不可視の剣
辺りに立ち込める死臭の香り。キスミが言っていた死が上に来ていることを肌で感じている。
また、その周辺の草木や小動物に宿っている神々の気配がどんどん失われている、死によって死滅しているのだ。
キスミがいつになく、警戒心を強くしている、キラもかなり緊張している。
朔夜もまた緊張をしていた、ミアカ、キスミ、アオイの三人が現在闘える状態ではない。
琥珀の守護神となったキラも戦闘主体の神ではないため、闘いには不向きである。
「ねぇ朔夜、あなたはやっぱり現人神なのよね?」
「そのことは忘れて」
「そうじゃなくて、上にいるのって結局神様何でしょ?だったらあなたに逆らえないんじゃない?」
確かに現人神は神の上に立つ存在。あらゆる神々が朔夜の僕となる、しかし。
「例外があるのよ」
「例外?」
「邪神……魔族に堕ちた神々は神の理から外れるの、堕ちた神は私でも使役出来ない」
「何よその設定!?」
「知らないわよ、私が自分の力を知った時からそうなんだから」
「役立たず!!」
朔夜と琥珀が姉妹喧嘩のような言い争いをしているが、事態は深刻だった。
辺りには上にいる死の神に対抗できるほどの力を持った神が存在しない。キスミならば十分に闘えるのだが、まだ力が戻らない。
ミアカとアオイは行方が知れない。
現人神といえども今の状況はかなりのピンチだった。
「……元就達が来てくれれば……」
「彼らはただの人間、来たら殺されるわよ……」
上では光が溢れる穴に鎧武者が近づいていた。
腕にはミアカが、息はしているので死んではいないようだ。
ゆっくりと穴へと足を進めてゆく。
光が鎧武者に触れると、その輝きを失い闇に飲み込まれてゆく。
その異変に真っ先に気付いたのは、キラの契約者となった琥珀だった。
琥珀は上を不意に見上げたとき、光が妙に消えてゆくことに気付いた。
消えゆく光の中からそれはゆっくり顔を出す。
「さ、朔夜ぁ!?」
悲鳴にも似た声で朔夜を呼ぶ琥珀、ただならぬ声に慌てて振り向いた。
「あ、あれ……」
琥珀が人差し指で上を差す、朔夜がその場所を見ると。
「……出たわね!」
青白い鎧武者は朔夜達の行る場所へと飛び降りる。
朔夜の前に立ちはだかる鎧武者、その体からは生気が感じられない。まるで霊体を見ているよう。異質な気配に恐怖さえ覚えていた。
それでも冷静に対処しようとする朔夜、しかし鎧武者の持っているものを見ると表情は一変してしまう。
「ミアカ!?」
変わり果てたミアカの姿、まだ死んではいないようではあるが、かなり危ない状態に思える。
鎧武者はあざ笑うように、ミアカを朔夜の元へと投げ捨てた。
朔夜はすぐさまミアカを耳飾りへと戻し、鎧武者を鋭い眼光で睨みつけた。
「……あんた何者よ!?何でミアカを!?」
言葉など発しそうに無かった鎧武者だが、意外なことに言葉を放ち始めたのだ。
「赤い髪……蒼い髪……黄色の髪……そして現人神……安心しろ……お前達の命は奪わない……ただ生ける屍となって、服従してもらうがな!!」
初めは波長が合わないようなノイズ混じりの声だったが、だんだんと波長があいはっきりとした口調になる。
朔夜は確信したこの鎧武者には使役している契約者がいると。
「キスミ聞こえる?」
「はい」
「体の状態はどう?」
「まだ、三割程度しか……」
「このまま指をくわえて大人しくするのは、私嫌いなの。
『イミナ』行くわよ?」
「万全ではありませんが、おっしゃる通りに」
朔夜は『イミナ』と呼ばれる何かを行うため、静かに呼吸を整える。
「何をする気か知らんが、無駄だ!!」
鎧武者が腰に差していた太刀を抜き、朔夜に襲いかかった。
「キラ朔夜が殺されちゃう、何とか出来ないの!?」
「私は攻撃は無力ですが」
キラの腕に巻かれている、羽衣が伸び朔夜を囲む。それは光の壁となり、太刀を防いだのだ。
「守りの力なら自信があります」
しかし、その光の壁も鎧武者の死滅の力に浸食されてゆく。
「こんなもので止められると思うなぁ!!」
光の壁が闇の中に吸い込まれるように消えてしまい、完全に朔夜が無防備となってしまった。
「くっ、仕方ない行くよキスミ!!」
朔夜が腕飾りの鏡を握りしめた時だった。
「やめろぉ!!」
上空から響く声、その声の主はなんと。
「謙信!?」
「良かった間に合った……」
朔夜に振り下ろされていた太刀。それを謙信が刀で受け止めていたのだ。
「貴様……命令されたのではないのか?城へ帰れと?」
突然過ぎる謙信の登場に戸惑いを見せる。
「……僕は頭が良くないからね、ある人の言うことだけは疑わずに聞くようにしているんだ!
僕の師である正宗団長の言葉だけはね!」
謙信は元就からの命令で城へと戻る途中に。
『謙信良いか?お前は姫様達を探しに行け、嫌な予感がする』
『でも命令は?』
『言ったろ?俺は元就の言うことは信じるなってな』
正宗の言葉を信じて朔夜達を探していた謙信。途中光の柱が急に立ち上った場所へ来てみると、朔夜達がピンチになっていたと言うことだ。
「正宗め……余計な真似を……」
「朔夜さんや姫様は僕が守る!」
「馬鹿が、兵士になったばかりの小僧に何ができる!!」
謙信は刀を構える。
「現人神は僕にこう言った、『僕の刀の神は僕を気に入ってる』。
僕は頭が良くないから、せめて僕の刀の神様に恥じない行為をするんだ!!」
「謙信……」
鎧武者は物凄い猛攻をかける、四方八方からの縦横無尽な斬撃の応酬。
謙信はこれを見事に受けきっていた。
「正宗殿、良かったのか?彼を一人だけで行かせて」
城に戻る道中で忠勝が正宗に訪ねる。
「忠勝、世の中には天才ってのがいるもんだよな……」
「……?」
「謙信は天才って奴だ、乾いた砂みたいに何でも吸収しやがるし、竹みたいに成長もはやく、雑草みたいに強い。
もう俺でもあいつには勝てん」
「き、貴様!!」
斬撃が謙信に届かぬ苛立ちから、斬撃が乱れ始める。
「謙信凄い……」
「僕なんかまだまだ正宗さんの足元にも及ばないよ!!」
鎧武者の一瞬の隙をつき、謙信の攻撃が届く。
その攻撃によって肩の甲冑がはじかれてしまう。
「おのれぇ!!」
鎧武者の斬撃が更に激しさを増す。
太刀を振りかぶり、凄まじい勢いで振り下ろす。
「くっ!」
謙信はとっさに刀で受け止めようとした、しかし。
ギィィィン!!
鈍い金属音と共に、謙信の刀は根元から折れてしまった。
「ふ……フハハハ!!所詮はナマクラ、貴様もその程度だ!!」
鎧武者は続けざまに太刀で謙信に攻撃を仕掛ける。
「キスミ、準備はいい!!」
朔夜も謙信のピンチに再び『イミナ』をやろうとする。
鎧武者の太刀が謙信に向かってくる中、謙信は微動だにしなかった。
刀が折れ闘う手段を無くしたため惚けているわけではない。
彼は信じていた、朔夜の言葉を。
彼は信じていた、自分の刀に宿るという神を。
イミナをやろうとしていた朔夜が止まる。
「謙信……あんたの刀……とんでもない神様が宿っていたんだね……」
鎧武者の太刀が空中で動きを止めていた。
寸止めをしているわけではなく、鎧武者自信驚きを隠せない。
謙信は刀身の無い刀で刀を受ける体勢を取っている。
「何が起きている!!」
鎧武者が力を込めるが太刀はそれ以上進みはしない。
鎧武者が一度体勢を整えるために後方へと下がる、しかし謙信がその隙を見逃すはずがなかった。すぐさま大地を蹴り、鎧武者へと接近する。
鎧武者は太刀で受けようと構えるが。
「貴様の刀には見えぬ何かがあるようだが、止めてしまえば同じことよ!!」
ザシュ!!
鎧武者の篭手が弾け飛ぶ。
「何だと!?」
青白い腕が剥き出しとなり、傷口とも思われる箇所から、青白い煙のようなものが上っている。
「刀をすり抜けるだと!?貴様、その刀使いこなせるのか!?」
「………?わからない、ただそうなる気がしただけだ」
鎧武者は天才というものを目の当たりにした。
初めて手にする力を使いこなす、謙信に恐怖さえ覚え始めた。
一方の謙信初めての力を使ってはみたものの、流石に戸惑いを見せ朔夜に訪ねた。
「朔夜さん、これが神様の力?」
「呆れた……知らずにそんだけの力使いこなせたの?」
「信じてたからね朔夜さんの言葉を」
朔夜は少し顔を赤らめる。
「ったく恥ずかしいこと言わないでよ!
いい?その刀の神様は『不可視の神』。目に映ることは決してないけど、確かにそこにはいるわ。無いものを作り出すことが出来るみたいね、まああなたの力が弱いから見えない刀を作り出すのが精一杯みたいだけど」
「そうか……ありがとう、それでも十分すぎるくらいだよ」
「その神もあなたを気に入ってるみたいだから、守護神にしちゃったら?契約する?」
「うん、でも先にあの人に帰ってもらわないとね」
劣勢に立たされた鎧武者。
その様子を離れた場所で見ているものがいる、鎧武者の術者である。
「……こちらが不利のようだな……
破軍、退け」
その指令が思念を通じ鎧武者へと届く。
「ちゃんと置き土産は忘れずにな」
指令を受け取った鎧武者はすぐさま行動に移った。
「気を付けて、あいつまだ何かするつもりよ」
謙信に斬られた右腕を空へとかざす。
「ただ引くだけではつまらん、貴様達には生き埋めにでもなってもらうさ!!」
鎧武者の腕に触れた全てが死してゆく。
空気すらもその対象としていた。
「まずい、逃げるわよ!?」
「もう遅い!!」
空間が死臭で覆われ、周りの岩盤が崩れかけた時。
ドシュ!!
切り裂かれる鈍い音。
見ると鎧武者が真っ二つに切り裂かれていた。
「ぐあお!」
嫌な叫び声と共に、鎧武者は鎧だけを残し、宙へと消えていった。
「元就!!」
琥珀が鎧武者を切り裂いた人物を呼ぶ。そこにいたのは元就。身の丈ほどもあろうかという大剣で一刀両断にした。
「姫様遅くなって申し訳ありません」
「大丈夫よ、おかげで守護神も見つかったから」
「そうですかそれは良かった」
元就が不意に謙信の顔を見る。
「……城へ戻れと命令したはずだが?
……正宗か?」
「いや……はい……」
「まあいい、結果姫様達が助かったのだ、不問にしよう。だが次はないぞ?」
「ありがとうございます」
話が終わり脱出の準備をしていると。
「元就さん、友梨って侍女はどこに行ったの?」
元就は朔夜の顔を見る。
「さあ、私が駆けつけたときには誰も」
「そう……」
「さあ、準備が出来ました。早く脱出して城へと戻りましょう!」
こうして縦穴からの脱出に成功した朔夜の達。
しかし、これから戻ろうとする都では更なる事態が起きていたのである。