09 ランタン
ユウキは行くつもりのようだ。1人が灯りを照らさなければならないから2人が必要なのだ。
「わかった、行くよ。でも灯りは?」
「今、作る」
「松明みたいなの?」
「そんなの作れないよ、山火事が怖いし」
ユウキはコッヘルに入れたジッポを埋めるように土を詰めて、ノートで周囲を覆った。
「OK、できたよ。安いペラペラのノートで良かったな」
ジッポを点火してノートを巻き、取っ手の所でノートの両端をガムテープで留めると、片手で持てるランタンが完成した。
小さな歓声があがる。
「あんまり明るくないな。下の方も照らせないし・・・」
「いやいや、上出来だよ、なかなかイイぞこれ」
2人の女子も少し感動しているようだ。
「じゃ、焚き火が消えないように枝を足してくれよ」
2人に声を掛けて俺とユウキは山道を横切って路肩を登った。
登った途端に落ちないように注意する。
俺が照らしてユウキが登り、ユウキが照らして俺が登る。
「やっぱ暗いな」
「じゃ、照らしてるから降りてみてくれ」
ユウキがしゃがみ込んでランタンで照らした。まぁ、少しはマシだ。
俺はゆっくりと降りた。
俺がランタンを受け取ろうとすると、ユウキは言った。
「2人とも降りるとランタンと枝を持ってあがるのが大変だから、俺はここで照らしてるよ。枝を持ってきてくれ、受け取って山道に放るから」
「えぇ~、ちょっと暗すぎないか」
「何とか見えるだろ」
「俺の体が影になって見えねぇよ」
「ずっと先まで行ってこちらを向けばいいじゃないか」
なんだよ、あの闇に背中を向けろってのかよ
ま、仕方ねぇか。さっさと終らせよう。
うっすら見えるってのは逆に怖いな。いろんなものに見えちまう。
何本かの枝をユウキの下まで放る。大き目の枝を引っ張るとガサガサと大きな音がして、俺はビクッとした。我ながら情け無い。
ふと、振り返った俺の全身が粟立った。
ユウキの後ろに何かが居る!
「ユウキ!後ろ!!」
ユウキは急に振り向こうとしてバランスを崩した。
姿勢を保とうとして腕を振り、ジッポが消える。
辺りは闇に包まれた。
俺は一歩も動けなかった。
「ごめ~ん、驚いた?」
「ハルナか?ざけんなよ、ほんと!」
ユウキの声が聞こえる。
「ごめんねぇ、手伝おうかと思ってさ」
「あれ、由紀は?」
「一緒にいるよ」
「ばかっ、誰が火をみてるんだよ、火事になったらどうするんだ」
「いや、消えちゃったの、むしろ」
「何がむしろだよ、全く、枝を足してくれって言ったのに」
「いやぁ、落ち葉を乗せたら消えちゃったんだよね」
「・・・ったく、ランタンも消えちゃったじゃないか」
「あれ、コースケ君は?」
「下で枝を引っ張ってる」
そんな声を聞きながらも俺は動けなかった。
声も出せなかった。
俺の背後に何かがいた。
それが生き物なら吐息が聞こえるだろうという距離だ。
俺は口から溢れそうな悲鳴を懸命に抑えていた。
俺が叫んだら、それが合図になりそうだから。
背後にいる何かが動き出す合図になりそうだから。
ユウキとハルナの声が僅か10m先から聞こえる。
俺の背後にいるもの。
それは俺の叫び声を待っている。俺が恐怖に飲み込まれて叫んだら・・・
「コースケ、ちょっと待っててくれ、灯りを点けるから」
ふいにジッポがついて炎が揺らめいた。
俺の脳裏にユウキたちの混乱が描かれた。
俺の背後にいるもの、それは淡い灯りに照らされ、ユウキ達は驚愕と恐怖でここを離れるだろう。俺は取り残される。
闇の中、一人取り残される。
もう耐えられない。
「あ、いたいた、コースケ~、早く枝持ってきてよ」
ハルナの声だ。
「なに固まってんだ、急いでくれよ、ジッポのオイルも無駄にできないんだから」
「えっ?」
ゆっくりと振り向くと1本の小さな木立があるだけだった。
これが揺れた空気の動きでも俺は感じたのか?
何にせよほっとした。体の力が抜けていく。
薪は確保され、再度起こした焚き火は大きく燃えた。
明るくて暖かい。
ボーイスカウトの経験者で外見に似合わずアウトドア派のユウキは大活躍だ。
「とりあえず女子は寝れたら寝てくれ。どうしても眠れないなら言ってくれ。俺達が寝る」
「でも、これだけじゃ一晩は無理だな」
約3時間も経ったと思われる頃、ユウキの言った通り薪が無くなった。
焚火が完全に燃え尽きたが、残った熾火で暖かさを感じる事ができた。
しかし、この肌寒さは耐えられそうにない。
ユウキはビニールシートの四隅にロープを結び、木立と木立の間に高さ1m位で屋根のように張った。
驚いた。屋根があるだけでこんなに違うものか。
俺達4人は膝を抱えて体を寄せ合ったまま眠りに落ちていった。