11 崩壊
白い布を掛けられた山内。
思わずサキが唸る。
「こ、これは・・・」
水島は視線を前に向けたまま小声で説明した。
「昨夜、佐々木という従業員と出かけたらしいが、今朝5時頃1人で戻った山内さんは既に虫の息だったそうだ。佐々木とは連絡が取れないらしい」
「佐々木さん?」
「あちら方々は山内さんのご親類だ」「状況が状況だけに捜索の協力を仰ぐのは非常に困難だろう」
「ご家族は?」
「ああ、別室で警察と話をしている」
サキは膝で山内の遺体に近づくと親類に頭をさげ、布をめくって手を合わせた。
何もかも疑いそうな視線の老人たちに「お騒がせ致しました。失礼します」と言って退室する。
サキに目配せされた水島も部屋を出る。
「教授、私は直ぐに山に向かわなければなりません」
「サキ君、まずは警察に連絡をして応援を貰わねばだめだ。山内さんがこんな状況なんだし」
「重々承知していますが、時間が無いのです。タカシとトモミを置いていきますので、状況を聞いて下さい。信じられないかもしれませんが・・・」
「サキ君!」
「申し訳ありません、失礼します」
サキはタカシとトモミには、顧問へ説明して警察へ捜索願いを出すように言った。
「特異家出人としてね、連絡が取れなくなってから一晩経ってるし、ヒロ君の車は放置されたままだろうから、事故か事件の可能性が高いと言ってちょうだい。ただ、警察に時間と場所の特異な現象は話さない事。混乱するだけだろうから」
「サキさんは?」
「捜索する人達が居たら山内さんの事を伝える必要があから道の駅によって・・・その後、切り株のところでユウキ君達と連絡を取ってみる」
「1人でですか!?」
「君達は山内さんの件で警察から色々聞かれると思うの。昨日一緒に居た事も考えると余計に」「佐々木さんは間違いなく重要参考人とされるだろうけど、その佐々木さんとも一緒だったしね。山内さんと佐々木さんの件も含めてそのまま話をしてもらえばいいわ」
「サキ君、何だね、特異な現象とは?」
「申し訳ありませんが、それはタカシ君から聞いて下さい」
サキはタカシとトモミに顔を向けた。
「昨日5人と連絡が取れなくなった。OBの山内さんと山内さんの知人に協力してもらった。今日の朝、警察に連絡する予定だった。それ以外は何も無いわ。分かった?」
タカシとトモミは硬い表情で頷いた。
「じゃ、私は行くわね」
亡くなった山内さんやご家族には申し訳ないが、生きている者を優先させてもらう。
サキは車のドアを開けてザックを投げ込むと、車に乗り込む。
広い庭には山内の訃報を聞いて集まったらしい車がランクルの行く手を阻んでいた。
サキは苛立ちながらもそれらを避けるように車を進めた。
ふと、すれ違う車の助手席に見覚えのある顔を見つけた。
由紀に驚くほど似ていた。年齢はだいぶ上のようだが、細い顎や白い肌、薄い唇。
親御さん?連絡が誰かから入った?
サキは軽く頭を振って疑問を振り払った。
今はそんな事を考えている場合ではない。
◇*◇*◇*◇*◇
道の駅に寄ってみたが昨日の男達はいなかった。
念のためにユウキ達の携帯に連絡をするが不通状態だった。
もう7:30近い。
考える間もなく、林道へ向かう。
林道からコンクリート舗装の山道入口へ車を入れると、空き地には車が2台停まっていた。
ヒロのステーションワゴンと、白い軽トラック。
「これは・・・?」
畑も何も無い山道は散歩ぐらいしか役に立たないだろうが、車でここまで登って散歩する程の魅力があるとも思えない。サキの神経に嫌な予感が触れた。
状況を重ねると予感は確信へ。
私達以外にこの場所に来る可能性が高い者。
昨日の捜索に参加した男達、待ち合わせ場所には居なかった。
独断でこの場所に来るとは思えない。しかも軽トラック1台で。
彼らなら、まずは山内に連絡を取るだろう。そして山内の死に気付くはずだ。
導き出される答えは“佐々木”という事になる。
もし佐々木が山内死亡の原因なら、十分に警戒をしなければならない。
トモミに連絡する。
トモミは5回目のコールで出た。
抑えた声で出たトモミは説明した。
サキが出て行った直後に別室へ呼ばれて説明を求められた。
どうやら司法解剖について家族ともめていたらしいが、その事件性の高さから遺族の主張が通るはずもなかった。
サキの予想通り、タカシとトモミは警察から執拗な質問攻めを受けているようだ。
トモミは一段と声を落として言った。
「私、昨夜眠る前に山内さんの声を聞いたの。『あの女は山内家の者ではない』って、『由紀は行方不明の1人でしかない』って言ってたの。『お前は知らなくていいんだ』って。相手は佐々木さんだと思う」
「わかったわ」
「サキさん、私達どうすれば・・・」
「顧問には説明した?」
「はい、大体は」
「ならば大丈夫。顧問の指示に従えばいい。見た目はああだけど意外に“何でも屋“だから」
サキは一瞬考えてから言った。
「後でメールを送るからその通り動いて」
トモミの返事を待たずに携帯を切ると、素早くメールを打つ。
乗り入れ周囲を確認。
最後に軽トラックのナンバーをメールに打ち込むと送信せずに保存する。
◇*◇*◇*◇*◇
「何やってるんだよ!」ユウキの声が響いた。
由紀の手から携帯をもぎ取って開く。
「やめてよ!私の携帯じゃない!」
「うるさい!今の状況で携帯は命綱なんだ!誰の物とか言ってる場合じゃないだろ!」
由紀は泣き始めた。
「どうしたっていうのよ!ユウキ君!由紀に何をしたの!?」
「何をしたって、こっちのセリフだよ!由紀の携帯は一番バッテリーが残ってたんだ、それが見てみろ!もう10%も無いじゃないか!」
「何に使ったんだよ、言ってみろよ!」
「おい、よせよ、使ったモンは戻らねぇよ」
「ふざけるな!分かってるのかよ、この状況が!!」
「大声ださないでよ!」
「ハルナ、お前の携帯も俺が預かる。よこせ」
「な、なんで私の携帯を預けなきゃならないのよ!?」
「持ってたら使うに決まってる。俺の携帯はもう13%しかないんだ」
泣いていた由紀が大声を出した。
「ユウキ君の携帯通じないじゃない!もう夜が明けて何時間も経つのに!サキさんからの連絡が無いじゃない!!」
「じゃ、由紀の携帯は通じたのかよ!掛けたんだろ?バッテリーがこんなに無くなるまで!!」
「もう、いやぁッ!!」
俺達は一気に崩壊した。