明日
もうどれくらいここに座っていたのだろう。公園のすみにあるベンチで、ただ思考のループにはまっている。
頬を撫でた風にふと我に返ってみれば、空の色が変わり始めている。
帰ろう。もうここにいてもしかたがない。そう思いながらも腰はあがらない。
どうして?いつから?私のこと笑ってた?
また同じループにはまりそうになる。
えいっ とばかりに勢いをつけてベンチから立ち上がる。
背中の中ほどまである髪がゆれた。
「きれいな髪だな。」
あの人の声が聞こえたような気がして振り向いてみる、 けどそこで目にしたものを思い出したくなくて
目を閉じた。
息を吐いて歩き出す。でも心の中は無限ループのように繰り返す。
どうして・・・・
いつもの駅へと向かう道。だんだんと人通りが増えてきた。
商店街が近い。
「明日さぁ」
「えぇ?」
ふいに聞こえてきた会話に、俯いていた顔をあげる。
「明日さぁ、英語のテストじゃん?」
「うん?」
前を歩く女の子達の会話だ。
「勉強、した?」
「やったよ。ってか、やってるよ」
「マジでぇー」
人の流れに負けないように、女の子の声は大きくなる。
「だって、うちら中三だよ。受験生だよ、わかってる?」
「わかってるけどォ」
「あたしはぜったいN高に行きたいの。」
N高 私の通う学校。
「だから、明日もがんばるの」
来年は私の後輩?
なにげなく聞こえてきた未来の後輩たちの会話にクスっと・・・
え・・?私 今笑った・・・
その横を自転車の男の子たちが通り過ぎる。
少年野球の練習帰りかな。ユニフォームが泥だらけだ。
「じゃあな」
「おう、明日な。」
「また明日。」
赤信号の交差点で大きな声で別れていく。
明日 また明日。
「どうして?」
そんな事ばかり考えてた、ついさっきまでの自分。
商店街からは買い物袋をぶら下げた母親と子供が楽しそうに歩いている。
駅へと続く道からはちょっと疲れた様子のサラリーマン。
誰もが等しいい1日の終わりをむかえるために家路を急ぐ。
そして明日をむかえるんだ。
よし。
小さく声に出してみる。
そして方向転換。
目に付いた美容院の戸をあけた
「おはよう。」
いつもの時間 いつもの学校
玄関で靴を履き替えていたら声をかけられた。
「おはよう」
いつも通りにあいさつできたかな?
「どうしたの?艶々のサラサラ!」
彼女が私の髪をなでる。
「えへへ 昨日美容院でさ、ちょっとお高いトリートメントしてきちゃった。」
ちょっと得意げな私。
「なによ、なんか良い事があったの?」
「逆よ。昨日、失恋したの。」
「えっ、」
彼女の動きがとまった。
私はちょっと首をかしげて彼女を見る。
「昨日、帰り道にある公園で見ちゃったの。彼がほかの子とキスしてるのを。」
私の声はふつうかな?いつもどうりかな。
反対に彼女の声が僅かにふるえる。
「見間違えじゃないの?彼とはあんなにうまくいってたのに・・・」
「自分の彼氏を見間違えたりしないよ?」
そう、昨日私は先に帰った彼を公園で見つけてた。声をかけようとしたとき、背の高い彼の
胸の中から出てきたのは、今私の目の前の彼女。そして二人の顔が重なった。
「相手の子のは知ってる子?」
「ううん。顔は見えなかったから。」
私の言葉に、ホッとしたでしょ、今。
「ふつうは失恋って、髪を切るんじゃないの?」
「ヤダ、無理」
私の素早い返答に彼女は言葉が出ない。
「なんで私が大事な髪を切らなきゃいけないのよ、しかもあんな二股男のために!」
私が力を込めて断言すると、彼女は呆気にとられた顔をして
「そこまで言う? なんか彼がかわいそう。」
「そう?」
あの公園の中を通りぬけると、駅まではかなりの近道になる。
そのためこの学校の生徒は結構通る。それを承知でキスをしていた、昨日の二人。
「つまり、誰に見られても良かったって事よね。」
私に知られても良かったって事で・・・
教室までの廊下をゆっくり歩く。傍から見れば仲の良い友達かな。
でも彼女の歩くスピードはどんどん遅くなる。何か言おうと口を開けるけど言葉がでない。
「だから私は明日に期待するの。」
私は彼女に向って笑ってみせる。もう教室が見えてきた。
「明日、カッコイイ男の子と知り合えるかもしれないし?」
私はおどけてみせたけど、ホントのところは全然違う。
やっぱり悔しくて、悲しい。だから・・・・
「相手の顔は見えなくても、誰だかわかってるし。」
だからここらへんで爆弾を落とす。いや、プレゼントかな?
びっくりしている彼女に。
「だからあんなチャラ男はもういらない。熨斗つけてあんたにあげる。」