08 焚き火
混乱が起きた。
サキ達がいる切り株と、ユウキ達がいる切り株。
タカシがサキに代わってユウキと確認した。
「ユウキ、俺は今、切り株に体を向けてる。右手が林道、左手がベースだ」
「俺も同じようにしてる」
「何かの間違いじゃないのか?」
「分らないよ!」
携帯から響いたユウキの悲鳴のような声はサキにも聞こえた。
タカシも混乱と興奮で声が大きくなる。
「どういう事だよ、何なんだよこれは!」
山内がタカシの肩に手を乗せて言った。
「落ち着け、君がパニックになってはいけない。不安が大きいのは向こうのグループだろ」
「すみません、つい」
「私に代わってくれないか。ユウキ君には会ったことがあるし」
「ユウキ君、電話を代わったよ。山内だ」
「すみません、ご迷惑をかけてしまって」
「この状況で開口一番それが言える人間はそうそういないぞ。やはり君は大したものだ」「大丈夫だ、君がいるから大丈夫だ」
「いえ・・・すみません」ユウキの声が涙声になる。
「しかし、ユウキ君、ここが大事だ。私がいう事を良く聞いてくれ」「携帯は何台ある?」
「3台です」
「バッテリーは?」
「ちょっと待って下さい・・・1台が30、後は20位です」
「充電器の類はあるか?」
「ありません」
「そうか、残りの2台は電源を切って1台づつでやりとりしよう。バッテリーを無駄にはできない。この携帯だけが我々と君達を繋ぐ唯一のものだ」「食料は?」
「たまたまザックに入っていたクッキーが30枚程度残っているだけです、水は沢で補充しました」
「よし、では、うまくビバークしてくれ。女の子が2人いるね。気を遣ってやってくれ」
「分かりました」
「難しいかもしれないが、できるだけ休むんだ。暗い中で動いても何も良い事はない。明日は早朝から捜索を再開する。こちらから連絡しよう。出なければ何度か連絡するから夜が明けるまではその携帯も電源は切っておきなさい。
「分かりました。あの・・・」
「どうした?」
「いえ、まだ大丈夫です』
「そうだ、大丈夫だ。頼むぞ」
◇*◇*◇*◇*◇*◇
山内は自宅に連絡してサキ達の宿泊の準備を整えていた。
食事と風呂の後、3人は応接間に案内された。
今後の対応の相談するという。
「状況は非常に危険なレベルであると思って欲しい。まず第一に彼らには食料が無い」
そこか?とタカシは思った。
同じ切り株の場所にいるのに姿も見えなければ声も聞こえないんだぞ。食料どころの話じゃないじゃないか。
「食料が無いという事はあと数日で彼らは動けなくなる。救出の方法が分からない状況にあって、彼らが自力で脱出するという芽がつまれるのはとてつもなく痛い」
「今日はだいぶ消耗していたようだし、あと2日というところだろう」
「よって、明日はこちらからできる限りのアプローチを掛けて、救出が出来ない場合は彼らに自力脱出してもらうしかない。何にせよ、早めに判断しなければならないだろう。」
「自力脱出ってどうするんですか?」
「話を聞く限りだと山道と沢沿いはダメだ。しかし山道から沢へは通常の移動ができたようだ。その延長線に賭けるしかあるまい」
◇*◇*◇*◇*◇
俺達は山道の東側、平坦な場所でビバークする事にした。日中の服装ではかなり寒い。
しかし、ユウキがザックをベースで降ろし損ねた事が幸いした。
クッキーにタオル。空のペットボトル1本、ビニールシート、コッヘル、ロープ、ガムテープに筆記用具もあった。
「ちょっとライターで照らしてくれないか?」
どんどん低下する気温に俺達は焚火をせざるをえなかった。危険だがしかたないだろう。
俺とユウキはコッヘルで直径80cm位の円形に土を掘った。森の土は柔らかいが、木の根があって掘りづらい。大きな樹木から少し離れた所を掘ると土のにおいが湧き立つ。
ユウキは手早く焚火を始めた。
地面を掘った底に木の枝を平らに敷き、その上に10cm位のガムテープの輪を3つ置いて点火。ガムテープ全体に火が回ったら細い枝を両手で掴んでドサっと乗せる。
煙の合間に炎が見えたら枝を乗せる。もうもうと煙が出てスッと炎が見えると煙は少なくなった。後は徐々に大きな枝を追加していくだけだ。
焚火の炎で周囲が明るくなり、辺りの枯れ木を探しやすくなった。しかし、大きな枯れ枝はほとんどなく、朽ちた枝がほとんどだった。できるだけあつめて燃えやすそうなものを追加していく。地面の上に灰が溜まってくれば火を維持しやすい。湿った枝も周囲に並べて乾燥させる。
「生の枝でも乾けば燃えるからその辺りの小さい立木や枝は折ってくれ」
そうは言っても、木の枝は簡単に折れないし、やはり小さい枝ばかりが集まった。
東にある杉林行けば枯れ枝がたくさんあるのだが、100m程離れていて、暗闇の中を行く気にはならなかった。
ユウキは比較的大きな枝が安定的に燃え始めたのを見て、燃えている枝を平行に並べ始めた。
ある程度燃えてきたら、この方が火持ちが良いのだ。
「それにしても、これじゃ直ぐに燃え尽きちゃうな」
「あ、そういえば」両手で枝を折ろうとした姿勢のままハルナが声をあげた。
「どうした?」
「私達が山道の反対側で転んだでしょ?あそこは大き目の枝が結構落ちてたわよね」
「え、あそこに採りに行くの?」
「距離で言えばほんの30mくらいだ。じゃ、俺とコースケで行って来るよ」
「えぇ~?」
正直、俺は行きたくなかった。
あの布を引き裂くような音と水に落ち込んだような感覚が甦る。