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序幕

深く先も見えないほどに濃い霧の貼った大きな森。

空を見上げても、霧と木々に遮られ空はおろか太陽すらその顔を覗かせてはくれない。

道無き道には、獣の姿もなく不気味なほど森は静まり返っている。

今が朝なのか、または夜なのかわからない。

ただわかるのは、目の前に広がるのは、白い霧。いけどもいけども、その状況が変わるわけではなく、程遠い出口をさまよって歩くだけなのだろう。

そんな森を息を切らして走る人影がある。

足音の間隔が短く小刻みにリズムを付けている。どうやらまだ幼い子供が、その人影と足音の主のようだ。

人影はある程度走ると後ろを振り返る。そしてまた走り出す。

それをしばらく繰り返す。

どれほど進んだのだろうか、子供の人影は大きな木にもたれかかり、大きな安堵の息をもらした。逃げ切った……子供はそう信じた……しかし。


「みぃつけたぁ!!」


ビクン身体を震わせる、得体の知れない森に響く不気味な声と共に、子供がもたれていた大木が歪む。

グィィっと大木から伸びる腕。その腕が幼い腕を強引に掴み、まだ小さな体を宙へと放り投げる。飛ばされた子供に抗う術はなく、そのまま地面へと叩きつけられてしまう、声にならないうめき声を上げあまりの痛みにその場から動けない。

その様子を見ていた、大木から伸びた腕は、またグィィっと形を変える。腕はやがて、人の形へと姿を変える。

子供は痛みで朦朧とする意識の中、その姿を見た。


「姫、鬼ごっこは終わりです。

あなたさえいれば、全てが手にはいるのですよ」

「あぅっ!」と悲痛な悲鳴を上げ、自分の体が動かないことを確認した。


「姫様、そろそろ遊びの時間はお終いにしましょう?」


姫様と呼ばれた子供。

朦朧とする意識の中で、声の主を確認する。

それはどこかで聞いたことのある声だった。


「やれ」と男が命令を下す。

命令を受け、動き出す陰、それは男よりも遥かに大きく異形の形をしていた。その異形の腕が無慈悲に姫様へと向けられる。

姫は目をつむる。

死を受けいるためではない、死など覚悟などするわけがない。

歯を食いしばる。

何も出来ず、この人達に利用される。それが悔しくて仕方がなかった。

異形の腕の鋭くとがった爪が横たわったままの姫を襲う。

迫り来る狂気を前に、声を絞り出して叫ぶ。


「私は……あんたたちなんかに負けない!!」


それは力強い声。

しかし、その声に怯えることなく異形の腕が空を裂く。

再び固く目を閉じる。


ドカァ!!


響く鈍い音。けれど、痛くない。思えば、何も体に触れていない。

何が起きたのか気になり、固く閉じた目をゆっくり開いていく。

目に光が入り、あたりの風景が視界に入る。

心なしか、霧は晴れていた。目の前には何もいない。

当たりを見回す、前方少し離れた場所に男と異形が2体。

姫が確認した影は3体。もう一体はどこに行ったのか?

ふと男を見ると、姫の上を見ていた。姫も上を見てみる。そこには。


「……これ……?」


異形が短い刀のような刃物に、姫が先ほどもたれかけていた大木に磔にされていたのだ。


「だ、誰だ!?」


慌てる異形を操る男。

すぐにその所業の犯人はわかることになる。


「良く悪態が付けましたね姫様……

子供らしくてナイスでしたよ。」姫や男の視線が声の方へと向く。

そこには一人の少女が歩きながら、こちらへと進んでいた。

その出で立ちは、神社などにいる巫女のよう。

ただ、胸元がやけに開いていたり、ミニスカートだったり、太ももまであるソックスを履いていたり、肘よりも長い手袋をしていたりと巫女とは少しかけ離れている。

更に、少女の神に姫は魅入られる。

ウェーブがかかった長い髪、しかしその髪の色が雪のような銀色の髪。

日が届きにくい森の中でさえ輝いているようだった。


「何だ貴様は!?」


少女は立ち止まり、腕を組む。


「さあ…、あんたの邪魔をしにきただけよ」


少女は顔に笑みを浮かべ答える。


「あの……」


姫が動こうとすると、「ボフ……」という音と共に磔にされていた異形の者が黒い霧となり、宙へと霧散していった。異形を磔にしていた短刀が少女の手の中にふわりと戻る。

手の中に納められた短刀の刃の部分には、文字のような記号のようなものが一面に描かれてある。その短刀を肩にポンと軽く乗せ、男を軽視した視線と笑みをまだ幼さの残る顔に浮かべる。


「あんたがこのまま無様な姿晒しておめおめと逃げ帰り、二度と姫には近付かないと誓うなら何もしない。この忠告を無視するのなら、容赦はしない」


少女の忠告。しかし、そんな言葉など男が受け入れるはずもなく。


「俺は神を操る神繰者のガトウだ!!少し力が使えるからといって、いきがるな小娘!!」ガトウと名乗った男は激しく激昂する。そのガトウに呼応するように、残り二体の異形が動き出す。

異形の腕は一直線に少女を狙う、速度はかなり早い。少女に交わすすべなど無いように思われたが。


「キスミ」と少女が呟く。すると、少女の目の前の空間に青白い薄透明の盾のようなものが突如現れた。

異形の腕が、その盾に吸い込まれるように動き、青白い火花を散らして弾かれる。

「アオイ」と次に少女が呟く。少女の手にしていた短刀が再び宙に浮く、短刀は意志があるかのように、異形に斬りかかった。

なすすべもなく切り裂かれた異形は、先ほどの磔にされた異形と同じように宙に霧散していった。


「な、何だと!?」


手駒を失ったガトウ。その様子は激しく狼狽している。


「こんな屑神、いくら使役しようと私には、指一本触れられやしない」


「俺は神繰者の……!!」

少女が右手をガトウに向けかざす。するとガトウの動きが止まった。

ガトウは必死にもがくが、ぴくりとも動かない。


「安心しな死にはしないよ、ただ異空間で余生を過ごしてもらうけどね」


ガトウは己の目を疑った。かろうじて動かすことのできる、目で自分の体をみる。そこには立体だった体は無く、平面となり宙に浮いていた。

少女がかざした腕の指を動かしていく、その指と連動しているのか、平面となったガトウの体が折り畳まれてゆく。

音はなく静かにおられてゆくが、ガコンガコンと几帳面に折られる。

数秒もしないうちに、ガトウの体はそこには無く、彼の平面となった頭部だけがそこに存在していた。

頭部だけとなったガトウに少女が近づいてゆく。


「何か言っとくことあるかしら?」


「……何なんだ貴様……!?」


ガトウの言葉を受け、少女は静かに目を閉じる。ゆっくり視界を開け、唇を動かした。重くゆっくりと。


「私は現人神、私は神と常にともにある」


「覚えたぞ現人神……必ず……」


ガトウが捨て台詞を残し、残されていた頭部も最後まで折り畳まれ、その場から消滅した。

消滅したことを確認すると、横になっている姫へと振り返る。

その体は泥だらけとなっており、高級感あふれる着物も台無しになっている。

意識が朦朧としている彼女を少女がひょいと持ち上げる。


「さあ帰りましょうかね」


薄れゆく意識の中、姫が見たのは、女神のように優しい笑顔をした少女の顔だった。

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