表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Side S  作者: 白蜘蛛
5/20

05 リーダー

ザックを背負ったサキが縛った髪を揺らしながら振り向いた。

「準備はできた?」

『はい』


サキは願を掛けるようにして1枚のルーズリーフをテーブルに置くと、その上に石を入れたコッヘルを乗せた。


『この手紙を見たら、まずは連絡して下さい』

『新宮・宮原・阿部の3人はここを離れます。山根君とはまだ連絡がつきません』

『貴重品は新宮が保管しています』

『保存食と飲み物はコンテナボックスに入っています』

『携帯での連絡が取れない事があります。山道からは外れないように』

『連絡が取れない場合、私達を探したりせずに直ちに山を下りる事』


箇条書きで書かれたそれらの最後にはこう書かれていた。

『下山に際しては他の者の協力を期待しない事』


「じゃ、行きましょう。私がリーダーを務めるわ。宮原君先頭お願いね」

「はい、分かりました」


10分ほど歩くと待ち合わせの切り株がある場所が見えてきた。

「あ、あそこが待ち合わせをしていた場所です」

タカシの声はできれば口にしたくないとでもいうような雰囲気だった。

遠目から見て誰もいない。

切り株の横に差し掛かっても3人は黙々と歩いた。

ふと、サキは何かの気配を感じた。それは右側、つまり西の方角だ。

顔を向けて確認する事がはばかられた。

顔を向けても何も見えないだろう。しかしその何かは私の視線に気づく。

何も知らない者として通過するのがベストだ。

何も気付かない、何も知らない、ただ静かにここを通過する。

そうだ、ただ静かに通り過ぎればいい。

私は何を考えている?居るって何が?

誰かに話すには馬鹿げているが、サキは確信していた。“何かが居る”


突然、サキの携帯が鳴った。

タカシとトモミが凄い勢いで振り向いた。2人の顔は恐ろしいものを見るような顔だった。

ディスプレイには『島崎春奈』と表示されている。

「ハルナだわ」

タカシの顔が緩み、トモミは泣きそうな顔になる。

サキは、すぅっと息を吸って3度目のコールの途中で通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『あ、サキさん!?』

携帯の向こうから“通じた”“やった”という声と歓声が聞こえた。

『私たちベースに向かおうとしたんですけど・・・その、なぜか到着しなくて、待ち合わせた切り株の場所に引き返してます』

「こちらはタカシとトモミと一緒よ。ベースから車の空き地に向かっているわ」

『よかった、2人とも無事だったんですね!私達4人も元気です』

サキはタカシとトモミに、ハルナ達4人が無事で待ち合わせ場所に向かっている事を伝えた。

「よかった~」トモミは思わず両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

しかし、サキの言葉にタカシとトモミは耳を疑った。

「じゃ、あなたたちは4人で車を停めた空き地へ向かって頂戴」

「待ち合わせないですか!?」

タカシが勢い込んで言った。

電話の向こうではハルナも戸惑っているようだった。

「じゃ、頼むわね」

サキはタカシの疑問とハルナの戸惑いを振り切るように携帯を切ると口を開いた。

「宮原くん、トモミ、私達は他の人の事を考えている場合じゃないのよ」「言ったでしょ、私達にはこの山道と車しかないんだって」

「意味が分かりませんよ!」

体格の良いタカシの態度は威圧的だったが、170cmを超えるサキは細身ながら負けてはいなかった。

「私達はどこから出発して、ハルナ達はどこに向かっていたの?どうして出会わなかったの?これが説明できない限り私の意見に従ってもらうわ」

言うなりサキは歩き出した。

トモミが続き、歩いて来た山道の先を見つめていたタカシも後を追った。


◇*◇*◇*◇*◇


ハルナは突き放されたように切られた携帯を見つめている。

「どこにいるって?」

「分からない、でも車に向かっているから私達も向かってくれって」

「どの辺りなんだろう?」

「もう車を停めた場所に近いんだろう。俺たちはさっきの待ち合わせ場所にいるんだから」


そうさ、もうすぐ会えるよ、この切り株まで戻ってきたんだから。連絡だって取れたんだから。


俺が置いた軍手は俺たちが来た方角を指していた。俺の頭を違和感がかすめた。

まただ、何だこの違和感は。

些細だが重要な事を見逃しているような、焦りにも似た感覚。

しかし、それが何なのかは分らなかった。


◇*◇*◇*◇*◇


駐車場に着いたサキ達はすぐに車を確認したが、サキのランクルとヒロのステーションワゴンは停めた状態のままだった。

サキはランクルに残されていたペットボトル3本をヒロのステーションワゴンのそばに置いて無機質な声で言う。

「20分だけ待ちます。それで来なければ、私達だけで一旦山をおります」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!ユウキ達は置いてきぼりですか!?」

「サキさん、ひどいよ!」

サキは腕を組んで目を閉じていた。

・・・やはり何も感じない。

子供の頃から勘というか生き物の気配をよく感じる事ができた。

それが何も感じない。ここはどこだ?

私達はどこにいるのだ?

20分でも長すぎる。すぐにでもここを離れるべきだ。

サキはランクルに乗り込むとバックしながらハンドルを切った。これですぐに林道へ出られるだろう。エンジンを切らずにサキは車を降りると、山道の奥を見つめた。

「サキさん、俺の話聞いてます!?」

「リーダーは私。あなた達はそれを認めたわよね。だったら従ってもらうわ」

「ちょ、ちょっと・・・」

「20分待って出発する。それ以外の話だったら、どうぞ」

タカシとトモミは押し黙ったままだ。

この2人だってすぐにでも離れたいと思っているに違いない。

なのに体面に拘っている。あの4人が帰ってこれると思っている。いや、戻ってこれないかもしれないという想定ができないのだろう。

つまり、まだ事態を把握しきっていないのだ。

サキは2人を無視して離れるとサークルの顧問に連絡を取った。


参加者1名の所在が不明で連絡が取れない。このような場所で考えづらいが、怪我などで動けないのかもしれない。一帯を探したが発見はできなかった。引き続き4名が探している。時間的に厳しいので警察へ連絡をしたい。

サキは常識の範囲内で理解される内容を説明した。

顧問は警察への連絡について懸念を示した。

このサークルは大学公認のサークルなのだ。土地の使用については土地の所有者がOBで、許可も取っているので問題は無いが、警察沙汰というのはいささか大げさではないかというのだ。正直なところトラブルの表面化を避けたいというのだろう。

林道からベースまでの間は沢と植林地まで捜索した。ここで見つからないとなるとベース北側の険しい谷へ行った可能性もある。怪我などで動けない場合、初動の遅れから最悪の事態を招く可能性もある。もしそうなったら、問題はサークル活動ではすまなくなるだろう。

顧問は警察への連絡を了承し、事務局への報告を約束した。


警察への連絡を躊躇する原因は他にもあった。

2年前、正確には1年と7ヶ月前、1月の調査でベース北側に向かった部員と連絡が取れなくなり、警察へ協力を要請したが、本人は林道から歩いて帰宅してしまっていた。原因は同じ調査班で参加していた女子部員との別れ話だった。地元の消防団が集合する前に、女子部員が打ち明け、不明部員との連絡もついて、遭難騒ぎは収まった。部長は警察でこってりと絞られ、顧問も平謝りだった。山の所有者であり地元の有力者であるOBの山内の口利きで収めたとも聞いた。

その時も誰もが言った。こんなところで遭難する訳がない。山岳どころか、平地より少し高い程度の森でしかないのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ