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Side S  作者: 白蜘蛛
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07 切り株

サキが山楽の駐車場に止めると、すぐに若い男が近づいてきた。

「サキさん、他の方も中で何か食べて下さい。とにかく食事と休憩をとってもらうようにと山内さんが言われてますんで。詳しい話は山内さんが聞くそうです」

この男は佐々木という20歳ハタチの従業員で山内の椎茸農場で働いている。事情があって中学を出てすぐに山内の農場で働き始めたようだ。定時制高校を卒業して今は通信制大学で心理学を学んでいる。

少し離れたところに20~30歳台の男が4人こちらを見ていた。佐々木を含め、数人とは面識があるが、中には不満げな表情を隠さない者も居た。

サキはタカシとトモミを促して車を降りると、5人に深く頭を下げた。

1人の部員と連絡が取れなくなった事。怪我をして動けない可能性がある事。山内さんに相談した事、を手短に説明し、協力に対して改めて感謝した。

北の谷もそれほど深くはないが、滑落して打ち所が悪ければ命に関わるかもしれない。男達の苛立ちにも似た感情は、状況の把握とサキの言葉によって和らいだようだ。

このように小さいところでサキは積み上げる。最良の結果を得るために。


佐々木の先導で山楽に入ると、サキは3人分のうどんを注文する。喫茶店というより簡易な食堂といった感じの山楽は日曜の夕方という事もあって空いていた。

「昼を抜いたという感じがしないな」

タカシがうどんを半分ほど食べたところで言った。

「ほんとね。ちょうどお昼を食べてるって感覚だわ」

トモミはどんぶりの中の揚げ・・をつつきながらタカシに同意した。

「2人とも早く食べなさい。山内さんが到着して、状況を説明したらすぐに出発するだろうから」

そう言って立ち上がると隣にある売店へ向かった。残された器は既に空になっている。

タカシとトモミは顔を見合わせて肩をすくめる。

サキは水とスポーツドリンク、パンや携帯食品を買い込むと車に積み込んだ。

佐々木が気付いてドリンクのケースを運ぶ。

残された男達はサキと佐々木がいなくなるとぼやき始めた。タカシやトモミを気にする様子はなかった。休日の午後3時にいきなり召集されたのだから不満はあるだろう。

2人は気まずい雰囲気の中うどんをすすった。


*-*-*-*-*-*


ほどなく山内が現れた。さっきまでぼやいていた4人が緊張しているのが分かる。

50を過ぎているというが10歳は若く見えた。

逞しい体に知性を湛えた目、タカシはすぐに“何でも屋”だと感じた。何でも屋とはどんな事でもこなしてしまう器用な人間の事だが、タカシがいう何でも屋は、それに加えて必要とあれば荒っぽい事も平気でやる人間を指す。

山内は5人に、「休みのところ済まないな。事故があってからでは遅いから地理に詳しいお前達に来てもらった。埋め合わせはするから協力してもらいたい」と声を掛けると、サキに向かってニコリと笑った。

そして真面目な顔に戻ると「事実を教えてくれ」とだけ言い、離れたテーブルに座った。

さすがのサキも山内にはいつもながら驚かされる。サキは5分ほどで説明を終え、先ほどの説明が事実と違う事を詫びた。

「気にしなくていい。私だってそうするだろう」

そういって山内は今日2度目の笑顔を見せた。

山内の決断は早い。ベースの北にある谷はここからバイパスを20分ほど南下した所から車と徒歩で20分程度、合計40分で到着できるだろう。直ぐに出れば17:00。

しかし北東に位置する谷は陽が暮れるのも早い。山内はすぐに4人を谷に送り出した。

1人は車で待機し、残り3人は谷へ向かうように指示している。

山内と佐々木はサキ達と一緒に林道沿いの駐車場に向かい、そこに佐々木を残してベースへ向かい、更に北側谷の上まで進む予定だ。

すぐに出発する。


*-*-*-*-*-*


林道の駐車場で待機している佐々木は状況が飲み込めずにいた。

山楽で聞こえたサキの説明だと、5人が消えてしまったらしい。あの小さい森で?しかも、携帯が通じたり通じなかったりするようだ。森の北は谷を挟んで高くなっているが、その峠を含めて圏外という事は考えられない。

しかしそんな事はどうでもいい。あの人だけが無事なら。


それにしても理解できないのは、2つのグループが向かい合う行程で進みながら接触できなかった事。サキさんたちは山道を通って来ているので、もう1つのグループが山道を外れた事になるが、その後の連絡で山道を歩き続けていた事を確認したという。さらに最後の連絡から、最長20分の行程を30分かけても到着していないという。俺の聞き間違いか?

佐々木の背中に嫌な汗が流れた。


◇*◇*◇*◇*◇


ユウキが戻った。息は荒く、走り続けていたようだ。

息が落ち着くと混乱した様子で口を開く。

「5分走っても着かない。堪らなく不安になったけど、そこの景色は林道に出る道の景色に間違いなかった。でも何の音も聞こえない。このまま進んだらヤバイと感じてすぐに引き換えした。それからはずっと走った。それなのに10分走っても誰もいない。正直泣きそうだった。お前らを見つけた時は心底ほっとしたよ」

「ちょっと待って、じゃ5分で進んだ距離を15分かけて戻ってきたって事?」

「そういう事になる。心底恐ろしかった・・・どうなってるんだ?」

「分からない。分からないけど移動しよう、待ち合わせの切り株に」


*-*-*-*-*-*


30分かけて切り株の場所まで戻ったが携帯は通じなかった。


ユウキはまた「やっぱり」と言い、由紀が不安そうな目で睨んだ。

連絡を取る事に失敗した4人の頭にはもう水の事しかなかった。

それほど俺達の体は水を欲していた。

俺達4人はただ黙々と沢に向かった。


「この水、大丈夫だよな?」

「飲んじゃってから何言ってんのよ」

「あぁ、でもうまいな、沢の水。ペットボトルにも入れておこう」

「あまり飲むとお腹に来るよ。それより、何だか陽が傾いてない?」

「え?でもまだ14:30だぜ?」

時計を確認した俺はハルナに腕のアクシオMAXをかざして見せた。

しかし、確かに太陽が傾いている。森から沢に出たせいで明るさに錯覚していたが、太陽の光はだいぶ傾いている。

「私の時計もそうなの・・・」

水を飲んで休んだせいで少し元気を取り戻した由紀がまた不安そうな視線を向けた。

「ま、太陽の見え方は地形とか色々あるからな。さて、どちらに行く?・・・といっても南しかないよな」

ユウキはとりあえず話題を変えて一人うなずいた。北に進むのは緩やかとはいえ登りになるし、林道にぶつかる場所はベースから北西の奥だ。林道を歩く距離も長くなるので北に進むのは考えられない。

南なら30分もかからない行程で林道に出るはずだ。その林道を南に進むと車を停めた空き地まで約5km。とにかく林道に出れば携帯も通じるかもしれない。

この沢は携帯が通じなかった。電波状態は3本立っているが、どこに掛けても出ない。


結局俺たちは沢を南に下りたが、沢が林道にぶつかる事はなかった。小一時間も歩いただろうか。

「戻ろう!これはもう立派な遭難だよ、しかも普通じゃない。切り株に戻ろう!沢まで10分程度で移動できるから水は確保できるし、携帯が通じる可能性も高いし、何より助けを待つなら山道に出ていないと」

誰も反対しなかった。


沢を引き返す。陽はどんどん暮れていった。

由紀は辛そうなので、俺とユウキが交互におぶった。

沢に下りた場所まで戻った時には、辺りはもうだいぶ暗くなっていた。

「誰か灯り持って無いか?」

「ライターならあるぜ」

「ちょっと貸してくれ」

ユウキは受け取ったジッポを点火して灯りを取ろうとしたが、とても足元を照らせるような光は得られなかった。

とりあえず待ち合わせ場所まで・・・。

沢の小さな斜面を登り森の中を東に進む。切り株のところまで戻った時には、お互いの顔も解り辛いほど暗くなっていた。

その時、ユウキの携帯がなった。

開いた携帯のバックライトでユウキの上半身が闇の中に浮かぶ。

「サキさんだ!」

「やった!」歓声があがる。

ユウキの震える指が通話ボタンを押す。

「はい、そうです。山道から一時離れていました。すみません。・・・あ、そうでしたか。えぇ、ありがとうございます」

「サキさんとタカシ達は一旦街に出て、内山さんと合流してもう一度探しに来てくれたらしい」

「良かったぁ~」

サキさん達が町に出れたという事実がうれしい。


*-*-*-*-*-*


「通じたのか!?」山内の声が響く。

「はい、ユウキ君達4名、山道を離れていたようです」

「そうか、動かないように言ってくれ。とりあえず場所を聞いて合流だ」

山内は携帯で佐々木に連絡を取った。

「谷のメンバーは撤収したか?」

『車で待機しています』

「そうか、一旦帰るように伝えろ。明日も捜索するから6:00に道の駅に集合するように伝えてくれ」

山内は携帯を切る。

重かった雰囲気が一気に明るくなった。

「ユウキ君、あなた達はそこを動かないで、こちらから向かうわ。いま居る場所を教えて頂戴」


「・・・えっ!?どうゆうこと!?」

サキの声には混乱と怯えが含まれていた。

「どうしたんだサキ君」

山内の問いかけにも微動だにしないサキの携帯を持つ手は微かに震えていた。


「サキさん、どうしたんですか?俺たちはここで待ってていいんですね?」

「ユウキ君、もう一度あなた達の現在位置を教えて、正確に」

「待ち合わせの切り株がある場所です」

「・・・」

「どうしたんですか、サキさん」

「私達も切り株の場所にいるのよ・・・」


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