守護神探し
日が昇り、朝日が部屋の中を照らす。頬に朝日が当たりその温もりで朔夜は目を覚ました。
昨日は早く寝たためか、ミアカに起こされるよりも早く起きることができたようだ。
また、昨日は入浴もしていない。聞いていた朝食の時間までは時間があるので、聞いていた大浴場へと向かった。
後宮の大浴場は上位の人間用と、下位の人間用とに場所が振り分けられている。彼女は上位の大浴場に入る許可をもらっているため、そちらへと向かった。
後宮では朝早くから女性達が仕事を開始している。この女性達の多くが兵士として城に仕えている男達の奥さんである。
掃除に選択、大厨房では料理も作られている。
せわしない様子の後宮を見て、ここでは働きたくないと考える朔夜だった。
大浴場へと到着し、脱衣場へ向かう。着物を脱ぎ、自分も自慢しているスタイルの体がさらけ出される。手ぬぐいで前を隠し、お湯を体にかけてから湯船へと浸かった。
湯加減はちょうど良い温度に保たれており、お湯の気持ちよさを感じている。
ふと二人のことを考える。昨日はとうとう戻ってこなかった二人。今何をしているのだろうかと。朔夜がプカプカと体を浮かせながら湯船に浸かっていると。
「気持ちよさそうですね」
湯気の向こうから声が聞こえてきた、先客がいたのだ。朔夜は顔を赤らめ体勢を元に戻す。
真っ赤になった顔で湯気の向こうを見ると、国王ながら無防備で湯船につかる、瑠璃の姿があった。
「おきになさらずに」
「……気になります」
瑠璃は朔夜の隣へ座る。朔夜もなかなかのプロポーショナルをしている、しかし美の女神を守護神に持つ国王瑠璃。彼女のスタイルには程遠かった。
朔夜はつい自分の胸を揉んでみる。
「琥珀はどうでしたか?わがまま等言ってませんでしたか?」
「……気になるんならさ、親子の時間作ってあげたら?」
「その通りですね」
瑠璃はどこか陰のある笑顔で答えた。
「まあ、ここにいる間は私がお姉ちゃんしてあげるわよ、だから安心してて」
「ありがとうございます、朔夜様」
「私あんまり長風呂出来ないから、上がるわね」
「朔夜様、実は……」
風呂から出ようとする朔夜を引き止める瑠璃。
その表情は、さっきまでの母親の顔とは違い、国王としての表情に変化していた。
「この一週間ほど街では急に死亡するという事件が増えています。今日は街に行かれるそうですが、十分気を付けて。護衛も付けますので」
恐らく、アオイ達の件と同じ事件だと考えていた。彼らが戻ってこないことを考えると、恐らくは神がらみ。
そう考えると、背筋に寒気を覚えていた。
「……朔夜様?」
「なんでもないわ……十分気を付けとくわね」
何とか作ることのできた笑顔で、浴場を後にした。
「う……」
アオイは暗闇の中目が覚める、昨日は油断したとはいえ無様な姿を晒した自分を責めていた。
朔夜と1日以上離れたことはなく、主である彼女と長い時間離れると力が出なくなることも、今回発見する事ができた。
アオイは手足を動かそうとしたが、何かに縛られているようで身動きが取れない、また暗闇なのでどこにいるのかも把握できないでいる。
寝かされている場所が床の様なので、屋外ではなく建物中ではあるようだ。何とか逃れられないものかともがいてみるが、縄がかなりキツく結んであるのでびくともしない。キスミは無事なんだろうかと考えていると。
「あれほど上玉の神はそうはいないぞ、何とかしろ」
「そうは言われましても、現人神の契約神、そう簡単には」
「どんな手を使っても構わん!
それと、現人神が姫と共に城下に出るらしい、手は打ってあるな?」
「それはもちろん、禁軍専属の神繰者に尾行させます」
「ククク……現人神さえ思いのままになればこの国はおろか、世界をも手に入れることができる」
アオイはこの声に聞き覚えがある。顔までは思い出せないが、最近聞いた声だった。
そして、朔夜に危機が訪れていることを知る。
このままでは自分が朔夜の枷になるともわかっていたが、今はどうすることもできないでいる。
「ミアカ……キスミ……朔夜様を頼む」
暗闇の中目を閉じ、仲間に祈った。
再び暗闇の中に声が響く。
「貪狼はいつもどる?武曲はこいつを連れてもどってきたのだがな……」
アオイは直感した、キスミはまだ無事だと。
朔夜は元気良くやってきた琥珀に連れられて、朔夜が最初来たときに大袈裟な歓迎をされた、大広間へとやってきていた。今日は城の外へでると言うことで、護衛が何人か付くということらしいが、まだその姿が見えない。まあそのうち1人は謙信だと言うことは言うまでもないが。
その謙信はすぐに見つかった。広場の長椅子に1人座り抜いた刀とずっとにらめっこをしていた。
「目つき怖いわよ?」
いきなり後ろから脅かす朔夜、しかし謙信は驚くことなく。
「それは酷いな」
ゆっくり笑顔で振り返り答えた。
「何やってるの?こんな所で刀なんか抜いてさ」
「君がこの刀にも神様がいるって言うからさ、何とか僕にも見えないものかなって」
「そう簡単には姿見せてはくれないわよ」
何となく謙信との会話が楽しげな朔夜。それを琥珀に突っ込まれてしまう。
「何だか楽しそうね?朔夜の恋人?」
「だ、誰が!?」
突然の質問につい声がうわずり、動揺してしまう。さらに友梨が。
「その選択は間違いありません朔夜様。謙信様は新卒の兵士の中で首席の成績を収めた方、更に軍の中でも上位に食い込む男前と評判ですので」
「だから違うわよ!!」
慌てて否定する朔夜、不意に謙信の顔を直視してしまう。
「なんの話?」
今まで気付かなかったが、端正な顔立ちをしている。スラリと伸びた長身、スタイルもいい。髪も赤みがかっているが、まっすぐに伸びた綺麗な髪の毛。改めてみると、かっこいい。
今まで何も考えずに謙信の傍にいた朔夜、急に恥ずかしくなり顔を赤らめていた。
「顔赤いよ?風邪でも引いた?」
謙信は顔を近づけ、額を当てる。目の前には謙信の顔。朔夜の心臓の音が大きくなる。
何でドキドキしてんのよ!!と心の中で叫んでいた。
「……熱は無さそうだね」
「あ……あるわけ無いでしょ!!馬鹿じゃないの!?」
大声でごまかしてはみたものの、その動揺までは隠しきれず。
「朔夜様の初恋ですわ」
とミアカに揶揄され。
「うるさいミアカ!!」
とミアカを怒鳴る。
ミアカの存在を知らない琥珀達は不思議そうな顔で朔夜を見ていた。
朔夜のドキドキが収まらないまま、三人の護衛が広間へとやってきていた。
「……どうしました?」
状況がわからない護衛の三人。
1人は謙信の直属の上司に当たる、軍団長の正宗。
1人は王家近衛師団の忠勝。
最後の1人は、王国軍左将軍の元就の三人と謙信で彼女達の護衛を務めることになる。
「謙信、何か朔夜様に粗相でもしたのか?」
「い、いえそんなことは……」
正宗が笑顔で謙信に絡む、元就は琥珀に対して拝礼をし。
「姫様、城の外は危険が多く存在しておりますゆえ、我々がついておりますが十分お気をつけください」
「わかってるわよ、早く行くわよ」
朔夜、琥珀、友梨と元就の四人が馬車へと乗り込み、他の三人が馬車を囲むように城を出発した。
城の出かけに正宗が謙信にぼやく。
「謙信よぉ元就には気を許すな?」
「何故です?」
「……昔からいけすかねぇのさあの野郎だけは」
「……はぁ……」
何を言っているのか分からない正宗の言葉ではあったが、謙信は忠告を心に留めた。
一行は城下へと降り、街の至る所を散策する。
川や池、武器屋や装飾屋等守護神見合った神を探すために歩き回るが、琥珀に見合う神は見つかることはなかった。
「朔夜、真剣に探してくれてるの?」
「探してるわよ?ただいないだけ」
装飾品を持っていた朔夜が品物を置きながら言う。
「こんだけ探してもいないなんて……」
日も沈みかけ、辺りは赤く染まっている。今日はもう時間切れで、城へと引き返そうかとしていたとき、元就が意外な事を言い出した。
「朔夜様、実はあそこにそびえる山は霊峰不二と言われ、神秘なる力が宿る山と言われております。そこならば、姫様の守護神も見つかるのではないでしょうか?」
「……この時間から山に入るのは危険なんじゃない?」
「そうならぬよう、我々が護衛しているのですよ?」
「まあ、決めるのは琥珀よ」
朔夜は琥珀の方を見る。明らかに怯えているような琥珀の表情。無理もない。しばらくすると闇の時間が訪れる。
城の中という光の世界しか知らない彼女にとって、夜の山など未知の世界。
しかし、信頼する城の将軍達。心強い彼らの存在が彼女の恐怖を振り払った。
「行くわ、守護神を早く見つけたいもの」
朔夜を除く彼等にとって、琥珀の決定は絶対である。
しかし、正宗は。
「待て元就殿、城へ伝令を飛ばし陛下の指示をあおいだ方が良いんじゃないか?」
そういう正宗に対し元就は凄い形相で睨みつける。
「必要無い、この場にいる姫の決定だぞ?
貴様如きが口を挟むな!!」
「何ぃ!?」
場に一触即発の空気が流れる。お互いに、腰の刀に手をかけかねない雰囲気だ。
しかし、そんな二人を琥珀がなだめる。
「正宗、私が選んだのお母様は関係ないわ」
「しかし……
「心配してくれてありがとう、でも早く守護神を見つけたいのよ」
琥珀は正宗の静止を振り切り、不二へと向かった。
途中、謙信が朔夜に訪ねる。
「……本当に大丈夫なのかな?」
「どういう意味よ?」
「なんか……嫌な予感がするんだ……」
「大丈夫よ、私が何とかするから」
日はすっかりと沈み、辺りは闇の色へと染色されている中、一行は不二の麓にたどり着く。
夜の山は不気味な雰囲気を放っている。昼の顔とは違い、夜は山からの敵意さえ感じる。
朔夜は守護神を闇雲に探しているわけではない、琥珀の霊的な波動を感じ、それに近い波動を探している。
この山が霊峰と呼ばれているだけあり、朔夜の霊的な力も少しばかり増幅している。
朔夜は何かを感じていた、それは琥珀に似たものではなく……
朔夜がその足を止めた時だった。
目の前の茂みからガサガサと音がする。
身構える元就達、音は次第に大きくなり、茂みの中から2つ陰が現れた。
「キスミ!?」
飛び出してきたのは、行方不明になっていたキスミ。かなりボロボロになっている。更にキスミの目の前にもう一つ。
青白い麟気を纏った巨大な熊の姿。キスミはこの熊と戦っているようだ。熊は、キスミとは違い力強く吠えキスミに留めをさそうと襲いかかる。
キスミは立っているのがやっとの様子。反撃できるほどの力は残ってなどいない。
「行ってミアカ!!」
朔夜の耳飾りから、赤い髪をふわりとさせミアカが姿を現す、ミアカはすぐさま熊に対して手をかざす。すると熊は遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。
「キスミ!?」
すぐさまキスミに駆け寄る朔夜。
朔夜から長い時間離れていたため、キスミの力は失われ弱体化していた。今すぐにでも消えそうな程に衰弱していたため、すぐに腕輪の中へとキスミの体を戻した。
一方、今起きたことに対して戸惑いをし隠せない元就達。
だがすぐに我に返り、弾き飛ばされた熊を仕留めようと熊を追いかけその場を後にした。
「ミアカ、さっきの熊は?」
「動物ではありませんわね……私が知る限りあれは……」
耳飾りから飛び出したミアカを見て、驚きを隠せない琥珀。
「ね朔夜、この赤い髪の子と黄色の髪の子は何?」
「あちゃ……」
「守護神みたいだけど、守護神って一人に対して一人だけなんじゃないの?」
うまい言い訳を考えようとしていたが、思いつかず黙り込んでいると。
「姫様、この世界で複数の神を従えられる人物といったら1人しかありえません」
友梨がゆっくりと朔夜に近づいてくる、朔夜も友梨の様子が違うことを感じていた。
「現人神……朔夜様……それが何よりの証拠ですね?」
その口調には殺気がこもっている。
友梨は自分を殺す気だと感じていた。
「友梨……?」
「朔夜様……気を付けてください」
「わかってるわよ……あの着物の下……神の力を感じるわ」
朔夜が指摘した通り、着物の下から一本の短刀を取り出す。
「あの熊と同じ匂いを感じるわね」
「朔夜様、命までは頂きません、多少我慢してくださいませ」
「ミアカ!!」
朔夜から声がかかるとミアカはすぐさま、手をかざし友梨の短刀をはじき落とす。
「フフフ……ありがとうおちびさん」
友梨の顔が歪む。
朔夜がはっと気付き、短刀の落ちた場所を確認する。その場所は。
「琥珀!!」
琥珀の目の前にそれは落ちていた。短刀から青白い麟気がたちのめる。
麟気はやがてある形をなす。
「貪狼、姫様をズタズタにしなさい」
青白い狼へと姿を変えたそれは、一直線に琥珀目掛けその牙をむく。
「……友梨?」
「姫様、あなたがいけないんですよ?あなたがあの時死んでいれば……」
「死なせないわよ!!」
貪狼の牙が届く前に朔夜が琥珀に飛び付き、その牙をかわす。しかし。
「朔夜様!」
「嘘でしょう……?崖に飛び込むなんて……
貪狼、追いなさい!」
「させませんわ!!」
崖から落ちた二人を追いかけようと貪狼が動くが、ミアカがそれを阻止する。
しかし、貪狼はすぐに起きあがりミアカに反撃する。ミアカも再び構え、貪狼を迎撃しようとしたとき、ミアカの肩を光が打ち抜いた。
「キャアアア!!」
不意をつかれ、まったく防御ができないまま光の矢を受け、後方へとばされる。崖の手前で何とか踏みとどまったが。
「あぅ……」
貪狼の牙がミアカの腹部へと食い込み、そのまま崖下へと落ちていった。友梨が光が放たれた方を見る。
「……助かりました」
「馬鹿が、赤い髪の神はおろか現人神まで崖から落とすとは……
生きていればよいが」
「すぐに捜索へ向かいます」
「待て、現人神を生け捕る良い機会だ、私に考えがある……
お前は先に戻っていろ……」
「……は、はい……」
友梨は男に言われるままに山を降りた。
「……姫はいなくなった……後は私がこの国を支配するだけだ!
現人神と奴が使役する三体の神の力を使ってな!!」
霊峰不二に狂気にもにた男の笑い声が響いていた。