15 蟹
俺たちが森の中で迷ってから1回目の朝、俺たちは完全におかしくなっていた。
チームとしては崩壊していたし、由紀は体力的にも精神的にも限界だった。
しかし、サキさんからの連絡と佐々木という知人との会話で由紀は落ち着きを取り戻し、ユウキも混乱から立ち直っていた。
「警察が捜索を開始するようだ。経緯は分らないけど、この一帯を捜索するだろう。もしそれでも発見されなかったら・・・」
ユウキが詰まった言葉をハルナが継いだ。
「大丈夫だよ。異常だっていうのは昨日のやりとりで分ってるし。ユウキが頑張ってくれてるのもみんな分ってるから。今度は私達が頑張るよ」
「うん、ありがとう」
俺はできるだけ明るい声で言った。
「ハルナ、それじゃ、早速水を汲みに行こうか」
「うわっ、イキナリ~?」
「ま、頑張ろうぜ。それよか、水を汲むものって無いかな。500のペット2本じゃどうしようもないよ」
「そうだな、器といえばコッヘルが2個。ま、地面を掘って泥だらけだけどな。これは洗えばいいけど、これに入れて持ち運びなんて無理だろ」
「そんなところにじゃじゃーん!・・・ビニール袋~」
「お、ナイス。でかした」
「何がでかしたよ、アンタいつの人よ」
「ドラえもんっぽく“ビニール袋~”っとか言ってる女に指摘されたくねぇなぁ」
ひとしきり笑いが起きた。やっぱりただ待ってるだけってのは良くない。
「次は由紀にも行ってもらうけど、大丈夫か?」
「大丈夫。ごめんね心配かけて」
「気にすんな、無理な時にはユウキが何とかする」
「コースケ、お前、そういう時は自分が何とかするって言うモンだろ」
「ははは、じゃ、行ってくる」
俺とハルナは沢に向かった。ほんの10分程度だ。しかし森の中が涼しいのは助かる。
沢に下りてみて違和感。というかいつもと違った昨日とまた違っていつもと同じような感じを受ける。
ハルナも昨日のような孤立感を感じないという。
ま、水を汲もう。まず持ってきたコッヘルを洗った。川の砂をつけて洗うとピカピカになった。
ビニール袋はごみ袋の45ℓサイズが2枚だ。水を入れて漏れを確認すると大丈夫そうだ。
とりあえず俺のザックに入れてから水を汲んだ。
コッヘルだと何回も汲まなければならないから大変だ。
「ま、また来るからとりあえず運んで様子を見る事にしよう」
「そうね、でも川の水量が減ってるから汲みづらいよね」
「じゃ、これ持っててくれ」
俺はザックをハルナに預けると、大き目の石をどかしてそのしたの小さな石や砂をかき上げた。
たちまち水は濁った。
「ここの水深を深くしておこう。次来る時には濁りも収まってるだろう」
その時、俺の視界で何かが動いた。
カニだ。
昨日は全く居なかったのに。
良く見るとわらわらと歩くカニが何匹も目についた。
あ、これ食えねぇかな?
石をひっくり返すといくらでも居る。
おれはインナーに着ていたシャツを脱いで胴の部分を縛った。首の穴からヒョイヒョイとサワガニを入れていく。
ハルナも気づいたようだ。
「大丈夫かなぁ」
「俺にはご馳走に見えるよ」
「調理は?」
「コッヘルで煮るか、焼くしかないだろうな。殻があるから焼いた方が食べやすいだろうけど」
茶色っぽいのやら薄青いのやら大きめのサワガニを20匹ほど捕まえてハルナに渡す。
俺はザックを背負った。
「いこうぜ」
俺の声は少し弾んでいた。
切り株のところへ戻った。
ザックを見ると水はこぼれていない。十分に耐えられるようだ。しかし重い。
ユウキは水の入ったザックを背負った。
「確かに重いな。転んで溢したら困るし、1人1日1.5ℓとして3日分で・・・18ℓか。よし、俺とコースケで10ℓづつ運ぶ事にしよう。あとはタオルを濡らしておけば少しはマシってくらいだな」
「それにしても、後は食料か・・・」
「それなんだけどね、これ・・・」
ハルナが俺のシャツを手渡す。
「おぉっ、サワガニかぁ、いいじゃん!」
「とりあえず食ってみようぜ」
「クッキーもあと1枚づつしかないし、何でも食べないとな」
早速ユウキが火を起こす。ハルナが川から拳ぐらいの石を何個か拾って来ていた。
山道の脇にあった石も拾ってきて、火の回りに並べる。
「サワガニは寄生虫を持ってるから完全に火を通さなきゃダメだ」
「油で揚げれば結構な料理なんだけどなぁ」
ユウキはまずコッヘルで4匹煮た。水から煮ないと足がもげてしまうらしい。
カニは当然逃げ出そうとするので、みんなが枝でカニを抑えている。
多分傍から見たら滑稽な光景になっているだろう。
コッヘルの水はすぐに沸騰し、サワガニは動かなくなった。
水を足しながらしばらく煮ると水が白っぽく濁った。
「よし、いいだろう」
ユウキがコッヘルを地面に置いて、枝で作った箸で1匹を摘む。
「ま、獲ったコースケに権利があるよな」
「毒見させようってんだろ。ま、いいけどよ」
タオルの上において冷ましてから足を捥いで口に入れる。
大きなカニほどじゃないがやはり殻は硬い。
硬いと言うより噛み切れないという感じだ。
「食いづらそうだな」
足とハサミの先が痛い。面倒なので胴体を丸ごと口に放り込む。
バリバリ噛んでエキスを吸った後、殻は吐き出した。
「ん~・・・食える。っていうか、うまいかも」
「あ、ほんとだ。カニの味がする・・・少し臭うけど」
「ま、カニだからな」
「しかし、殻がもったいないな。結構肉もついてるし」
茹でただけでは殻に弾力があって噛み切れないのだ。
「じゃ、焼いてみるか」
という事で茹でた後に焼いてみた。焼く前に茹でるのは動かなくする為だ。
「ん~、やっぱ、殻が口に残るな~。よし、更にチャレンジ」
俺たちはサワガニをどうやって食べるかという事に熱中した。
「やっぱり、じっくり焼かなきゃダメだよ。殻がパリパリになるくらいに」
ハルナはカニを火が直接当らない場所において放置した。
俺はもう一度カニを取りに沢に行く事にした。
少しは腹の足しになる。それに時間はあるし、何かしてるってのはこの状況でありがたい。
調理は女子がやるって事でユウキと2人で向かう事にした。
「うあっ、俺のシャツが穴だらけに!」
カニに小さな穴を無数に開けられている。これはたまらん。
数も取りたいので、ザックを空にして使う事にした。
「コースケ、カニの件、ありがとうな」
「え、なんで?」
「カニが無かったら、耐えられなかったと思う」
「そうだな、いま俺たちはギリギリのところにいるんだろう」
「特に由紀はヤバいだろう。それにしても佐々木って誰なんだろう?」
「知らん。お母さんがとかって言ってたよな」
「しかし、警察の捜索って聞いても一瞬だったな」
「“やった!”って気持ちがだろ?」
「そう、諦めが入ってんだろうと思う。心の奥では」
「でも、どちらにせよ明日は俺たちが自ら動かなけりゃならない。諦めがなければ動けないよ。・・・だから、それはそれでいいんじゃないか?」
そうだ。選択と時間が無い時、力は行動に向かう。
でも、ヒーローかアウトローのつもりでも無けりゃ、泣いちまうかもな。