イミナ〈忌名〉
「謙信!!まだ着かないの!?」
「もう少しだよ、どうしたの慌てて?」
朔夜は馬車の手すりを握り締めていた。異常に膨れ始めたアオイの神力。それが何を意味しているのかを理解していた。
早く行かなければ手遅れになる、その想いが彼女の気持ちを焦らせていた。
もちろんそれは朔夜だけではなく、隣にいる琥珀も同様な想いでいた。
「見えてきました」
元就の言葉を聞き、馬車の窓から身を乗り出す。そこから見えたのは都の入り口の門。
この門は常時開けられているので何の問題も無いのだが、その中から漂ってくる空気は異質なものだった。
その異質さは謙信はおろか琥珀にすら伝わってくる。
「……何これ……?」
進んでゆくといたるところに動物の死体が転がっている、周りの草木も死滅している有り様だ。
「さっきの山であった熊や鎧武者の仕業でしょうか?」
しばらく進むと白龍城が見えてくる。
その周りには五体の青白い光が取り囲んでいるのがわかる。
そのうちの一体が朔夜達の元に飛んできた。
「止まって!!」
朔夜が叫ぶと同時に元就が手綱を引く。
ギィィと大きな音を立て馬車が止まる、しかしそれと同時に青白い鷹が馬に触れる、すると。
「ブヒィィン!!」
馬車を引いていた馬は口から白い泡を吹きながらはその場に倒れ込んだ。
「……これは!?」
「どうやら死神の一種みたいね」
朔夜は青白い鷹を睨みつける。
白龍城は目の前の場所まで来ていたのだが、その鷹に阻まれ進むことができない。
「みんな気を付けてよ?触れられると死ぬわよ?」
その場のみんなに緊張が走る。
そして朔夜は感じていた、白龍城の内部からアオイの神力が膨れ上がっていることに。
一刻の猶予もないと判断した朔夜は、鏡の腕飾りの中にいるキスミに語りかける。
「キスミ、今度こそイミナ、行くわよ?」
「承知しました」
朔夜が手を組み印を作り出した。
そして。
「我、汝が神の鎖を解かん!!
現人神朔夜が命じる、契約の鎖を断ち切り現れ出よ!!」
その場の空気が変わる。朔夜から膨大な力があふれ始めたのである。
やがてキスミの姿が鏡より現れる。
「汝、我が前に神の力を示せ!!
汝が名は……」
キスミの様子が普段とは違っている。
おびただしい神力を纏い、朔夜の前に立つ。
「タケミカズチ!!」
朔夜がその名を叫ぶと、キスミの周辺の大気が弾け飛んだ。その瞬間に辺り一帯に雷鳴がほとばしる。
雷鳴と竜巻に包まれたキスミ、そしてキスミの姿が見えてきたとき、少年の姿をしていたキスミはそこにいなかった。
神々しい白き鎧を纏い、黄金の神を腰のあたりまで伸ばした青年の姿がそこに現れた。
「……何……これ!?」
驚きを隠せない三人。
琥珀の守護神であるキラが説明をする。
「我々神には契約するときの名前と別に、イミナと呼ばれる真の名前があるのです。
我々は現世では百分の一の力も出すことができません、しかしそのイミナ、真の名前を現人神様が呼ばれることで真の力を発揮することができるのです。
タケミカズチ……流石は現人神の朔夜様、天空の雷神を守護神にしていらっしゃるとは……」
タケミカズチの放つ雷鳴に怯えるように身をすくめる青白い鷹。
それは戦わずして勝敗が決したようなものだった、神位の差。
最上級神であるタケミカズチに恐れおののいているのだ。
「キスミ、ここは任せたわよ!?」
怯えた鷹を尻目に一気に白龍城へと走り抜けた。
僕の五体の様子がおかしくなっていることに気付いた友梨。
彼女は後方から朔夜が迫っていることにすぐに感づいた。
「現人神!?姫様も無事だったのね……行けお前達!!皆殺しにしなさい!!」
獣をけしかける友梨。
しかし、雷撃と共に青白い鷹が飛ばされてくる。
「朔夜様には出だしはさせんよ!!」
「己……もう少しであの人のお力に……!!」
「……友梨……」
一方場内では異変が起こっていた。
地下から溢れてくる神力。
瑠璃の守護神である美の女神「カザリ」が異変を伝える。
「瑠璃、地下に朔夜様の守護神様がいらっしゃいます。彼は自力でイミナを使うおつもりです」
「何ですって!?そんなことをすればどうなるか……?」
「ええ、とても危険です。外に出ようとしている幸村達を地下へ向かわせて下さい」
「わかりました」
地下ではその異常事態に、神の力がない正宗ですらその力を感じられた。
「どうなってんだこれは!?」
「ふ……ふははは!!見事だこれほどの神だとはな!!」
「これでは城ごと消し飛ぶぞ!?」
次第にアオイが黒い球に包まれてゆく。
その色は漆黒、まさに夜のように美しい闇の色をしている。
青白い虎が何らかの攻撃を仕掛けても、その球はびくりともしない。
「何だ何が起きている!?」
長政も事態を把握できないでいる。
やがて、黒い球がゆっくりと卵の殻をむくように闇がはがれてゆく。
はがれゆく内部から見え隠れする、白銀の毛色。闇が全てはがれ落ちたとき、その姿が露わになった。
キスミと対照的に、腰まで白銀の髪を伸ばした青年の姿がそこにある。
「神力を感じない俺でもビリビリ来やがる!?」
「ふ……ふははは、やれ、あの神を手に入れろ!!」
「何だか知らねえが、巨門!!」
ガトウが青白い虎巨門を姿の変貌したアオイにけしかけるが。
アオイは静かに右手を巨門に向ける、するとかなりの勢いだった巨門の動きが止まる。
必死にもがくが、微動だに出来ない。
やがて巨門の周りに闇が現れる、巨門は次第に闇に飲み込まれ空間ごと消えてしまった。
一方瑠璃から緊急の命を受けた幸村は、急いで問題の地下牢へと走っていた。
地下から感じられる、恐ろしいまでの力。その先にいるものがどれほど強大なものかは予想がついていた。
一歩一歩ゆっくりと近づいてゆく、すると男の悲鳴のようなものが耳に届いてきた。
「や……やめろぉぉ!」
慌てて地下への階段を降りきると、見知らぬ男が黒い空間へと消えてゆく姿が目に映った。
「……何が起きている……?」
目の前に飛び込んできた信じられない光景、そしてそこにいるのは。
「正宗、忠勝?……長政まで……どうなっている?」
「宰相、頼む助けてくれ!?」
「何が……?」
口を開こうとすると、正宗を忠勝がふさぐ。
「あれは現人神の守護神だ、きっと現人神はこの国を奪うためにあの神を!?」
「バカな、現人神は俗世の権力など必要としない、何かの間違いだ!!」
「しかし現に襲われているのだ!!」
幸村は不意にアオイを見上げる。
「……やはり、彼からは悪意は感じられない」
「……だろうなあ……」
「長政!?」
トスッ……
何かが幸村に食い込む。
「宰相ぉ!?」
正宗の声が響く。
長政が隠し持っていた短刀が幸村の腹部に深く食い込んだのだ。
「やはり……そういうこと……か」
「幸村、お前さえいなければ私達の計画は成功するのでな」
正宗が振り返り、忠勝を睨みつける。
「忠勝!!これがお前達の望んでいることか!?
だったら、俺はお前達を許さない!!」
激昂する正宗に対して、忠勝はただ、沈黙を返すだけだった。
五体の獣達をキスミに任せ、朔夜達は白龍城の門へと急いでいた。
しかし、彼女達の目の前に友梨が立ちはだかる。
「友梨!?」
「ふふ……ここは通しませんわ」
不適な笑みを浮かべる友梨、しかし彼女の周りにいた獣達はイミナによって力を解放したキスミが相手をしている。
彼女にはもはや戦力が無かった。
「やめろ、もうお前には僕は残っていない。
抗う術など持たないだろう?」
「……そうかしら?」
「何をする気だ?」
謙信と元就が刀を構える。
「いらっしゃい破軍!!」
友梨の周りを青白い光が囲む。
足下には光の円が出来上がり、その円から何かが浮かび上がる。
「あいつは!?」
その姿は不二でみた鎧武者。
鎧武者も友梨の僕だったのだ。
「そんな友梨……」
「姫様、私の幸せの為に死んでください!!」
その顔には狂気が満ちている。
その狂気が琥珀に向けられた。
ザシュ!!
太刀が何かを切り裂く音が響く。
「……何で……?」
宙に舞う鮮血。
「友梨ぃ!!」
何と斬られたのは友梨だった、自らが使役さているはずの神に斬られたのだ。
「裏切ったの……!?」
「お前はもう用済みだ」
ザシュ!!もう一度非情な一撃で友梨が切り裂かれた。
「……姫……様……」
「ククク、お前は実に良くやってくれたよ」
ドォン!!激しい爆発音と共に、五体の獣達が吹き飛ばされてきた。
死を司る五体の獣だが、力を解放したキスミの前にはなすすべもなく、破軍の目の前へと叩き出されてしまった。
「後はあんただけよ?」
「……そうかな?」
「どういう意味よ?」
「あれをみるがいい現人神!!」
破軍が指を指した方を見る、そこは白龍城の天守閣。
「……アオイ!?」
そこにいるのはアオイだけではなく、正宗、幸村、そして瑠璃の姿もあった。
アオイもイミナによって力を解放してはいたのだが、途中で力尽きとらわれのみとなってしまっていた。
「現人神よ、奴らの命が大事ならば私に従え!!」