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Side S  作者: 白蜘蛛
14/20

14 丸山

捜査本部が立ち上がった。

略取誘拐かつ人数的に重要性が高いと判断されたのだ。

主管部長の丸山は拝むように合わせた手を口に当てて考えていた。

これは丸山が思案する時のクセで、特に困難な捜査や精神的に疲れるくる事件は瞑目して考え込む事も多い。

目をつぶって考える様子から“拝みの丸山”と呼ばれている。

「まさか、連合赤軍のような事にはならんだろうな・・・」

丸山が言うのは、浅間山荘事件で有名な連合赤軍が山岳ベース事件で行ったリンチ殺人の事だ。

既に新宮達3名に対する情報を集めるよう指示を出し、それとは別に捜査員を2人づつ張り付かせている。近く事情を聞く事になるだろう。


丸山は珍しく自分がナイーブになっている事に気づいた。

以前に誤解を受けたので口にはしなくなったが、しっかり調べればどんな凶悪な事件であろうと犯行心理は理解できる。つまり犯行者の気持ちは分る。

丸山は多くの犯罪捜査資料に目を通している。それは業務の合間にコツコツと行ってきた。

日本のみならず、アメリカ・ヨーロッパの犯罪に関心を向けた時期もあった。

大量殺人、快楽殺人、児童による殺人、それらに直面すると多くの人間は言う。

“信じられない” “あり得ない” と。

その反面、事件内容には異常に強い関心を持つ。どうして犯罪が起きたのかではなく、どうやって殺したのかだ。

殺した方法は?何を使って?遺体の状態は?血は?家族はどう思った?犯罪者はどうなった?

だからそれを隠すように言うのだ。“こんな事件はあり得ない” “犯罪者の心理が理解できない” “こんな事をするなんで信じられない” と。

そう言って、どす黒い自分の好奇心を隠して、犯罪や犯罪者を“否定だけ”したいのだ。


凄惨な事件に直面した人間は言いたいのだ“私は違う”と。

私は犯罪者とは違う。犯罪者と意識を沿わせたくない。いや、ほんの少しでも犯罪者を理解したと思われたくないのだ。だから否定だけする。

そしていつでも見れるようにしておきたい。その事件を。好奇心の赴くままに。


その好奇心を満たし煽るメディアも口を揃える。“分らない”と。

実際に発生した事件をメディアが“あり得ない” “信じられない”で済ませようというのは、あまりにも単純で無責任だ。それでも情報だけは垂れ流す。

いくら記者が気張ってもデスクが無能では新聞ペーパーは死ぬ。


丸山は思考が脱線している自分を叱りつつ、考えうるパターンを頭に描き始めた。

事件には金と色が絡む場合がほとんどだが、この件に金の線は薄い。

佐々木-山内-篠崎というラインから何か得られると思ったが、早々に佐々木からのアプローチは行き詰っていた。佐々木にはアリバイがあったのだ。

それにしても・・・山内は遭難当日から捜索に人を出している。これも少々ひっかかるところだ。

この事件には何かの集団が関与しなければ成り立ちそうにない。

その理由は行方不明者が多い事による。

本線は思想や宗教的なトラブル。この辺りだろうか。

丸山の想定は行方不明の5名が死亡または監禁されているという事から出発している。もし彼らが自分の意思で姿を隠しているのならそれはそれで良い。優先順位としては低い。


それにしても、このままでは時間が過ぎるだけだ。

丸山は躊躇する己を叱咤しつつ言った。

「新宮沙紀の逮捕状を取れ。山根浩之の携帯所持および器物破損についてだ。明日の早朝に確保しろ」「その後、大学へ連絡して宮原貴と阿部知美にも同行を求めろ」

言うだけ言うと両手を合わせて口に添える。

メディアはどう喰い付く?

丸山は思い直した。俺は俺のやり方でやってきた。

“信じる自分を信じろ”

出て行こうとする刑事の背中を先程より大きな声が追いかけた。

「やはり逮捕状はいらん。新宮沙紀には同行を求めろ。理由を聞かれたら山根浩之の携帯所持についてと言え。ただし宮原と阿部には連絡を取らせるな」


◇*◇*◇*◇*◇


新宮沙紀は捜査員の同行要請に了承し、そのまま丸山の待つ捜査本部別室に向かった。


サキは丸山にレポートを手渡した。

なんとこの学生はレポートを用意していたのだ。

読み進めて更に驚いた。

このまま調書で通用するレベルだ。この娘は優秀な学生のようだ。

“優秀な学生”

丸山の経験は警戒音を鳴らした。

優秀な学生と強い思想の組み合わせは時として常識を逸脱する。

しかし、そのレポートの内容は常識の逸脱というより奇想天外なものだった。


「空間の歪み?」

そのレポートは最後の1枚には個人的見解としながら結論的な表現で記してあった。

「新宮くん、これ信用する人がいると思うか?」

「思いません」

「では、なぜこれを書いたんだね?」

「現象は事実だからです」

「しかし君、こんな事が・・・」

「“こんな事”とはどの部分ですか?最後の1ページは状況からアプローチした個人的見解ですのでレポートから外して頂いて結構です」

「じゃあ、それ以外は?特に同じ場所にいながら姿は見えず、携帯でやり取りできたという点とか」

「それは事実です」

「私はにわかに信じる事ができないよ」

「それが今日まで報告しなかった理由です」

「この内容は水島教授も知っているのかね?」

「説明はしました。聴取で話さなかったのは内容を信用しかねているからでしょう」

サキは水島に防衛線を張った。

丸山はそんなサキを微笑ましく思った。

「しかし、教授は自分が信じようと信じまいと、君たちからそういう報告を受けたという事実を告げるべきではないかね」

「その通りですが、それをしなかったのが常識的な判断だというのは、私のレポートに対する捜査本部長の発言からしてご理解いただけるかと思います」

丸山はこの学生が敵ではない事を祈りつつも気持ちが昂ぶるのを感じた。

「君に事実を1つ伝えよう。携帯電話の通信記録と君の証言は一致する」

サキの証言は通信記録によって立証された事になる。

「これが何を意味するか分るかね?」

「はい」

「言ってみたまえ」

「私の証言の信用度が低下したという事です」

「君は素晴らしいな。その理由は?」

「行方不明となった後2日間に渡って、私が彼等と連絡を取り合っていたという点です。しかも両者の場所は非常に近い」

つまり、通信記録によって証明されたのはサキの電話をした時間と連絡先についてだけであり、あの奇怪な現象を理解しなければ、ごく近い場所に居る行方不明者と連絡を取り続けていたという事実だけが残る。

誰が信じる?ごく近い場所に居る、いや、同じ場所に居る人間と接触できない事を?

勿論誰もが思うだろう。虚言だと。

「それを理解するには君の空間の歪みという見解に納得しなければならない・・・か」

「はい。しかし常識的に考えてそれは難しいでしょう」

「では、その常識的な推察で導き出される解は?」

「狂言、もしくは私達3名による監禁または殺害」

「その他にはないだろうか」

「付け加えるなら、私達3名の幇助ほうじょによる略取誘拐でしょう」

「ははは」

「なにか?」

「いや、失礼。私もそう考えていた。つまり私も常識的な思考だったという訳だね。でもそれは正解ではないだろう」

「・・・」

「裏づけるものが何も無い。出てくる事実を繋ぎ合わせるものも無い」

丸山は笑顔のまま溜息をついた。

「あるのは不思議な証言ばかりだ」


「宮原君と阿部君からも話を聞きたいんだが」

「あの2人は捜査には積極的に協力するでしょう」

「そうか」


「そうだ新宮君、山根君の携帯と車の件だが・・・」

「私は緊急避難と認識しています」

「緊急避難か」

「はい。あの状況で常識的に考えれば、彼らは何らかの事件に巻き込まれた可能性が高く、携帯が故障した私は、他人所有物を使用してでも連絡をとって身の安全を図る事が必要だと判断しました」

「なるほどね。今日は突然で済まなかった。また協力をお願いするかもしれないが、その時にはよろしく頼むよ」


 サキは建物を背に歩き出した。

最後の更新から3日。本当にどうなっているのだろう。タカシは知人に依頼して携帯の転送と定期的にメールを発信する携帯、それに長時間使用できるバッテリーを準備中だ。

トモミは自宅から出ていない。

ふと、山内が言っていた家族との最後の会話が果たせなかった事を重大な過失の様に感じた。

同時に身体に電流が走る。

「家族・・・山内の家族」

家族との最後の会話などという解決に要しない行為、むしろ解決を諦めた場合の処置ともいえる行為、そんな事を気に病んでいる自分を殴りたい気持ちだった。

山内の祖父は不思議な体験をして戻ったと聞いた。

姿を消して戻り得た者。

「なぜ気づかなかった・・・私は!」

サキは走った。


今年の誕生日で100歳を迎える山内禎助やまうちていすけは、今年2月に骨折で入院してから急速にボケ始め、日常生活にも支障が出始めていた。

半年ほど前に「椎茸を見てくる」と言って、全く違う山林に入り、探しに出た孝次に発見された。腕に裂傷を負っており、大事を取って入院させている。


解決という点ではあまりに遅きに失した感がある。

しかし僅かでも可能性を高める行動を積み重ねる事でしか得られないのだ。

結果も納得も・・・そして諦めも。

勿論、サキは諦めなど考えてはいない。しかし諦めは次の行動アクションへの準備でもある。サキの優れた点は選択と消去を並行して行う事だ。


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