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白髪の皇子  作者: 蒼汰
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古墳時代を舞台としたファンタジーです。

日本書紀の記述を元にしていますが、あくまでフィクションですので記述と違うことも満載です。


白髪赤目の青年が出てきます。

また、一部近親相姦の傾向があります。


まだ書き始めたばかりなのでこれからどうなるかわかりませんが、気長にお付き合い頂けたらと思います。


 シンとした静けさの中で、その森はただただ闇のみを纏っていた。昼間のような青々とした木々のざわめきはどこにも無く、闇以外の全ての者を拒むように、虫の音一つ聞こえてはこなかった。


 森が静寂と闇を纏う時は、そこに住まう神々たちが自分たちの声を人に聞かさぬ為に人を拒んでいる証なのだという。目も利かず、音も無い世界では人はただそれに翻弄されて惑う以外の術を知らない。人は闇を畏れ、静寂を畏れ、神々の息吹の影にただ怯えながら明日の日が昇るのを待つばかりだ。


 そんな森の中に、一人の男の姿があった。男といっても、それが少年であるか青年であるかの判別は付け難い。少年のようでもあり、青年のようでもあり、はたまた歳を重ねたことが無い者のようにも見えた。


 男の肌は闇にくっきりと浮かび上がる程に白く、腰の辺りまで無造作に伸ばした髪は紡ぎたての蚕糸さんしよりも白く煌めいている。その肌と髪色のせいでくすんで見えるが、身に纏った白い衣は上等の物。腰に付けた帯紐には繊細で艶やかな刺繍が丹念に施されていた。


 そんな姿で山深く人気ないその場所に一人立っている、それだけでも、見た者にその男を異形と思わせるには十分であったが、しかしそれ以上に、誰かが一目でもその男の瞳を覗き込んだなら、彼がこの世には在らざる存在なのだと錯覚しただろう。


 男の目は、その下にある血の色をそのまま透かし見たような、深く赤い紅の色をしていた。それは闇の中にあって爛々と光を放っているようでもあり、その姿は神々の御使みつかいである白蛇の姿を思い起こさせた。


 男はおもむろに、木々の狭間から見える宵の空を見上げた。雲で陰った今宵の空に月の姿は認められない。星々もまた、雲の影に覆われてそのほとんどが身を隠しているようであった。


 男はそれを見て、色も肉も薄い唇を緩やかに微笑させた。そのまま目線を元に戻すと躊躇いなくその場に座り込み、誰もいない闇夜に向かって恭しく頭を下げた。


「ご無沙汰を致しておりました。白髪大倭根子しらかのおおやまとねこでございます」


 闇に響いた男の声は、凜として涼やかながら、今にも静寂に飲み込まれそうな程に頼りなげに闇に吸い込まれた。


 途端、それまで静寂に身を潜めていた森の木々たちが一斉に騒ぎ出し、闇の森は木々の葉擦れの音で満たされた。風も無いのに枝葉を揺らす木々は、やがて人が腰を曲げるようにしなり折り重なり、枝々の間にあった小さな隙間を黒く塗りつぶしていった。


 恭しく頭を下げたままの男の周りは全て黒で覆い尽くされ、ざわざわと鳴りやまぬ葉擦れの音だけが耳を支配する。暗闇に目を侵され、四方から響く木々の声に耳を侵され、前後不覚の状態の内に、次第に右も左も、上も下も分からぬようになっていく。しかしそれでも、頭を下げた男は微動だにしなかった。


 不意に、森の喧噪が止んだ。すると、しばらくして前も後ろも分からぬ闇の中に、人ではないモノの声が響いた。


『……随分と待った。言訳ことわけがあるならば聞こう、月夜御子つくよのみこよ。一月ひとつきばかりも姿を見せぬは我らを蔑ろにしておるが故ではあるまいな』


 声は地の底から轟く地鳴りのように重く、天から降る鳴神のような冷たさを抱いて闇に響いた。声は静かな怒りを顕わにしたままで、月夜御子と呼んだその男に目に見えぬ圧力をかけているようであった。


「滅相も。ここ一月ばかり、大王の御容態が特に優れぬ日が続きました故、宮を抜けることも適わぬ次第でございました」


 顔を伏せたまま声に対峙する男は特に畏れを抱く風でもなく、静かな声で淡々とそれに答えた。


『……我らが愛児まなこは、あと幾日か後に常夜とこよの国へと身罷みまかられよう』


 響く声は相変わらず重たいが、先ほどとは違う、憂いを含んだ声音であった。


「……あと、どれ程の猶予がありましょう」


『幾日もない。そればかりは我らとて知る術を持たぬ。しかしもはや一刻の猶予もなかろう。月夜御子、大和の地が荒れ果てる前に、我らの意思は受け継がせねばならぬ。早うここに、の者を連れてこい』


「もはや一刻の、猶予も……」


 男の声は淡々としていたが、濁された声の端には幾許いくばくかの感情が入り交じっているようであった。


「迎えを、やりましょう。我が手の内に鬼を一匹飼っておりまする。その者ならば馬よりも早く野山を駆けることが出来ましょう」


『間に合わぬ。我が使いをその鬼の供に付けるがいい。背に乗れば三駆けで山一つ越えられよう』


「……ありがたく」


 言って、男は更に低く大地に平伏した。自然、地に額を接するような形になり、湿り気を帯びた濃い緑の匂いが鼻腔をくすぐった。


『顔を上げよ、月夜御子』


 言われて男は顔を上げ、前方へと目線をやった。そこには相変わらず闇しか在りはしなかったが、その男の赤の瞳は、闇に潜む人ならざるモノの影を確かに感じ取っていた。それに加え、無数の小さな影たちが、息を潜めたつもりでざわざわと鳴る葉擦れの音に紛れ込んでいる。


 その小さな影たちは、この山の森に住む無数の木霊こだまたちの物だ。男と声の主との語らいを邪魔せぬように息を潜めているのだろうが、早く話が終わらぬものかと焦れているのが手に取るように分かる。声の主にもそれが分かるのか、闇の中からため息に似た凪いだ空気の波が伝わってきた。


『月夜御子よ、己が役目、今こそ果たす時ぞ。其方そなたが行いは全て、我らの宿願と共に在ると心得よ』


 声の主はそれで語らいを終わらせるつもりらしく、男の方も、畏まってそれを受け入れた。


「御意に。我が身はそれを果たす事の他に、生きる意味を持ち合わせておりませぬ」


 再び平伏すれば、それを図っていたかのように木霊たちのざわめきが大きくなり、無数の声が一斉にあちらこちらから沸き出して来た。無数の声は寄り集まれば集まる程に言の葉を無くし、喧噪はただの音の渦と化したまま男を取り囲む。


もだせ、木霊たち。御子の耳の管を潰すつもりか』


低い声が一喝すれば、声はたちまちに静かになった。


『月夜御子、木霊たちは其方が来なんだこの一月ばかり、随分と退屈しておったようだ。少しばかり、相手をしてやってくれぬか』


「……そうしたいのは山々ではございますが、今は宮を長く抜けることも適いませぬ故」


『ならば木霊たちに宮まで送らせよう。それで良いか』


 声の主の提案に、男は薄く微笑んで頷いた。


 すると木霊たちが歓声を上げるように木々のざわめきが大きくなり、それまでしなり折り重なっていた森の木々が意思を持ったように一斉にその身を起こし出した。黒く塗りつぶされていた闇には夜の仄暗さが戻り、ほんの一呼吸の間にそこには平素と何ら変わらぬ夜の森の姿があった。全ての物を拒んでいた闇は消え、虫の音が帰り、遠くの木々に梟の声が聞こえ、森の合間に獲物を探す獣の息づかいを感じる。さっきまでそこに確かにあった、闇に潜む人ならざるモノの存在は、もうどこにも感じられない。


 立ち上がり、上を見上げれば、さっきまで雲で覆い隠されていた月はいつの間にか弓なりに反ったその姿でまざまざと地上を照らし、星々も普段の輝きを取り戻していた。


 先ほど空を見上げた時には随分急かされている・・・・・・・ものだと思ったが、それが晴れたということは、もう怒りは解けたということだろうか。


 男は苦笑し、目線を戻した。その目線の先には、いつからそこにいたのか、大きな白い雄鹿が立っていた。荘厳な姿でじっと前を見つめる様はいかにも神々しく、意思のある藍色の瞳を伏せ、男に向かって首を垂れた。


「主様の御使いであられるか」


 男がそう言って手を差し伸べると、雄鹿はそれに答えるように男の白い手に頬ずりをしてみせた。


「そこにいるか、速千穂はやちほ


 言うと同時に、手近にあった幹の特に太い木の上から獣が一匹飛び出してきて、音もなく男の足下に膝をついた。


「ここに」


 否、それは獣ではなく、獣のような化粧を顔に施した少年であった。獣の皮を縫い合わせた簡易な着物に、熊爪を連ねた首輪を付け、大きく穿たれた両耳には骨で出来た耳輪が嵌められている。足は膝上まで柔らかな毛皮で覆われ、頭には熊の頭部をそのまま使った被り物をしている。その奥にある瞳の色は薄く、赤茶けた色の肌には至る所に複雑な文様が入れ墨されていた。


「主の神がお前に御使いをお貸しくださる。共に迎えに参じよ、とのことだ」


「……では、播磨へ?」


 速千穂と呼ばれた少年の声には未だ拭い去れぬ歳相応の幼さがあったが、呟いた言葉には事の重大さを受け止めた者の重責が滲んでいた。


「もはや猶予はない。事情は私から話そう。抗うようなら気を失せさせてでも連れてくるのだ。良いな」


「……必ずや」


 言うが早いか、速千穂はほんの一蹴で、優に自分の体の三倍は在ろうかという牡鹿の背へとよじ登り、駆けだしたかと思えば瞬きの間にもう姿が見えなくなっていた。代わりに一際の強い風が一陣、森の木々の上を滑るように通り過ぎて行った。


 男はしばらくその風の過ぎ去った方を黙って見つめていたが、不意に袴の裾を何かに引かれ、足下へ視線をやった。そこには人にしては小さく、鼠にしては些か大きなモノが二本足で立っていて、心配そうに男の顔を見上げていた。


「木霊か。どうした?」


 男は少しだけ表情を緩め、優しげに足下の木霊に語りかけた。言われた木霊の方は心配そうに袴の裾を引きながら、鈴の鳴るような小さな声で言った。


根子ねこは、心配?』


 木霊は男を気遣うように、顔の変わりにつけた仰々しい葉っぱのお面を傾げさせた。


「……いや」


白野椎しろのづちさま、一等速いよ』


 男の心中を知ってか知らずか、木霊は気遣うようにそう言った。


「……そうか、ならば安心だな」


 男が顔を緩めてそう答えれば、木霊は笑うように身体を前後に揺らして言った。


『大丈夫。根子は心配、しなくていいね』


『いいね、いいね』


 いつの間にか、男の肩にもう一匹木霊がしがみついていて、こちらも笑うように葉っぱのお面をゆらゆらと揺らす。


『根子は待つ、いいよ』


『大丈夫。心配、ないね』


『いいね、いいね』


 気がつくと、辺りに小さな光がいくつもあって、よく見ればその一つ一つが小さな木霊であった。木霊たちは口ぐちにそう言いながら、男の足元を照らすように寄り集まって来る。道を照らすのは木霊たちが身体に纏わせた蛍たちの光だ。


「木霊たち、帰りの案内を頼むぞ」


 そう言えば木霊たちは笑うように身体を揺らし、お面同士の擦れる音が葉擦れの音になって森に響き、男はそれに導かれるように歩き出した。


 ふと見上げた今宵の月は、どこか赤く色づいている。美しいと言えば美しく見えるが、不吉だと言えばそう思えるような月だ。


「……吉か、凶か。大王は、何と仰せになられるだろうな」


 ぽつりと呟いた男の声に、足下を歩いていた木霊から小さな返答があった。


『根子は、どちらが好き?』


 思いがけず問われて、男は一瞬答えに詰まった。だがすぐに口元に軽い笑みを作る。


「どちらでも良いのだ、私は」


『どちら、でも?』


 首を傾げる木霊を拾い上げて肩に乗せ、男は独り言のように呟いた。


「吉でも凶でも、私のしようとすることに、何ら変わりはないのだから」


 肩に乗せられた木霊は、男の言葉にやはり首を傾げたままだった。



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