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Side S  作者: 白蜘蛛
13/20

13 才能

空き地に着いたサキは人の頭くらいの石を拾うと躊躇せずレガシーのサイドウィンドゥにぶつけた。メシャッという音の後、ヒビが入っていく音が断続的に聞こえる。

トレッキングスティックでヒビだらけになった部分を突くと手を入れられる程の穴が開いた。

すかさず携帯を取り出してまた山道を引き返す。

「佐々木さんも急いで!」

佐々木は軽トラに目を向けた。一瞬、迷いが生じた。

「急いで!由紀達と連絡を取るにはあの場所に行かなければならないの!」

佐々木は何かを振り切るようにサキの後を追った。

サキが着信状況をチェックすると、今回のメンバーからの着信が続いていた。

トモミに自分の携帯が壊れたのでヒロの携帯を使用している事と状況報告を促すメールを送信。

警察が捜索に向かった旨の返信。

「警察がこちらに向かっているわ」

佐々木は小さく頷いただけだった。


小走り程度とはいえ、暑さと緊張からか2人とも息を切らせていた。

切り株の場所につくなり由紀の携帯にかける。

出たのは由紀だった。

「由紀、ちょっと待ってね」

「佐々木さん、由紀よ。伝える事があるなら今のうちに伝えて。時間もバッテリーもないから手短にね」

佐々木は信じられないという顔のまま携帯を受け取った。

「由紀さん、由紀さんですか!?」

「佐々木さん?どうして佐々木さんがサキさんと一緒に?」

「それはともかく、由紀さんのお母さんが内山家に来ています。こんな事伝えても意味がないって事も分ってます。でも・・・」

佐々木は伝えたい事は伝えられなかった。しかし少しは由紀に通じたのかもしれない。

携帯を握り締めたまま言葉に詰まった佐々木に、由紀は「ありがとう佐々木さん。お母さんが来てるなら大丈夫。私も頑張るわ」と声を掛けた。

携帯はサキとユウキに渡った。

「私の携帯が壊れてしまったの。山根君の携帯を使っているわ。もうすぐ警察がこの一帯を捜索する事になるから、あと1日だけ頑張ってもらえるかしら」

「わかりました」

「・・・それでも見つからなかったら」

「サキさん、分ってます。東西ルートで東へ向かいますよ。それまではあまり動かないで体力の温存に努めます」

ユウキは落ち着きを取り戻したようだ。このメンバーでユウキが混乱したらアウトだ。それにハルナとコースケ。バランスとしては良いチームのはずだ。

ポイントは由紀になるだろう。由紀には気力を持たせなければならない。今できるのは佐々木と話をさせる事ぐらいだが・・・。


警察はサキが期待した通りに動いた。県警からの応援で大掛かりな捜索が行われたが、何も見つからなかった。一帯の捜索が終わり、地域を拡大しようかというタイミングでバイパス沿いの派出所に佐々木が出頭した。

佐々木の身柄を確保したとの連絡が入り、捜索員達にも安堵が流れる。

一瞬置いて誰もが思った。

学生6人はどうなった?

殺人容疑者の身柄が確保された今、捜索には地元消防団からの応援も加わりスピードは格段に上がった。

しかし、北の谷と沢の一帯を重点に範囲を広げて行われた捜索でも学生6人を見つける事はできなかった。

家族にも連絡が取られ、明日には家族も到着する予定だ。


翌日、更に大掛かりな捜索が行われた。地元の消防団の協力も得てくまなく探したが、遺留品すら見つからない。

そこへサキが姿を現す。保護されたサキは病院へ搬送され、ベッドで聞き取りを受けた。

サキは誰にも言わなかったが、今朝、ユウキ達との最後の連絡を取っていた。

その後、携帯が通じなくなっている事も確認済みだ。


◇*◇*◇*◇*◇


たちまち行方不明事件として注目を集めた。新聞ペーパー雑誌ゴシップTVテレビも取材に取材を重ねた。

5名もの大量行方不明事件。地主である山内孝次の不可解な死と併せて連日報道された。

成功者といえる山内は格好の標的となった。報道合戦は過激さを増していく。

地主の兄である昇一は20数年間前に駆け落ちをしており、その娘が今回の行方不明の1人だ。そして重要参考人である使用人はその娘と恋仲であったとの噂。

山内家は代々大地主であったが、不思議な噂が多い家系でもあった。その噂の中心は失踪者が多い事だ。また常人をはるかに凌ぐ力を持つ者が現れるという。


孝次の父である庄吉しょうきちは父に従って薪や炭を街に売りに行って生計を立てていた。


本来、森林の大きな役目として燃料の供給があった。クヌギやナラといった樹木で構成された雑木林は原生林や自然林ではない。古くから人間によって管理され、薪や木炭などの燃料、椎茸などの栽培に利用されてきた。またその環境下では山菜や薬草などが自生し、昆虫や哺乳類、鳥類も多く、これらも人間に食物や薬、毛皮など貴重なものを提供してきたのだ。

雑木林には自然林の2倍もの生物多様度があるといわれている。

しかし、それを必要とするのも管理するのも人間だ。そして必要物とは生活に左右される。

生活とは人間の生きる営みではあるが、人間は生活を左右せず、生活に左右されるのだ。

そして生活を左右するのは時代である。

庄吉は成功者といえる人間だが、特別な才能は持っていたのではなかった。しかし、ストレートな思考と一途に行う信念を持っていた。

戦争で日本中の街が焼かれた。ならば木材が必要だろう。そう考えて建築資材となる杉を植えたのだ。伐採できるまで何年かかると思っていたのか。そんな事はどうでも良かった。

新しい事は先に始めなければダメだ。後の造林ブームに先駆ける事10年以上、終戦直後から積極的に植林を行ったのが庄吉だった。

造林ブームの1950年代は、家庭の燃料が薪や炭から石油・電気・ガスへの変換期でもあった。多くの雑木林は杉林と変貌していく。その頃、庄吉の植えた杉は伐採できるまでに成長していた。庄吉はこれを待って結婚する。すぐに昇一が生まれ、その3年後に孝次が生まれた。

この時代、杉や檜は建築用材として需要が高く、その経済的価値は雑木林の比ではなかった。

現在99歳になる庄吉の父は、息子がする事に何も反対はしなかった。ただ自分は相変わらず雑木林から伐り出しては炭を焼いていた。大地主である山内家にはまだ広大な雑木林が残されていたのだ。


植林で成功した庄吉は、すぐに椎茸栽培を始めた。杉林は椎茸栽培に適していたし、父の管理する雑木林の有効活用は椎茸栽培しか残っていない。

そして1964年の木材輸入の全面自由化、1975年のドル円変動相場制へ移行による円高によって、国産木材の価格が下落を始めた。

庄吉は椎茸栽培を拡大する。後に椎茸御殿と呼ばれる内山本家の建物は椎茸の儲けによって建てられたものだ。

しかし、庄吉は突然病死してしまう。後を継いだ孝次は、安定した椎茸栽培で満足する人間ではなかった。折りしも道路整備計画によって莫大な土地売却益を手にする。

近隣の市町を縦断するバイパスに目をつけた孝次は巨大なショッピングセンターを建設する。建設当時は笑う者も居た。

「こんな田舎に誰が買いにくるものか」

しかし孝次のショッピングセンターは成功を収める。広大な売り場面積と巨大な駐車場。店舗は“全て揃う”“誰もが楽しめる”をコンセプトに広げられるだけ広げた。

食料品・衣類・日用雑貨、品質も幅広く揃え、娯楽施設も充実させた。

何でも揃えたショッピングセンター。孝次が取り込もうと考えた客は“何でも欲しがる客”ではなく“何が欲しいか分からない客”だった。そんな客ほど多額の買い物をする。


孝次は地元の顔だ。面と向かって逆らう人間はいない。

大地主で事業も行っている。当然あらゆる人間との関係があった。その中で反社会的勢力との関係が取り上げられた。メディアは少しでも臭えば掘り返してぶち撒けるのだ。

だが、孝次の死に佐々木が関与していない事が明らかになり、山内が行ってきた寄付やボランティア活動などの様々な社会貢献が伝えられるやゴシップは収束していった。メディアは良い薫りは嫌いなのである。


依然5名の行方は不明のままだった。証言から得られた失踪日より既に6日目だ。

連日ニュースが報じられている。

そんな中、携帯の通話記録から失踪日から2日後の朝まで通信があった事が分った。

捜査本部に混乱と疑惑が満ちた。

新宮沙紀、宮原貴、阿部知美の3名は嘘をついていた事になる。少なくとも何かを隠している。



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