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旅立ち

その日は冷たい雨が降っていた。

季節は木々の赤い化粧も取れ、赤い羽として空を舞う季節。

雪こそまだ降りはしないが、いよいよ冬が到来という季節となった。

そんな雨の降る寒い朝、高千穂神社の本堂の前にじっと立っている少年がいる。

昨夜、朔夜の道案内として残されていった足軽の少年である。朔夜達からは中にいてもいいと言われてはいたが、年の近い女の子と一つ屋根の下で寝るわけにはいかないと、一人外で夜を明かしてしまっていた。

寒さに特別強いわけでもなく、特別厚着をしているわけでもない。

ガタガタと体を震わせ、ガチガチと歯を鳴らしている。

しかも、この寒さで眠れるはずもなく、彼は一睡もしていない。

寒さと疲労がピークに達していたとき、彼に女神が現れる。

ガラガラと玄関が開く。玄関の明かりの中から現れたのは。


「……よく一晩も外にいれたもんね……」


呆れ顔をした朔夜だ。


「寒いんでしょ?中に入ったら?夜も明けたんだし」


玄関の戸に背中をもたれ、少年に家へ入るようにと促すが。


「いいいえ、じじ自分は任務が、ああありますので」


「心配しなくても私は逃げたりしないから、そんなことより死んだらそれこそ台無しじゃない?

あんた馬鹿なの?」

「……自分は……」


少年は寒さのあまり呂律がまわっていない、呂律の回らない口で何かを訴えようとしていたが。


「良いから、中に入りなさい」


組んでいた腕を解き、少年のすっかり冷たくなった手を握る、そして半ば強引に家の中へと引っ張り込んだのだった。

中は、外に比べ当然のごとく暖かい。少年も暖かい空気に触れ、ほっとする。やはり、相当無理をしていたようだ。

少年が少し落ち着いて、辺りを見回していると。


「暖かいスープですわ」


赤い髪の女の子が後ろからお盆の上に乗っていた、スープの入っていたお椀を差し出してきた。

少年は、言われるがままお椀を受け取りスープをすする。

すると、凍えていた体が全身ポカポカと暖まってきたのだ。


「暖まるでしょ?食材の神の力を少し借りてるからね」


「……食材の神?」


「そうよ、この世界には何にでも神様は宿っているのよ、私はその力を少しだけ借りれるの」


「……それが現人神?」


「否定はしておくわ」


後ろ姿で手をひらひらと振り、朔夜は自分の名前がかかれた部屋へと入った。恐らく着替えるのだろう。

少年はスープを一気に飲み干した。あまりの美味しさに涙が滲んでいる。彼はこんな暖かい料理を食べたのは久しぶりのこと、無理もない。

少量のスープで満足出来たのも、先程朔夜が言ったように、食材の神の力のようだ。

少年の腹が膨らみ、ひとここちつくと、急に不安が大きくなる。

彼の上司、元就の命令では『玄関から一歩も動かず、朔夜を監視しろ』という命令を受けていた。しかし彼は動いてしまった。監視対象の朔夜に家に招き入れられたとはいえ、命令違反。

顔が青ざめていく。

そんな彼の様子をミアカが心配して。


「大丈夫ですの?スープが合わなかったのですか?」


心配そうに見つめるミアカだったが。


「大丈夫よミアカ、私が家に入れたから命令違反とか心配してるのよ。

ったく、そんなことで処罰する奴なんかいないわよ」


「ですが……」


「あんた、名前と歳はいくつ?」


「け……謙信……16です……」


「私と同い年じゃない、良い?敬語禁止だからね、私は同年代の人間に敬語使われるの嫌いなの、わかった謙信?」


「はい……うん……」


謙信のとっさにでた敬語を言い直すと、「よろしい」と笑みを顔いっぱいに浮かべ、満足そうにミアカの朝食を食べた。


「ねぇ謙信、いつ頃迎えが来るの?」


「わかりませ……わからないよ、僕も何も聞かされてないんだ」


「まあ、あんた下っ端みたいだからね」


「はっきり言うんだね」


「言わないと、もったいないでしょ?」


同い年同士意気投合したのか、冗談を言いつつ朝食を食べ終わった。

ミアカが食べ終わった食器を片づけるため、台所へ向かったとき、外から馬の蹄の音が聞こえてくる。

馬は一頭ではなく、五頭程。その五頭すべてが高千穂神社の境内に侵入し止まった。

馬が止まると、程なくして5つの着地する音、5つ全てが甲冑を着ているのか、ガシャという音を鳴らす。


「来たみたいね……ミアカ片付け終わった?」


「もちろんですわ」


ミアカが台所から戻るなり、彼女の全身が赤い光に包まれる。

野球のボール程度の赤い光の玉に姿を変え、朔夜の耳飾りに吸い込まれていった。


「……え?」


何が起きたのかわからない様子の謙信。

その謙信の尻目に。


「いい三人共、私がいいって言うまで出てきちゃ駄目だからね」


朔夜の問いかけに答えるように、耳と懐と腕がそれぞれの色に輝いた。

玄関をたたく音が響く。


「謙信、今の内緒だからね」


「……うん……」


謙信の唇に自分の人差し指をそっと触れさせ、解いていた髪を三つ編みに編みながら玄関へと向かう。


「現人神様、お時間です。港で船が待っていますのでお早く」


「言われなくても行くわよ、ちゃんと食事とかあるんでしょうね?」


「それはもちろん」


朔夜を出迎えたのは、先日の元就とは違い全身赤でそろえた出で立ちの女性だった。

髪は肩までと短いが、ウェーブがかかっている。甲冑は所々肌が見えており、ミニスカートのような腰当てとブーツを履き、太ももは素肌のままである。

ただ、威厳と気品に満ち溢れており、元就よりも将軍らしい立ち振る舞いをしている。

彼女は朔夜が出てくるなり、片膝を付き、頭を下げ手を頭の前で組む。

いわゆる臣下の礼の形を取っていた、元就よりも礼儀にはうるさいようである。


「ではこちらにお乗りください」


五頭の馬とは別に用意されていた馬車に乗るよう促される。

朔夜がその馬車に乗り込むと。


「謙信ご苦労様、私が馬車に乗りますので、あなたは私の馬を頼みます」


玄関の中でオロオロしていた謙信に、優しく微笑んだ。






朔夜が馬車に乗り込んで小一時間。

景色がどんどんと移り変わってゆく。

朔夜は今まで旅をしなかったわけではないが、今回のような長旅は経験がない。ましてや、馬車になど乗ったこともなかったのだ。

また、蒸気船と言うことは、海にでると言うこと。朔夜はまだ海を見たことがない。気乗りしていなかった都への旅ではあったが、それはそれで楽しんではいるらしい。

またしばらく走り、気がつくと辺りに潮の香りが漂ってきている。海が近い。

はしゃぐ朔夜は、ミアカ達に海のことを聞いていた。


「ミアカ、海って広いんでしょ?」


「そうですわ、世界の三分の二が海ですわ」


「それに、海は凄く深いししょっぱいんだよ」


「そんなにお塩使ってるの?」


「後は生き物も豊富にいます、一度は大海の神にもお会いしてもらいたいものです」


周りのことなど気にせずに三人と話していると。


「誰かとお話ですか?」


「あ……ひ、独り言?」





「ここは、スルガの港と呼ばれております、少々ここでお待ちください」


そう言うと、女将軍はその場を後にした。

朔夜は港を見回す前に、初めて見る海に目をとられていた。

蒼く光り輝く海面、数多の神々が語りかけてくるような、生命の躍動する力強い海を見て感動を抱いていた。

海水をなめてみると、アオイの言っていたとおりにしょっぱく、水中を覗いていると、見たことの無い生き物で溢れていた。

子供のようにはしゃぐ朔夜だったが、彼女を呼ぶ声がする。


「……朔夜様、朔夜様」


ミアカ達ではない、あの女将軍でも謙信の声とも違う。誰だろうと、前後左右と見回す。

すると……


「朔夜様下ですわ」


ミアカに言われるままに下を向く。


「こんにちは朔夜様」


朔夜の足元に綺麗な女性の小人が。たたずまいから女神であるようだが。


「朔夜様、この方はこのあたりの土地神様でございますわ」


「へえ、でも何で私の名前を知っているの?」


「ミアカ様から聞いていらっしゃらないのですね、私達神々はあなたが生まれる前からあなたをご存知していますよ」


「そうなのミアカ?」


「そうですわ」


「ところで朔夜様……」


土地神が何かを語ろうとしたが、場を離れていた女将軍が朔夜の元へ戻ってきた。

どうやら彼女は、朔夜を都へ送るための蒸気船を探していたらしい。

予定よりも到着が遅れていたようだ。


「現人神様、船の準備が出来ましたので……

今誰かとお話でしたか?」


通常普通の人間には神の姿を視ることは出来ない。以前の病神のように例外なものもあるが、神が自ら姿を表さない限りは人の眼にその姿は映ることはない。


「そんなことないわよ、じゃあ行くんでしょ?」


「はい、こちらです」


最後に土地神の彼女を振り向く、土地神は言いかけた言葉を最後まで紡ぐ。


「お気をつけ下さい……都には不穏な気配が漂っております……」


不穏な気配?何かが引っかかりつつも、朔夜はその土地神に別れを告げた。






いくらか歩き、建物の向こうからでも分かるほどの巨大な船が視界に入ってくる。

その巨体は漆黒の塗装を纏い、阻むもの全てを蹴散らしそうなほどの力強さを感じさせる。

これが朔夜が乗り込む蒸気船のようだ。


「これが我がヤマトが誇る蒸気軍船『葛城』です」


周りにも幾つかの大きな船が止まってはいるが、葛城の前には玩具の様である。

まさに、国の威厳を再現するかのような姿だ。

葛城に乗り込む朔夜と女将軍。そして、朔夜がどうしてもと頼んだので、謙信が再び同行する事になった。


「都の『武蔵』まではおよそ三時間程度です。それまでゆっくりとしていてください」


朔夜を部屋へと案内した後、謙信をそのまま残し彼女は船の中に消えていった。

朔夜が案内された部屋にはベッドが一つ置かれているだけで、他には何も無い。

窓も丸い小さな小窓が一つ付いているだけ、しかも嵌め殺しの窓で開くこともできない。


「まるで囚人みたいね」


謙信に向かって皮肉たっぷりの言葉を浴びせるのだった。


「不自由だろうけど、我慢してよ」


謙信も顔に苦笑いを浮かべ言葉を返した。


「あの朔夜さん、今朝君の周りにいた三人は置いてきたの?」


謙信には三人がアクセサリーの中にいることなど予想もしていない、幼い子ども達だったので気になっていたようだ。


「側にいるわよ」


「……どこに?」


「ミアカ、アオイ、キスミ出てきていいわよ」


朔夜の許しが出ると、ポンポンとミアカ達が朔夜のアクセサリーから飛び出した。

これには謙信も驚いたようで、少々後ずさりしていた。


「……この子達は?」


「私と契約している神様よ」


「神様!?この子達が?」


「そう、まあ何の神様かは教えられないけどね、この子達の存在に関わるから」


「君は一体……現人神って何なんだい?」


この世界は神の恩恵を受けている、と言っても大半の人々は神の存在を知ることなくその恩恵に預かっている。

しかし、神の声を聞くことができ姿をみることができるものがいる。

そんな一部の人間によって神と人間のバランスが保たれているのだ。


「……私はただの人間よ」

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