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朔夜

すべてのものに神が宿る世界がある。我々がいる世界とは似て非なる世界。

草木や動物、水や風や空、鉱物にいたるすべてのものに神は宿っている。人々は、その恩恵にあずかり生活をしている。

水の神々の力によって水が湧き、風の神々の力によって大気が巡る、大地の神々の力によって大地に恵みを与える。

だが時に神々が暴走する時がある、水の神々が洪水を起こし、風の神々が嵐を呼ぶ、大地の神々は大地を揺らし人類の文明を破壊する。

神々が暴走するとき、人々に抗う術はない。

ただ一つの存在を除いては。

世界にただ1人だけ、ある称号を持つものがある。


『現人神』


そうよばれる存在は時に、神を鎮め、髪を従える。

神の調律者、その存在は人々の目に触れることはない。

その力を利用されることの無いように……



それほど大きくはない町がある。

その町の一角に人の山が出来ている。あまり人口のいない町ではあるが、人口の三分の二程度の人々が集まっている。

彼らのお目当ては、人の山ができている前にある家。その中にいる1人の少女。その少女に注目が集まっていた。

少女の出で立ちは、一言で言えば神社で働く巫女のよう、けれどかなり崩れた格好になっている。平安時代の稚児を思わせる上着と、かなり短いミニスカート。足には太ももまであるソックスを履いている。

頭髪は黒く、長い髪を後ろで一本の三つ編みとしてまとめてはいるが、肩甲骨より少し長い。

重ねさ長い眼には下半分に縁がついている眼鏡を着用している。

彼女の視線の先には、横たわる若い女性。

顔色は悪く、青白い顔をしている。一目で何かの病を患っていることがうかがえた。「本当に大丈夫なのか?」「まだ子供じゃないか」等、ヤジが飛んでいるが彼女は意にも介さない。

横たわる女性の側には、これまた青い顔をした男性、しかし彼の場合病ではなく病を患った妻を心配してのことだろう。

少女はその夫の顔をちらりと確認し、優しくニコリと笑った。

少女の腕が動く、額を撫で、頬を撫でる。

そうやってどんどん下へと動く腕。そしてある場所でぴたりと腕が止まる。

「ここね」と呟く。

そこは女性の心臓。

少女はその位置に、手を軽く押し付けた、目を閉じる。沈黙が続く。ある程度の時間が流れる。少女は微動だにしない。

しばらくすると、女性が軽いうめき声を出す。

大衆が押し寄せ、自分勝手に騒ぐ中でのうめき声。その場にいるものは誰もが気づいてはいなかった、彼女を除いては。

少女はそのかすかな女性の変化を見逃さなかった、少女は目を見開いた。直後野次馬がどよめいた、野次馬の視線は一点に集中していた。

その視線の先、少女の腕が女性の体内へと侵入している光景を見ていた。血液は出ていない、表現としてはすり抜けているが正しいかもしれない。すり抜けた腕を侵入させてから今度はさほど時間はかからなかった。


「見つけた!!」


響く少女の声。

少女は侵入させていた腕を一気に引き抜く。

野次馬の視線は、その腕へと集中する。

少女は何かを指で摘んでいた。

小刻みに動く虫のようなもの。

その正体はすぐにわかることになる。


「やっぱり病神か……」


病神……彼女はそう口にした。

気づくと、青白い顔をしていた女性の意識が戻っている。

顔色も血色がよい。

隣にいた夫もそれには驚いていた、まるで妻にだまされでもしていたのだろうかと。

しかし、そこは少女の説明を聞いて彼は納得することになる。


「これが病の正体よ」


「……こんなバッタみたいな虫がですか?」


「これは病神といって、様々な病を引き起こす病気の神の一種。こいつが体の中にはいると、さっきの奥さんのように薬も効かない病に掛かるの。まあ、最下級の神の一種だから大事には至らなかったみたいだけどね」

少女は病神を手のひらに包み、力を込める。

手のひらから淡い光が溢れ、病神の姿はそこから無くなっていた。


「もうこれで大丈夫」


少女の笑顔を見ると、夫も安心したのか、笑顔で「ありがとう」と礼を言う。

それを確認した少女は、手を振り二人の家を後にした。




その帰り道、少女はぶつくさと独り言を呟きながら河原沿いを歩いていた。


「朔夜様、何でお金を受け取らないで帰ったりするんですか?

今月赤字何ですよ?」


「うるさいわね、人助けで仕事してるのに、お金なんかもらえるわけ無いでしょ?」


「甘いんだよ朔夜様は!!他人よりまず自分だろ?なのに人助けばっかりで、こっちのみにもなってよ」


「そりゃすみませんね」

彼女が独り言を言っているように周りの人間にもそう見えた。

だが実際は違う。

良く彼女を見てみると、耳が、腕が、懐の中から淡い光がでているのがわかる。

耳は赤く、腕は黄色に、そして懐は蒼く。

朔夜と呼ばれた少女はその光に対して話をしている。

耳飾りの宝玉が赤く光る。


「あなたは本来なら、このようなことをされなくても良い御方ですのに」


「仕方ないよミアカ」


懐の短刀が蒼く光る


「良くないよ、アナタは僕達の主なんだよ!?」


「……アオイ……」


腕の鏡をあしらった腕飾りが黄色に光る。


「まあそんな優しい朔夜様だから、俺達はたのしくいれるんですけどね」


「ありがとうキスミ」




朔夜はしばらく川沿いを歩く。どれくらい歩いたのだろうか?辺りは、太陽が沈みかけ、空が黒く変色しかけ薄暗い。

朔夜ものんびりしすぎていたのか、少々早歩きになった。

また、少々歩く。

次第に朔夜の瞳にあるものが飛び込んでくる。夜でも鮮やかに彩る、真っ赤な鳥居が。

そこは神社、朔夜は住居として住まわせてもらっている神社である。

神社の名前は、

『高千穂神社』。

神社のいわれや、建てられた年代などは全く知らない。

朔夜がここを訪れたとき、すでに誰もいなかった。奉られているはずの神の存在もなく、彼女が使わせてもらうことにしている。

この神社には、幸いなことに、台所、浴室、トイレが付いていたため、意外と快適なようだ。

朔夜は帰ってくるなり、布団に飛び込む。

「お行儀悪いですわよ」


ミアカの声がすると同時に、耳飾りからポンと小さな少女が現れた。

10歳程度の女の子、髪は赤く、瞳まで燃えるように赤い。

服まで着ており、ミニチュア版天女のような出で立ちである。

この少女が実はしゃべっていた耳飾り、ミアカの正体。

普段は朔夜を守護するために、装飾品に変化しているようだ。

アオイ、キスミも同様のようである。


「いいじゃない、今日は疲れたの」


「駄目です、お風呂も着替えもしてないのにいけませんわ!!」


朔夜が布団に潜り込もうとすると、ミアカに布団を引っ剥がされた。


「なにするのよミアカ!」


「怒鳴っても無駄ですわ、さあお風呂の支度をしますので」


ミアカが浴室に行こうとしたとき、朔夜の懐からポンと、蒼い髪と蒼い眼をした侍のような袴姿の、ミアカと同じ10歳程度の少年が現れる。


「いきなり、どうしましたのアオイ?」


「お風呂はもう少し後だね、お客さんが来たみたいだよ」


アオイの言ったとおりだった、玄関の方から戸をたたく音が聞こえている。

続いて腕飾りからポンと、金髪と金色の目をした着流しを着ている10歳程度の少年、キスミが現れる。


「俺が出てきます」


「少しでも怪しかったら、追い返してね」


三人の警戒心は異常なほどに高まっている。少しでも自分達の主人に何かあってはいけないという思いからだろうか。

朔夜はそのことを、嬉しくもあり、寂しくもあるような表情でみていた。

キスミが玄関へと着く。戸は先ほどから叩きっぱなし、文句の一つでも言ってやろうかと、キスミが戸を激しくあける。


「やあ坊や、こんばんは」


拍子抜けするような優しい声。

キスミが声のした上を見る。


「ここに、現人神様がおられると聞いてきたのだが、今はご在宅かな?」


現人神……何故こいつが知っている?

キスミは敵意むき出しの目で男を睨む。


「おいおい坊や、私達はケンカをしにきたわけじゃないんだ、そう睨むなよ」


男達は十数人。それぞれが甲冑を着込み、刀を腰に差している。

ケンカをしにきたわけじゃないというが、その様子を見れば誰でもそう構えるだろう。

最初なキスミに挨拶をした男、他の男達とは違い一際立派な黒光りする甲冑を着込み、背中には自分の背丈ほどはあろうかという大剣を背負っている。


「私は元就。ヤマトの左将軍だよ、現人神様に取り合ってもらえないだろうか?」


「誰が……もがっ!?」


追い返そうとしたキスミの口を閉じたのは、慌ててやってきたアオイ。

口論になっているのを心配して来たようだ。


「何するんですかアオイ!!」


声を荒げるキスミに対して、アオイは静かにしゃべる。


「バカ!ここでもめれば、万が一朔夜様に危害が及ぶ、それはなくとも正体が知られる」


その言葉にキスミは口を閉じた。

アオイとキスミが落ち着くと、奥から朔夜が玄関へとやってきていた。

「二人共ありがとう、元就さんだっけ?入って」


元就は言われるままに、朔夜の後について行き、居間へと案内された。


「……要件は?」


座るやいなや、朔夜が口を開く。

この突然の訪問を、彼女も快く思ってはいないようだ。

元就は背中の刀を起き。


「王が先日の件で、礼をしたいとのことで」


「礼?」


「先日、姫がさらわれました、それをあなたがお救いになられたと」


「……人違いでしょう、私にはそんな大それたこと出来ないわ」


ミアカが用意したお茶をすする。

元就もそう簡単には引き下がらない。


「我々の力を見くびらないでください、あなた一人捜すのなどさほど労もない。

人違いならそれでも構いません、王も姫も納得してくださります」


朔夜は三人の顔を見る。それぞれが反対の意志を示した表情でこちらを向いている。

朔夜には隠したい正体がある。それが国の王であろうとも、むしろ王であるからこそ隠したい。

今、断れば背中の大剣をすぐにでも抜きそうな雰囲気でもある。

朔夜には三人がいる、勝算はある。

しかし、国を敵に回しては正体どころではなくなる、彼女の選択はおのずと絞られた。


「断るって選択肢はあるの?」


「あなたが、現人神様であるなら我々に強制は出来ません」

朔夜は静かに目を閉じる。

答えを出すのにそう時間はかからなかった。


「わかったわ、都まで行けばいいのよね?

交通手段はそちらが用意してくれるのかしら?」


「それはもちろん」


朔夜が行くと答えた瞬間、元就の周りの空気が軽くなった。


「……そんなに緊張でもしてたの?」


「断られたらどうしようかと思いましたので」


重苦しい空気から一変して、和んだ空気へ。

ミアカ達も気にしすぎたかと、少し気を緩める。彼女を除いては。


「ところで元就さん?」


「はい、何でしょう?」


「……その剣、玉が二つほど無いようだけど?」


朔夜は湯飲みのお茶を飲み干しながら、元就を睨み話しかけた。


「……まあ古い刀剣のようですので、いつ紛失したかまでは……」


「そう……」


朔夜は何もなかったかのように笑顔でかえした。元就は先に都へ帰ると良い、朔夜に都までの蒸気船のチケットを渡す。

それと、旅の護衛にと若い部下の兵士を一人残し、足早に馬を走らせ、朔夜の神社を後にした。

「……座ったら?」


若い兵士はえらく緊張した様子、まさか新米の自分にこんな大役を任されるとは夢にも思っていなかったのだろう。

しかし、緊張のあまり、動きはギクシャク、変な汗までかいている。

こんな様子で大丈夫なのかと心配する朔夜達だったが。


「だだだ、大丈夫です!じじじ自分にお任せください!」


その言葉に更に心配になる4人。

けれど、心配は別のところにもある。

朔夜はあれこれ考え込んでも仕方がないと考えて、今日のところは休むことにした。


「じゃあ私寝るから」


「お休みなさい」


声を合わせるアオイとキスミ。

しかしミアカは。


「ダメですわ朔夜様、先にお風呂、その後歯磨きもですわ!」


「え〜もう眠いの!!」


「ダメったらダメですわ!」


その後しばらくミアカとの鬼ごっこが続き、更に疲れるはめになる朔夜であった。

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