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Side S  作者: 白蜘蛛
10/20

10 うつし

山内の自宅にある応接間。


「食料がない以上、3日がリミットと考えて良いだろう。それまでに我々が救出するか、自力で脱出するか。どちらにせよ、何も見えない状況だ。とにかく明日動いてみるしかない」

「先ほど水島君に連絡をした。明日の6:00前には到着できるそうだ。水島君が到着したら、すぐに警察にも届けよう。明日は5:30にここを出たい。君たちのどちらかは残ってくれ」


そこまで話して山内は少し息苦しそうに言葉を続けた。

「彼らの家族にも連絡してあの場所へ来て貰おう。最悪の場合、最後の会話になるかもしれん」

「そ、そんな・・・」

トモミは言葉を失った。

「もし彼らが死ぬ場合、ゆっくりと死んでいくだろう。死ぬ瞬間は誰だって家族を想う。私なら家族と話がしたかったと思うだろう」

「死って・・・」

タカシは改めて事態の深刻さを感じた。


「家族の連絡先をまとめてくれ。連絡は私がしよう」

「いえ、山内さんにそれをさせる訳には行きません。水島顧問と私が連絡します」

「それより山内さん、何かお気づきの点がありましたら教えて下さい」

山内は驚いた顔をサキに向けた。それから少し俯いて考える風だったが、顔を上げて話し始めた。


*-*-*-*-*-*


「山内家だけに伝わる話だが、うつしの地と呼ばれる現象がある」

「うつしの地?」

「そう、知っている場所なのに実は違う場所だという事らしい」

「デジャヴュみたいですね」

既視感デジャヴュは初めての体験を既に体験したように感じる事だろう?逆の現象である未視感ジャメヴュに近いかもしれない」

「その場所は明らかに知っている場所なのだ。しかし知っている場所とは違う。風景とか雰囲気などイメージとして捉えているものは間違いなく知っている場所なのに、明確に認識している物質的なものが記憶と違うのだ」

「例えば君達が帰宅したとしよう。道路も庭の木々も記憶のままだ。しかしその様なものは日頃から特に意識していないだろう。これがイメージという記憶の曖昧さだ」

「家の形や壁の色、玄関の取っ手もそうだ。それらは間違いなくいつもの風景であり、我が家なのだ。しかし玄関を開けると置かれていた花瓶が無い。部屋に入ると机が無い。あったはずのものが無い。明らかに自分の家なのに、あるべきものがない」

「戸惑っている中、玄関のチャイムがなり“誰か”が帰宅する。それが誰なのか・・・」

「ごめんなさい、私もう・・・」トモミが音を上げた。

「あ、済まない、話が飛躍してしまったようだ」

「それって経験した方がいらっしゃるって事ですよね?」

「山内家では不思議な体験をした者が何人もいる。あの峠は徒歩で半日もかからない行程だ。それが気付いたら丸1日かかっていたとか、山に入って消えた者が、後でひょっこり帰って来たとか。そういう事が何度もあったらしい」

「じゃあ、戻って来られるんですか」

「全てではないがね・・・」

「え!?じゃぁ・・・」

「そう、調べてみると山内家では失踪者が結構いる。特に昔は多かった。ここ何代かはそんな事はないがね。不思議な体験をしたのもウチの爺や、つまり先々代が最後だ。もう百歳に近くて寝たきりだがね。私は子供の頃に聞かされたよ」


*-*-*-*-*-*


暑い夏の夜だった。その時、爺やは珍しく酔っていた。

私は寝苦しくてトイレに行った。昔はトイレが外にあってね、下駄を鳴らして戻ると縁側に爺やが座っていた。蚊取線香を焚き涼んでいたようだ。

眠れなくなった私は爺やの隣に座って月を見ていた。

「孝次、お前はワシが嘘つきだと思うか」

唐突に声を掛けられた私は首を横に振った。

爺やは満足そうに顎を撫でた。

「ワシが山で迷った話だ。憶えておくと良いかもしれん」と言って話し始めたのは、まるで探検や冒険のような話だった。知らない場所に迷い込んで、帰り道を探したり食べ物を探したり、見たことも無い動物や見慣れない服を着た人に出会ったという話だった。話の内容はとうに忘れてしまったよ。爺やの話を作り話だと思った時に全て忘れてしまった。子供の頃は覚えていたんだが。


結局、何か対策を思いつく訳でもなく、柱時計は22:30を知らせる鐘音が響いた。

「お、こんな時間か、済まない。皆疲れているだろう。もう今日は休もう。明日5時に起こさせてもらうよ」

サキ達3人は部屋を出て客間へ戻った。タカシの布団は隣の部屋に敷いてあった。

30分後、トモミはサキの寝音を聞きながら瞼が重くなるのを感じた。眠りに落ちる時、内山の声が廊下から聞こえた。

「お前はそんな事を知らなくていいんだ。あの女はもう山内家の者ではない。由紀という娘も行方不明の1人でしかない。それ以上でもそれ以下でもない」

山内家?由紀?おぼろげな疑問は、布団に沈み込むような感覚の中で消えていった。


◇*◇*◇*◇*◇


サキが目を覚ますと明るくなっていた。腕時計を見ると5:30だ、ギョッとし、「あ、狂ってるんだった」と布団をかぶって、またガバっと起き上がる。逆だ。時計は遅れているのだ、つまりもう6:30という事だ。飛び起きて、トモミを起こす。

直ぐに着替えると、タカシを起こす。なかなか起きないタカシを蹴って起こして客間を出ると奥に人が集まっている様子が感じられた。

捜索の人間を集めているのだろうか、自分たちの事なのに申し訳ない。サキには珍しい失態だ。襖を軽く叩いて声を掛ける。

「おはようございます。サキです。寝過ごしてしまいました、申し訳ありません」

スっと襖が開けられた。

そこには水島顧問の顔があった。憚るように小さい声で「入りたまえ」と言って体をずらした。部屋の奥に目を向けると10人ほどの老人や年配者が怪訝そうに視線を向けた。

その手前には顔に白い布を掛けられて布団に寝かされた男。


それは山内だった。


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