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Side S  作者: 白蜘蛛
19/20

19 赤

禎助はユウキ達のように消えたのだろうか。

サキも僅かながら体験した恐怖に身を包まれたのだろうか。

何を体験したのだろうか。


俺は東に向かったんだ。

夜を過ごした沢から出発して山道を横切った時、山道にはたくさんの足跡が残ったままだった。

俺はもう恐ろしさに心臓を掴まれちまってて、足跡を見るのも怖かった。

山道の南と北に何度も目をやった。誰か来たらどうしようって。

不思議だよな。道に迷ってる身で人に遭いたくないってのはさ。

でも、ここで出会うのは人間じゃないって思っちまったんだ。それが人の姿をしていようと・・・。

ともかく俺は山道を“そっと”越えて杉の林を降っていった。

杉林を抜ければ小さな谷に出て視界が開ける。そこから先は左右の峰を避けるようにすれば登りもなく里に出ることができる。


ここで禎助は小さく笑った。その笑いは嗜虐を感じさせた。


杉林を抜けて驚いた。目の前は赤い色した荒地だったんだ。

あんな景色見たこと無ぇ。まるでどこかの土地を切って繋げたようだった。

そして気づいたんだ。地形は同じって事に。山の峰とか谷とか形は同じなんだよ。


サキは焦りを予感した。ユウキ達は東へ向かったはずだ。禎助の話は途中だが、東から脱出は出来ないというのだろう。禎助の嗜虐的な笑みがそれを物語っている。

この老人、サキがなぜここに来たのかを理解している。しかも、サキの苦悩を楽しんでいた。


◇*◇*◇*◇*◇


禎助の眼前に広がる土地は峰も砂と岩ばかりで草がまばらに生えているだけだ。

太陽の強い日差しはむしろこの荒野が似合うとさえ思えた。

振り返ると杉林は薄暗く何かが棲む場所のようだった。

禎助は躊躇したものの、荒野に足を踏み入れた。地形が同じという事実が峰の先には自分が帰るべき場所があるのではないかと思わせたのだ。

左右の峰を避け、最後の峰を回りこんだ先には何も無かった。禎助は両膝を着くように座り込んだ。掴んだ砂は粒が大きく、赤みを帯びていた。


「何だってんだよ、こりゃあ・・・山火事でもあったってのか」

そんな事が無い事は十分に承知している。しかし脳細胞は意思とは別に現実と記憶を結び付けようと努力する。その結果がどんなあり得ない事であろうと。

人間の脳は身体だけでなくその精神のダメージも抑えようと働くものなのだ。

しばらく呆けた様に佇んでいた禎助は右側の峰を登り始めた。

「峰に登れば見えるはずだ。炭焼き小屋の先にあった川も」

太腿は悲鳴をあげ、膝が震える。

やっと登りきった禎助の眼に映ったのは赤い大地がどこまでも続く世界だった。

「か、川も無ぇ・・・」


のろのろと森に引き返した。

喉が渇いていて、どうにもならなかったのだ。

それでも森の手前では躊躇した。

しかし、渇きに背中を押されてやっと森へ入った。とにかく沢に行かなければ水はない。

杉林の斜面を登る。北の谷で削られた体力は空腹と乾きによって更に低下していた。

山道に差し掛かった頃にはもう水の事しか考えられなくなっていた。

極限に近づくと危険を回避するよりも危険を無いものとする思考に変化する。

つまり“かもしれない”に構ってはいられない状況という事だ。

それでなければ気付いたはずだ。

禎助を見つめる視線に。


沢に着いた禎助は喉を鳴らして水を飲んだ。直接口をつけて貪るように飲む。

そして禎助は嘔吐していた。

空腹のところへ急激に大量の水が入って体が受け付けなかったのだ。

しかし止まらない。また水を飲んでは吐いた。

いくら吐いても水しか出ない。

禎助は泣いた。膝を着き、両手は沢の砂を掴んでいた。

口からは粘つく滴が糸を引いて落ちた。


と、その時、後頭部に衝撃が走り、顔は水の中に押し込まれた。

何かが後頭部を押さえつけている。息が出来ない。

手足をばたばたと動かしてもがいた。

手が何かに触れた。掴むと人の脚のようだ。

しかし、そこで意識は途切れた。


◇*◇*◇*◇*◇


目を覚ますと俺の服が揺れているのが見えた。

どうやら俺はふんどし一つで気を失っていたらしい。

ぼんやりしたまま揺れる服を見ていた。

そして気付いた。服は揺れてるんじゃなくて振られていたのだ。


赤鬼だ・・・

咄嗟に思った。確かに赤鬼と思っても不思議ではない。むしろ的確な表現かもしれない。

赤い顔というか腕も身体も赤い人間が俺の服を干す前の洗濯物のように振っている。

奴の赤さはまるで酷い日焼けのような色だった。


赤い顔がこちらを見た。

どこを見ているのか分からない真っ黒な眼球。その黒い目はまるでただ穴が開いているような印象だった。

表情も全く見えない。昆虫に表情が無いように。

恐怖が全身を満たした。決して理解しあえない相手に対する恐怖だ。

身体は水に浸かっていたせいか冷え切っていて動かない。僅かに身をよじるだけだ。

「お前はいらない。服はいる」赤鬼は服を羽織った。

そして何の感情も無く「お前がいる時は取りに来る」と言うと山道の方角へ去っていった。


「俺はな、裸に剥かれて放り出されちまったのさ」


サキは焦りが表情に出さないように努めた。

大丈夫だ。東のルートがダメであろうと、禎助は戻ってこられたではないか。

その答えを禎助は語るだろうか。話の途中でボケ老人に戻られては困る。

そんなサキを見る禎助の顔には厭な笑いを浮かんでいる。


◇*◇*◇*◇*◇


俺とユウキは走った。

ハルナと由紀が居る焚き火の場所を目指して。


それは木々の間から見えた。

「何だ!?」

デニムのワークシャツとオレンジ色のザックは間違いなくヒロのものだった。

膝をついて少し前かがみになった背中を見せていた。

ヒロか!?

近づくにつれ何かにのしかかっているのが見えた。下敷きになっているライトグリーンのトレッキングパンツはハルナのものだった。

2人が近づく物音に気付いたワークシャツが振り返った。

俺たちは息を呑んだ。

赤い肌に黒い眼球。振り返った顔に表情はない。

手はハルナのストレッチシャツを剥ぎ取ろうとしていた。

驚いた様子は全く感じられなかった。

ただ、二人を警戒するように顔を向けたまま立ち上がるや、山道の方へ数歩下がってハルナから離れた。

『じゃまするな』

その声は表情と同じく全く感情がなかった。

10mほどだろうか。俺たちは動けなかった。


ふとハルナの唇から一筋の血が見えた。

感情が爆発したユウキが喚くように言った。

「ヒロはどうした?ヒロをどうした!!」

『ヒロ・・・』

「お前が着ているシャツどうしたんだよ!パンツもザックも!」

『シャツ・・・パンツ・・・』

「そのシャツはヒロのだ、ヒロはどうした!」

『いる』

「いる・・・?」

『ここにいる』

「ふざけるな!どこにいるんだ!」


ハルナが気を失ったままで良かった。


『ここにいる』

赤い奴は背中のザックを指差した。

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