね。何か悩み事でおありですか?」
一成は優しそうに微笑み聞く。千尋は笑ってごまかそうとする。
「なんでもないの。ただちょっとだけ悩むまでもないことに悩んじゃっただけよ。」
千尋がそう答えると、一成は真面目な表情を浮かべる。
「お嬢様。何か悩み事がおありなら、どうかご家族にご相談なさいませ。皆様、お嬢様の事を大事に思っておいでなのをお忘れなきよう。...出過ぎたことだろうとは思っていますが。」
一成が言うと、千尋は本当に微笑む。
好き。とまではいかなくても、大和深月が気になっているのはおそらく事実なのだろう。千尋は目をつぶる。
千尋にとって神藤の神子姫であるのは大切だ。そのために努力してきた。でも、千尋の家族は神藤の神子姫じゃなくても、きっと千尋を大切にしてくれる。今までこの家で育てられてきてそう思う。
大和深月。彼のあの昏い瞳で見られたことは千尋はない。妬み嫉みの瞳で見られたことならあるが、あんな瞳で見られたことはなかったのだ。だから、彼が気になるのかもしれない。どちらにせよ、神藤を抜いて考えたら彼はとても興味深い人間であることは確かだ。
神藤千尋としてならありえなくても、ただの千尋としてなら恋をしたのだろうか。千尋はついそんなことを考えてしまう。
第21話です!
あとちょっとで、千尋の思案タイム終了です...
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