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Side S  作者: 白蜘蛛
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04 サキ

コールマンのイージーリフトチェア。

自然の中で吸うタバコは格別だと思う。

しかし、その至福の時はかき乱された。

つい戻って来いと言ってしまったが・・・

端整な顔の口許が歪む。

溜息をつくとブリーチした髪が頬にかかる。

ふと思い出したようにタバコを咥えたまま両手で髪を後ろにまとめた。

今日のキャンプは後輩からの招待を受けて参加したのだ。

この場所は何度も来ているから新鮮味は無いが、何もしなくて良いというので来た。

もっとも彼らの目当ての半分は私の車ランクルにあるのだろう。学生が乗り回すような車ではないが、キャンプでは重宝する。

このランクルは兄からもらったのだ。いや、もらったというのは正確ではないかもしれない。

兄が家に戻らなくなって2年が経つ。兄は姿を消す前に私に言った。


「俺が居なくなったらこの車はやるよ。その時は大事に乗りな」

「居なくなったらって何?」

「そりゃ、色々あるだろ、海外出張とか、あての無い旅に出るとか」

「あての無い旅!なにそれ、放浪記ってやつ?笑える」

「ん~、万が一って事もあるしな。大事な車だから大事に乗ってくれる人間に譲りたいんだよ」

「あら、それはありがと。でも、車を貰うような事態はそうそう起きるとは思えないけど。海外出張メンバーは本部が優先だって話だったじゃない。それにもうすぐ結婚でしょ、あての無い旅に行っちゃ駄目じゃん」

そして、その半年後、兄は本当に居なくなってしまった。婚約者は今でも帰りを待っている。

待つのも待たせるのも、切ないものだ。


ざわめく様な不安を感じる。

ユウキ達はまだ来ない。


*-*-*-*-*-*


「宮原と阿部、戻りました」

「なにそれ、アンタ軍人?あ~、疲れた~。喉がカラカラ~」

「あなた達、山道で帰ってきた?」

「はい、言われた通りに」

「途中で変わった事はなかった?」

「え?何も無かったですけど、どうかしたんですか?」

「ユウキ君達が戻らないのよ」

「えっ!?」

「あなた達が私と携帯で話をしたのが、10分前、その10分前にユウキ君に帰ってくるように言ったわ。20分以上経ってる」

「連絡は・・・」

「したけど通じないの」

「通じない?それって圏外って事ですか?」

「ま、そうね。電源を切るって事も全員の携帯がバッテリー切れって事も考えづらいし。神代君は携帯を置いて行ったようだけど」

「ヒロくんは?」

「同じく通じないわ」

「さっきは呼び出しはしてたのに・・・」

「どうして・・・」

「分からないわ」

トモミは珍しく真剣な顔をサキに向けた。

「さっき、宮原くんがサキさんに連絡をする前なんですけど・・・私の携帯は圏外じゃないのに、誰に掛けても通じなかったの」

「それって・・・」

「はい、自宅もヘアサロンも友達も」

「私はさっき自宅に連絡したわ。ちゃんと通じるわよ」

「えぇ、山道に戻った頃から通じるようになったんです」

「私、怖い。サキさん・・・どういう事ですか」

「分からないわ。分からない事を考えるのは無駄だし、分からない事をどうにかしようとするのは危険だわ」

「俺たちどうすれば・・・?」

「一旦ここを離れます。私達にはっきりしているのは・・・」

サキは細い山道の南方面を指差して言った。

「この山道と車。それだけよ」


「2人とも貴重品だけまとめなさい。他の人の分は私が準備するから」

トモミは俯いて何かを考えるように視線だけが忙しなく動いていた。

「トモミ!」

サキに名前を呼ばれたトモミは弾けるように顔をあげた。

「心配だろうけど、急いで頼むわ」

「これを」と言って手渡されたのはスポーツドリンクだった。

「はい」トモミは震える手で受け取った。


◇*◇*◇*◇*◇


ユウキは怯えを含んだ苛立ちの声を上げた。

「もう20分以上歩いてる!どうなってるんだ?」

「分からない」

「分からないって、ヒロの次はタカシとトモミ、そして今俺たちが迷ってる!」

すすり泣くような声が聞こえた。由紀だ。

ハルナが由紀の肩を抱いてユウキを睨む。


待ち合わせの切り株からベースまで普通に歩けば10分位。

歩いて来た山道は見覚えのある景色だったし、途中で道が分かれている所も無い。

今でも北に伸びる山道を見るとこの先にベースがあるように思う。

明らかにベースに向かう山道の景色だ。

サキさんに連絡をしてから30分近くが経過しているだろう。


携帯は全く通じないらしい。

「バリ3なのに、どうなってるんだよ」

タカシの苛立ちが増す。

「ちょっと貸してくれないか」

タカシの携帯で自宅に掛けてみた。案の定通じなかった。

俺達は電波が届く場所にいる。しかしその電波が相手に通じないのだ。

他の知り合いにも掛けてみたが、通じなかった。

俺はヒップバックからスポーツドリンクを取り出して由紀に差し出した。

「飲みかけで悪いけど」

「ありがとう」

ハルナが受け取ってフタを開けると少し飲んでハルナに手渡す。

戻されたボトルをタカシに手渡すようにしてタカシに告げる。

「おい、山の外にも通じないぜ」

「なっ・・・」

俺は手で制した。

「そんな事知ったら由紀が完全にイカレちまう」

「通じないってどういう事だよ・・・」

ユウキは震える手で携帯を操作した。

「どこにも通じない・・・」


「戻ろう。待ち合わせ場所まで」

「でも、この先を見ろよ、ここに来た時にいつも通る道だ。この先にベースがある道なんだよ。この景色は間違いないんだ」

「俺もそう感じる。だからベースに着かない事を変だと思いながらも歩き続けたんだろ?」「でもベースには着かない。なぜかは分からないけどベースには着かないぜ。・・・っていうか」

俺は“ベースは無い”という言葉を飲み込んだ。

「ま、とりあえずサキさんに連絡が取れた待ち合わせの切り株まで戻ろうぜ」

連絡が取れた待ち合わせの場所に向かう事は俺たちに少し勇気を与えた。

「戻ろう。待ち合わせ場所まで」

もう一度、声を出して俺は歩き始めた。


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