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Side S  作者: 白蜘蛛
20/20

20 ザック

ヒロのトレッキングパンツとワークシャツを着た赤い奴は背負ったザックを指差して言った。

『ここにいる。残った分がここにいる』

「くッ!」

「う、うはぅぁっ!」

ユウキが吐いた。

俺はギリギリのところで理性を保っていた。

「この野郎、お前は何だ?」

『何だ?』

「何者なんだよ!てめぇは!」

『・・・ヒロ』

なぜだろう。表情も口調も何も変わらないのに、笑っているように見えた。

赤い奴はまたハルナに近づいてシャツを引っ張り始めた。

「この、殺してやる」

ザックを下ろして片手に持った。振り回してやろうと思ったのだ。

振り回す素振りを見せて近づいても赤い奴は動かなかった。

ハルナのシャツは腕の部分を裏返しながら奴の手に渡った。

『もういい。あとはいらない』

「ふざけんな!!」

俺は焚き火のために集めてあった薪を拾って構えた。

その時、山道の方から小石が飛んできて赤い奴の近くに落ちた。

赤い奴が視線を向けた先には由紀がいた。

赤い奴の意識が逸れた隙に俺は飛び込んで薪を振った。

腕で薪を防いだ赤い奴は俺の肩を掴んだ。

体格は俺と変わらないくらいなのに、その手を通じて重い腕力を感じる。

振り払った勢いで体勢を崩した俺は腕を掴まれた。

指が俺の腕に食い込む。

「ぐぁっ、は、離せ!」

信じられない力で腕を引かれる。あっという間に俺を押さえつけて馬乗りになった奴は、俺の喉を掴んだ。その腕を両手で掴んで引き離そうとするが、びくともしない。

奴の肌の感触は子供の頃に触った事がある死んだサメに似ていた。

海岸に打ち上げられたサメの皮膚は乾燥してザラザラしていながら弾力があった。


苦しさと痛みの中、奴の顔が徐々に迫る。

真っ黒な目は近くで見ても、黒い眼球なのか穴なのか分からなかった。

『んあぁー』

奴が大きく口を開いた。

腔内が見えたが、人間のものと変わらなかった。

ただ、耐えられない臭いがした。

その腐敗臭ともヘドロ臭といえる臭いが俺に近づいてくる。

「くそぉッ!」


その時、耳元で風を切るような音を聞いた。

その直後、鈍い音がして赤い奴の顔が消えた。

赤い奴の身体は転がって俺から離れた。また鈍い音がする。

ユウキが狂ったように薪を打ちつけている。


赤い奴に薪を打ち付けるユウキは泣いていた。

袖は自分の吐瀉物で汚れている。

「このッ、このッ、このぉぁッッ!!」

「返せッ、返せよ!ヒロをよぉッ!!」

「死ね!死ね!死ねよ!お前はぁッ!!」

ユウキは自分が何を言っているのかすら分かっていないだろう。

赤い奴は両腕で頭を抱えるようにしてユウキが振る薪を避けていたが、隙を見て素早く立ち上がった。

怯んだユウキに向かおうとする奴の背中に、俺が力を込めて薪を振る。

前後を俺たちに挟まれた赤い奴は左右に俺たちを見るようにして後退するや、「これはもういらない」と言ってザックを投げ出した。


リュックは何か重いものが入っているように、ドサッという音を立てた。

「ひっ!」

ユウキが思わず声をあげた。

赤い奴はそれでもハルナのストレッチシャツだけは手放さなかった。

じりじりと後退していったが、不意に後ろを向くや走り去った。

走り去った先は北の谷の方角だ。


「ハルナ!ハルナ!」

由紀がハルナの身体を揺すっている。

俺たちも薪を放り出して走り寄った。

ハルナの顔は口許から流れた血と砂埃で汚れていた。

痛みを耐える顔は何かを思い出そうとしている表情に似ていた。

3人が見つめる中、ハルナが薄く目を開けた。

「よ、よかった」

ユウキと俺は思わず地面にしゃがみ込んでしまった。

何が何だか分からないが、ハルナが無事だった事に安堵した。

由紀がペットボトルの水で濡らしたタオルでハルナの顔を拭くと、痛いように顔をしかめた。

「あ、ごめんね」

由紀の言葉に小さく顔を振って応える。

由紀の膝に抱かれたまま少し水を飲むと深い息をついた。

「ち、ちょっとだけ、・・・このままで、少し・・・待って」


「痛つつ・・・」

ハルナは顔をしかめつつ身を起こした。

「無理するなよ」

顔を下に向けたまま手を小さくあげて応えるハルナは、痛みが落ち着くのを待った。


「大丈夫。本当に大丈夫だから」

「良かった」

「ハルナはもうしばらく休むといい。シートを敷くから横になってくれ」

焚き火の近くにユウキが落ち葉を集めたベットがある。

落ち葉は半分朽ちているので誰も使わなかったが、シートを敷けば横になれるだろう。土の地面とはいえ、やはり寝るには硬い。

ユウキは素早く落ち葉のベットの上にシーツを広げると、俺と2人でハルナを左右から支えた。

「大丈夫よ、歩けるから・・・」

そう言ってハルナはよろけた。

「ほら、無理しちゃ駄目だ」

「ユウキくん、声が大きいよ。ハルナは頭が痛いのに」

「あ、ごめん・・・」

ハルナはその様子を見て小さく笑った。


しかし、続くハルナの一言が俺とユウキに直面している絶望と困難を思い出させた。

「ヒロくん・・・は?」


俺とユウキが怯えた視線を向けた先には汚れたザックがあった。

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