琥珀姫
キスミは既に事切れ道に横たわる子供の遺体に触れていた、外傷はない。即死と言うのがしっくりくるような死に方をしていた。
キスミは朔夜と別れて既に三人の遺体を発見している。また、聞いただけではこの一週間で50人近い人間が同じ死に方をしているという。
キスミは一旦アオイと合流しようと考えていた。最悪のパターンの時、自分だけでは手に余るかもしれないと考えたからだ、アオイを探そうとキスミが動き出したとき、キスミの後ろを陰が付いて来る。
それは、少し前からキスミに張り付いていた。
キスミはもしやと思い走り出す、陰も一緒に速度を上げる。
キスミはある程度走り、振り切れないと思うと陰に対して振り返る。
「悪いが、三人の中で俺が一番優しくないんですよ!!」
キスミの表情がみるみる険しいものに変わる。
手の爪が鋭く伸びる、その爪で陰を切り裂く、しかし手応えはなく爪は空を切り裂いただけだった。
キスミが再び陰の方へ振り返る、すると陰はその姿を変え始めていた。
黒い球体の雲のような形から、狼のような形へとその姿を変化させてゆく。キスミにはその狼に見覚えがあった。
「こいつは……貪狼!?」
貪狼と呼ばれた狼は、キスミへと牙を向き襲いかかる。
「朔夜様!!」
「……キスミ?アオイ!?」
「朔夜様、どうなさいましたの?」
後宮のある部屋で、姫を連れてくるからと一人待っている朔夜。
しかし、何故か言い知れぬ胸騒ぎがしていた。監視が取れたことで多少ミアカとも話すことが出来るようになり、ミアカも朔夜を心配して声を掛けた。
「……わからない……なんか二人に良くないことが起きているような胸騒ぎがして……」
多少顔が青ざめている朔夜、ミアカ達と朔夜はほぼ一心同体。彼らに何かあれば、朔夜にもすぐにわかる。
朔夜はすぐにでもミアカを二人の元へ行かせたかったのだが、こんな状況で彼女まで失えば朔夜に闘う手段が無くなってしまう。
ミアカもそれがわかっているので、決して行こうとはしなかった。
「大丈夫ですわ、あの二人は殺しても死にませんことよ」
「そうね……私もそう信じてる」
少し落ち着きを取り戻すと、部屋の前から声が聞こえてくる。
はしゃぐ子供の声だ。
静かに襖が開かれた。
開いたとの向こうには、朔夜より少し年上の女性と隣にまだ幼さの残る女の子。
黄色の着物を着た女性は戸が開くなり、正座で座り頭を下げる。
女の子は礼儀良くはしているが姿勢はそのままだった。
どちらが姫様かは一目瞭然である。
「やっぱりあの時のお姉さんだ」
姫は攫われ、救出されたとき意識は朦朧としていた。全てを覚えているわけではなく、断片的にではあるがあの時のことを覚えているのだ。
「人違いよ姫様、その人は三つ編みなんかしてた?眼鏡なんかしてなかったんじゃない?」
「髪の色も違うわね、でもあなたよ。その顔、その優しい眼差し、見間違わないわよ」
姫は恐らく十二歳程度、幼いながらに凜として朔夜と話す。
さらわれた時も命乞いなどせずに、悪態をつくぐらいだった。
この姫には流石に。
「認めるしかありませんわね……現人神うんぬんはごませるとして、命の恩人の件は誤魔化せそうにありませんわ」
「うぅ……」と朔夜は軽いうなり声を上げた。
「朔夜って言うのよね?あたしの守護神を探してくれるんでしょ?」
凜とした口調とたたずまいではあるが、そのまだ幼い瞳には好奇心に眼を輝かせている。
朔夜は少し頭をかき。
「そういうことになってるみたいね」
「じゃあ早く行きましょう!!友梨もついてくるでしょ!?」
先程から同じ姿勢だった友梨と呼ばれた女性。
姫に問いかけられると頭を上げ。
「それが私の使命でございます」
「じゃあ早速行きましょう!
ああそうだ、あたしの名前は琥珀、よろしくね」
事を凄い勢いで進めていく琥珀。
朔夜はそんな琥珀を見て、台風みたいだと思っていた。
「ねぇ守護神ってどうやって探すの?」
「結構面倒くさいのよ?あなたに適合する神を探して、その中でも守護神としての能力を持った神を選ばなきゃならないし、それから……」
「まだあるの!?」
「当然!すぐに別れちゃう人間のカップルと違って、一度守護神と契約したら一生添い遂げなきゃいけないの!ホイホイ取り替えるわけにはいかないのよ」
人差し指をぐいっと琥珀の顔の前に出し迫る朔夜。流石の琥珀もこれにはたじろぎ一歩下がる。
「でも神様を嫌いになったらどうするの?」
朔夜の顔が少し厳しい顔になる。
「もしあなたがそんないい加減な気持ちで守護神を探すつもりなら、私は一切の協力はしない!」
朔夜がきつい口調で琥珀をたしなめる、普段お姫様として甘やかされている彼女にとっては堪えたのだろうか?
「ごめんなさい!!そんなこと言わないから!!」
二つの瞳から涙を流し、朔夜に顔をうずめて泣き出してしまった。
「な、泣くこと無いでしょ!?」
「うああぁん!!」
琥珀の止まらない泣き声に、どうしていいのかわからないでいると。
「……姫様は今まで叱られたことがありませんから」
「え?」
琥珀の後ろで静かに立っていただけの友梨が不意に口を開いた。
「お母様であられる陛下は、国王としての業務で忙しく姫様と接する時間があまりありません。
お父様であられる幸村様は立場違われるので、姫様と共にいることがかないません」
「立場が違うって?」
「この国ヤマトでは、王位継承は女性にのみ行われるのです。よって第一王位継承者である姫様は、幸村様よりも上におられるお方、幸村様が姫様に口は出せないのです。ましてや、私達使用人がそのようなことを出来るはずもありません」
「なるほど……天翔院様は甘やかしてるんだろうしね」
朔夜は足元で泣きじゃくる琥珀の頭を撫でる。
その手に琥珀が気づくと、泣くのを止めた。
「ったく、太ももビチョビチョじゃない……
一緒に探してあげるから、泣きやんでよ?」
「本当?」
「さっきのことまもれるならね」
「うん、守るからお願い」
その琥珀の約束に朔夜はにっこりと笑い、守護神探しにと向かった。
三人はまず、城の中でも特に広い後宮で守護神を探し始める。
しばらく歩いていると、朔夜が足を止める。周りを見ると女性ばかり、さっきの友梨の話を聞いた後ではなんとなくこの状況も納得がいった。
後宮と言ってもかなり広い。一つの小さな街程度の広さはありそうである。
それだけの広さがあれば、中にはいろいろな施設等もある。
その中でも特に広いという花畑へと友梨に案内された。
その花畑は季節を問わず、様々な花が咲いている。
「ねぇ朔夜、ただ歩いてるだけみたいだけどちゃんと探してるの?」
「探してるわよ、この花畑の中にもいるしね」
「見たい、見せてよ!!」
「……まあ良いか……」
少し気の乗らない朔夜だったが、目の前の花に手をかざす。目を閉じ。
「汝、我の前に姿を見せよ」
呪文のような言葉を呟くと、手をかざしていた花が輝きはじめ、光はやがて人の形を取り始める。
「うわぁ……キレイ」
琥珀と友梨は目の前の光景に目を奪われている。花の神が琥珀達の目の前に現れたのだ。
一言で言うなら妖精のような姿をしている。
優しい笑顔で、朔夜に挨拶をした。
「可愛い!あたしこの神様守護神にしたいわ!!」
可愛らしい花の神を大層気に入った様子の琥珀だったが。
「駄目よ、この神様じゃ能力的にあなたを護れないし、あなたに適合していない。闇雲に契約しても意味ないのよ?」
「でもぉ……」
「大丈夫、あなたがそう望むのならきっと可愛い神様が見つかるわよ」
朔夜はそう言うと、指を鳴らし花の神の姿を消した。
その後もしばらく後宮での守護神探しが続くが、一向に見つかる気配はなく、その日の守護神探しは終了した。
朔夜が部屋に戻り、準備してあった布団に沈み込む。そのまま少し考え事をしていた。
アオイとキスミが朔夜の元を離れてもう半日が過ぎる。これほど長い間彼女の元を離れたことは一度もない。
『不穏な気配』という言葉が脳裏によぎる。
この都で何かが起きていると言い知れぬ予感がしていた。
ミアカは大丈夫と心強い言葉を口にしてはいるが、やはり二人を心配している様子。
明日は琥珀の守護神探しのため、城下町へと行く予定にはなっている。
その時に一緒に探そうと考えていた。
何やら考えがまとまらないうちに、朔夜に睡魔が襲いかかり夢の世界へと睡魔が誘うのだった。
思えば朔夜に取ってこの1日はハードな1日で休む暇も無かった。
朔夜はつかの間の休息を取るのだった。