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Side S  作者: 白蜘蛛
17/20

17 医療センター

ハルナは右後方から視線を感じた。

ユウキ達が帰ってきたのかと思った。物音がしない事を不思議に思いつつ振り返ったが誰もいない。

「あれ?ユウキ君達が帰ってきたと思ったのに」

「どうしたの?」

「何でもないの、ちょっと視線というか人の気配を感じたんだけど・・・。そろそろ戻ってもいい時間だしね」

由紀は黙って目を伏せてたが「薪を拾ってくる」言うなり立ち上がった。

「え?1人で?」

「うん」

「でも、あの場所にはもう薪になりそうな枝は無いよ」

ハルナが言う“あの場所”とは、由紀の悲鳴を聞いたユウキとコースケが助けに行こうとして落ちた場所だ。最初の夜、拾いに行ってから薪の補給地になっていたが、既に薪になりそうな枝は無かった。

「大丈夫よ、杉林に行けば」

「ちょっと遠くない?私も行くよ」

「ううん、大丈夫。焚き火を見てる人が必要だし、ユウキ君達がもし帰って来たら、誰もいないのはまずいでしょ」

“もし?”ハルナは由紀の言葉、何気ない一言が気になりつつも笑顔で答えた。

「ん、わかった。無理しないでね」

「うん。私も少しは役に立たないとね」

立ち上がった由紀はラフマのハイキングパンツを叩くようにして土を払うと「じゃ、行ってくるね」と歩き出した。

由紀の姿はすぐに見えなくなった。

さっき感じた違和感は何だろう。

“もし”って何?

ユウキ君達が“もし帰ってきたら”って、どういう事?帰ってこないかもって思ってるの?

普通なら、“ユウキ君達が帰ってきた時、もし誰もいなかったら”とか“もしユウキ君達が帰ってきた時に誰もいなかったら”でしょ。

何気ない言葉の不確かさなのに、なぜだろう、こんなに気になるなんて。


急に心細さというか不安がハルナの身体を浸し始めた。

その時、また右後方に気配を感じた。

振り向こうとして頭に衝撃を受けた。

倒れた体を起こそうとした腕が震える。立ち上がれなかった。

無意識に山道へ向かって這った。

近づく足音。

足音が追い越してすぐ目の前で止まった。

モントレイルのトレッキングシューズとモンベルのトレッキングパンツは間違いなくヒロのものだったが、不自然なほど泥で汚れていた。

顔をしかめながら視線を上げていくとデニムのワークシャツにカーキ色のザック・・・

次の瞬間、再び衝撃を受けて視界が暗くなった。


◇*◇*◇*◇*◇


キャンプに参加していた8名の学生は、この標高650m、この地域の主要幹線道路から直線距離でわずか7kmの場所で“遭難”した。

車両を駐車した場所から約800m、テントを設営した場所からもほぼ同じ距離だ。

この事件の最も重要な場所として“待ち合わせの切り株”がある。

今ではその周囲は多くの人間が入った事によりだいぶ荒れていた。

山道脇の斜面は崩れているし、周囲の草は踏まれて枯れ、ゴミが散乱している。


この事件は大量失踪事件と認識されている。

突然5名の学生がサークル活動中に失踪した。この件に係る一切が不明だ。

失踪後2日間は連絡が取れていた事、OBであり大地主である山内の死、色々な憶測が飛んだが、いくら調べても失踪という事実しか出てこない。

報道された内容を簡単にまとめると次の通りだ。

7月25日 新宮沙紀・新庄悠貴・宮原貴・山根浩之・島崎春奈・阿部知美・神代康介・篠原由紀の8名は乗用車2台に分乗し、バイパスから林道を経由して山道入り口の駐車場に至る。

同日8:30 山道入口に到着。乗用車2台を駐車し、山道を北へ移動。

同日9:30 林道から約1.5kmほど北、山道沿いの空き地にテントを設営。

同日10:30 更に資材を運搬するため、新宮以外の7名は山道を利用して車両を駐車した林道駐車場へ向かう。

同日10:40 山根浩之の所在不明。メンバー6名が周囲を捜索。

同日11:10 宮原貴・阿部知美がメンバー4名との連絡が取れなくなる。

同日11:10 新庄悠貴より新宮沙紀に連絡が入り、本人および島崎春奈・神代康介・篠原由紀の所在を確認。新宮沙紀がベースへの帰還を指示。

同日11:20 宮原貴より新宮沙紀に連絡が入り、新庄悠貴以下4名との連絡が途絶えたとの報告。新宮沙紀より新庄悠貴以下4名の所在確認とベースへ帰還を指示した旨を伝え、宮原貴ら2名もベースへ帰還するよう指示。

同日11:30 宮原・安部が新宮沙紀と合流。新庄ら4名の所在不明。

同日11:40 新宮ら3名、ベースを出発。

同日11:50 新庄より新宮へ連絡が入る。所在を確認。合流場所を林道駐車場とする。

同日14:00 新宮ら3名、林道駐車場に到着。

同日14:05 新宮より顧問の水島及びOBの山内へ連絡。

同日15:00 新宮・宮原・阿部の3名は新宮が所有する車両で移動開始。

※ここで時間のずれを認識。車載時計より新宮は約1時間、宮原と阿部は更に1時間、所持する時計が遅れていた事を確認。

同日15:50 新宮ら3名が山内ら6名と合流。山根及び新庄ら4名の捜索を決定。

同日16:30 ベース北の谷から捜索開始。

同日17:00 山道入口から捜索を開始。

同日18:25 新庄らへの連絡に成功。ベースおよび林道への移動が困難になっているとの報告を受ける。

※新庄からの報告では現在地は新宮らの現在地と同じ場所であった。

同日18:45 新宮、新庄へ明日の捜索を約し現地を離れる。

同日20:30 新宮ら3名、山内の自宅へ。

同日23:00 山内と佐々木が乗用車にて外出。

7月26日 5:10 山内帰宅直後に死亡。

同日 6:00 水島、山内家に到着。

同日 6:55 新宮、山道へ向けて出発。

同日 8:10 新宮、山道入口で軽車両を発見。

同日 8:30 新宮、新庄らへの連絡に成功。4名の無事を確認するも、それ以降の連絡は失敗。新宮が阿部との通信の後、音信不通となる。

同日 一帯の捜索が行われるが発見できず。

同日 14:00 佐々木が出頭。

7月27日 5:25 新宮、新庄らへの通信に成功。4名の無事を確認するも、それ以降の通信は失敗。

同日 昨日に引き続き捜索が行われるが発見できず。

同日 12:20 新宮が発見される。

同日 行方不明者の家族が現地入り。


失踪者はベースおよび林道への移動が出来ないという内容で一貫している。

しかし、林道からベースまでは1.5km、時間にして約20分でしかない。それらをつなぐ山道は一本道であり、しかも何度も調査で訪れている場所だ。万が一にも遭難など在りえない。可能性としては怪我や体調不良による移動困難だが、そのような状態でない事は通信に成功した新宮によって確認されている。

ありえるだろうか?

誰もが思った。“ありえない”

ありえない事が起きるのはなぜだ?

勿論、報告に誤りがあるからだ。

誤りの原因は誰かの嘘だ。

それは新庄・新宮・山根の携帯を使用した者の虚偽報告という事になり、新宮の報告からすれば、それは新宮か新庄という事になるだろう。

警察犬も林道とベースを結ぶ山道と、山根を捜索したとされる杉林や沢までの経路、それ以外では全く反応しなかった。

猟奇的またはSF的に説明する記事も見られたが、勿論支持を得るものではなかった。

そして、次第に事件に対する関心は薄らいでいくのだろう。

原因不明という言葉は関心を呼ぶが、自ら考える事をしないメディアは垂れ流す情報がなくなり、メディアの情報を妄信するだけの人々は新たな情報しげきがなければ飽きる。

所詮、ニュースは娯楽でしかない。

他人の苦痛は単なる情報しげきでしかないのだ。


◇*◇*◇*◇*◇


新宮沙紀は捜査本部長丸山の聴取を受けた後に向かったのは、山内が経営するショッピングセンターから程近い場所にある総合病院だった。


その病院は2年前に開院した地域医療の中核的な総合医療センターだ。

地域医療機関の連携を行うには機能の集約化と役割分担が必要である。

高いレベルの設備とスタッフを揃えた医療施設は患者のフリーアクセスを制限、診療所からの紹介のみを受け付け、軽症患者は診療所への逆紹介も行う。

利用者は充実した設備とスタッフを望むのが常であり、総合病院での診察を望む人々からは不満の声もあがったが毅然と対応した。

それは利益と相反する部分も多く伴うが、この医療センター関係者の意志は固い。

医療と経営の分離に成功した医療センターは、地域の基幹病院として機能しつつあった。

そして、ここにも山内が関与していたのだ。病院が経営と執行を分離したガバナンスの構築に成功した理由と、山内禎助がこの病院に入院している理由がそれだ。


「話は伺っています」

40歳半ばだと思われる男は落ち着いた口調で言った。

「孝次さんから連絡があったのは、亡くなった前日の23時を回った頃でした。禎助さんのところに若い女性が来るかもしれない。重要な用件なので力になって欲しいと頼まれました」

自分の子供とそう変わらない若者に対しても丁重な姿勢は崩さないこの男は医療センターの医師だ。

サキは山内が連絡を入れていた事を自然に受け入れる事ができた。山内が生きていたら朝から捜索を開始して午前中には病院に来ていたかもしれない。4日遅れた事になる。

もし禎助から重要な情報が得られるとしたら致命的ともいえる遅れだ。

しかし、現在において過去の判断を論ずるのは全く意味をなさない。対処思考とは常に現在と未来にあるのだ。

「ニュース等でご存知かと思いますが、数日前にサークル活動のキャンプ中に5人が失踪しました・・・」

大久保と名乗った中年の医師は申し訳なさそうに手の平を向けた。

「・・・?」

「新宮・・・沙紀さんですね。新庄さん、山根さん、島崎さん、神代さん、篠原さん、この5名の消息が不明で、内山禎助さんから“うつしの地”について、話を聞きたいという事ですね」

「あなたは・・・」

「私は山内さんに世話になった者です。出来る限りのお力添えを約束しましょう。しかし、禎助さんは会話も困難な状態です。どれだけの情報が得られるかは分かりません」


東棟の端にある個室に山内禎助はいた。

その老人は夢でも見るような目を窓の外へ向けていた。それは景色に視線を向けながら空も雲も山も見ていない目だった。

「この通りで・・・」

大久保の説明も待たず、サキは禎助のベッドの横へパイプ椅子を置いて座った。

じっと禎助の顔を見つめる。

禎助は気づかないのか、窓の外に視線を向けたままだ。

じっと様子をみていた大久保も少し離れた場所で椅子に腰を下ろした。

どれくらいの時間が経っただろう。

不意に禎助がサキの顔を見た。

「誰だ。お前は」

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