03 タカシ
俺とハルナが戻ると、ユウキと由紀が居た。
ユウキは睨むような目つきで聞いた。
「居たか?」
「沢まで行ったけど居なかった。タカシは?」
「まだ戻ってないみたいだ」
「駐車場はどうだったんだ?」
「いなかったから俺と由紀だけがここにいるんだろ」
ユウキは苛立っているようだった。
少ししてユウキはちょっとバツが悪そうに言った。
「そういえばヒロの携帯は車にあったよ」
「マジかよ。しかし、何だよコレ。神隠しってやつか?」
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神隠し。人間が忽然と消える現象。
古来、神域と呼ばれ、神が宿ると伝えられる場所があった。
神域とは人間の現世以外の全て、つまり死後や前世の世界であり、それら縦方向のつながりとは別の世界をも指している。
古来より、それらの世界との境界にあたる場所には、誤って入り込まないよう禁足地として結界を張っていた。それは人間の立ち入りを禁じるだけでなく、禍いをもたらす神霊が現実世界に行き来できないように封じてもいたのだ。
また、神隠しは天狗や妖怪の類の仕業だとする言い伝えも多く残っている。
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携帯を見つめていたハルナが顔を上げた。
「タカシくん達、遅すぎるんじゃない?」
「あぁ、でも携帯出ないし」
答えたユウキの携帯が突然鳴った。
『遅い!何をしてるの?』
「あ、サキさん、ヒロを探してるんですど、車を停めた空き地にも西の沢にもいませんでした。そういえばヒロの携帯は車のドリンクホルダーに置いてありました。出ないはずですよ」
『山根君以外は全員揃ってる?』
「あと、東の杉林を探してるタカシ達がまだ戻りません」
『携帯は?』
「はい、タカシもトモミも出ません」
『・・・戻ってきなさい』
「でも、タカシたちが・・・」
『戻ってきなさい!すぐに!』
「え、はい・・・」
『タカシ君は何度もここに来てるから大丈夫、戻りながら探そうなんて思わないで。4人揃って道から外れずに戻ってきなさい』
「あの・・・」
『わかった!?』
「はい、分かりました」
携帯を切ったユウキは何か言おうとしたが、俺が手で制した。
「あの大声だ、よく聞こえたよ」
あの冷静なサキさんが大声を出すなんて・・・。あまりない事だ。
「どうなってるんだ?・・・何なんだよ一体」
「とにかく戻ろうぜ」
「あの、私、あの・・・」由紀の声は小さく震えていた。
「ちょっと待ってくれ!考えがまとまらないじゃないか!」
「でも・・・」由紀の泣きそうな声。
ハルナが由紀の状況を察した。
「ちょっと先に行っててよ、後から行くから」
「なに言ってるんだよ、分かってないのか?この状況が!」
「分かってないのはお前だよ」
俺はユウキの背中を押して、振り返った。
「じゃ、道が曲がった先で待ってるから」
「ごめんね、ありがと」
ハルナが言い、由紀は顔を赤くして俯いていた。
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俺とユウキは悲鳴を聞いた。由紀とハルナだ。
急いで戻ると、山道を右側にそれた先から声が聞こえる。
ここは山道から路肩が80cmくらい高くなっている場所だ。
俺もユウキも躊躇無く路肩に上った。
次の瞬間、俺は体が投げ出されるような感覚と布を引き裂くような音に包まれた。
「痛ぇ・・・」
見回すとユウキも見事に転んでいる。
高くなっているのは路肩だけで、その先は大きく窪んでいた。俺たちは駆け上がった瞬間にくぼみに落ちたのだ。
その先にはハルナと由紀が座り込んでいる。
「無事か!?」
「大丈夫、戻る時に後ろに転んじゃって」
「いい加減にしてくれよ、全く・・・」
ユウキはブツブツいいながらも路肩に上って手を伸ばした。ハルナ、由紀の順に手を取る。
「誰も怪我はないよな?急ごう」
「ちょっと待ってくれ。ここに軍手を置いておこう。テントの方を指差すようにして」
俺は軍手の人差し指以外を折りたたんで切り株に置いた。
軍手の人差し指は山道を北に進んだ場所にあるキャンプ地を指している。
この時、小さな違和感が俺の頭をかすめた。・・・何だろう。
俺の意識をそこから引き剥がすようにユウキの声が聞こえた。
「急ごう」
誰も答えなかったが、全員が頷いた。
俺たちは山道を北へ急ぐ。
◇*◇*◇*◇*◇*◇
タカシは携帯のディスプレイを見ながらつぶやいた。
「誰も出ないな」
「冗談でしょ、私達だけ取り残されたっていうの?」
「取り残されたも何も戻ってみれば分かるよ。いざとなったらテントに戻ればいいし」
「もう~、散々だわ~。あ、わたし連絡しなくちゃ」
歩くタカシの背中でトモミの怪訝そうな声。
「あれぇ、JUJUが出ないわ」
「ジュジュ?なんだそれ」
「ヘアサロン。予約を変更しようと思って・・・やっぱり出ないわ。もう」
金髪に近いミディアムの髪を見ながらタカシは心で呟いた。暢気なもんだな。
「サチもトモも出ない。どうなってるの?」
「どうしたんだ?」
「何人かに掛けたんだけど誰も出ないのよ、おかしくない?サロンも・・・」
「そうでもないだろ」
「おかしいよ、ユウキ達にもこの山の外にも誰にも通じないじゃない!」
「落ち着けよ、そんな時もあるだろ」
「そんな事ない!!」
トモミはそれから色々なところに連絡をしまくったが、やはり誰も出なかった。
もはやトモミはパニック寸前だ。
木々の間から山道が見えた。
「あ、もしもし!私!さっきからずっと掛けてたのに!どうして出ないの!?・・・え、そう?ううん、何でもない。私、今日から“調査班”なの。今、移動中だから夜に連絡するわ」
「通じたのか?」
「うん、友達。ちょっと待って・・・」
その後、サロン、自宅、他の友人、連絡は全て通じたようだ。
「なんだろう。電波のせいかな?」「でも、いいわ、通じたから。ちょっと心配しちゃったわよ」
「ちょっとじゃなかったように見えたけどな」
そうこう話している間に待ち合わせ場所に戻った。
「何よ、誰もいないじゃないの!」
「まだ戻ってないのか?サキさんに連絡してみよう」
「・・・あ、もしもし、宮原です。え、えぇ阿部さんも一緒です。・・・・え、何だ、そうでしたか、分かりました。すぐに戻ります。・・・えっ?はい、えぇ、分かりました」
「どうだって?」
「ヒロは見つかってないけど、4人は10分位前にここからベースに向かったってさ」
「やっぱり置いてきぼりじゃない、もう」
「いや、サキさんが戻るように言ったらしい。俺たちも急いで戻れってさ。あと、道から外れるなって」
「え?なにそれ?」
「寄り道するなって事かな?」
「分かったわ。早く戻りましょうよ」
2人が慌しく歩き出した後に残された切り株にはユウキが置いた石が木漏れ日に鈍く光っていた。