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Side S  作者: 白蜘蛛
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01 ヒロ

夏休みが始まったばかりの8月初旬。

俺が今日から参加するキャンプは、ネイチャー系の活動をしているサークルが定期的に実施しているものだ。

山中に泊り込んで、指標としている動植物の調査・観察を行う事を目的としてる。

まぁ、山中といっても標高はたかだか700m程度で、丘といっても良い場所だ。

ただ、峰が重なり合っていて、峠越えをするのは楽ではない。

もっとも、だいぶ前に林道が整備されて車で峠越えができるようになっている。

テントを設営する場所は林道から山道をしばらく歩いた草地で俺たちはベースと呼んでいた。


調査項目は多岐に亘るが、鳥類・哺乳類などを調査する長期のキャンプに先立って行うフィールドチェックの意味合いが強く、調査期間も2泊3日と短い。

それゆえに調査対象は植物と昆虫が中心であり、メンバーも後輩に任される場合が多かった。

2日目までに調査を終らせ、2回目の夜は少々のアルコールを開けて楽しく過ごすのがいつものパターンだ。

無論大騒ぎをする事はないが、夜の涼気に沸き立つような草の匂いと見事な星空の下では、何を口にしても実に旨い。それが楽しみで参加するヤツもいるほどだ。

今回は先輩を招待して、特別に3泊する予定だ。


サークルのヤツらが“サキさん”と呼ぶ先輩は女性ながら超然としていて魅力があった。

さっぱりとした性格と落ち着いた言動で男子女子に係らず人気があるが、何より野外活動の知識とテクニックにはいつも驚かされる。この人なら無人島に流されても“普通に”生きていけそうだ。

参加者は先輩を入れて8名。通常は4~5名程なので、今回は大所帯といえるだろう。

サークル以外からの参加が2人。

以前は部員募集活動の一貫だったが、最近はなし崩しになっていて、イベントだけに参加する“準部員”って感じのヤツもいる。まぁ、そのうちの1人が俺なのだが。

ソコソコ役に立つらしく、何かイベントがある時には必ず声がかかる。


俺はシートを幾分倒して手を頭の後ろで組み、顔にはモンベルのキャップを載せている。

サキさんのランクルに揺られながら、頭の中で今回のメンバーを改めて確認した。

今回の“調査班”の班長はユウキ。

やや強目にブリーチした長い髪、顔は美形だ。当然女子にはもてる。が、仕切り屋の性格がウザイという声も聞かれる。

副班長はハルナ。

見た目普通のだが、常に冷静に見ている。というより普通のヤツとは別な角度から見ているという感じだろうか。時として結構鋭い事を言う。メンバーの中では一番常識人だ。

他には180cmと長身で体育会系のタカシ、逆に160cmのヒロはお調子者だ。ギャルっぽいお嬢様のトモミ、ハルナの友達で部外参加の由紀ユキ。そして皆からコースケと呼ばれる俺。

由紀ユキ以外はこの手の調査に何度か参加している。


考えているうちに車が大きく方向転換をし、路面からの振動が大きくなった。バイパスから林道に入ったようだ。バイパスが出来て林道は通る車もほとんどなくなったらしいが、俺たちにとっては好都合だった。


◇*◇*◇*◇*◇


林道に入って15分ほど走ると、車はスピードを落とした。

林道から10mほど入った場所にある空き地に車を止める。ここは林道の補修作業で資材置き場になっていたらしく、地面には砂利が撒いてあり、林道から空き地まではコンクリートで舗装されている。

その空き地から幅1mにも満たない山道が雑木林を抜けて北に伸びている。

山道は北に20分ほど歩けばキャンプを張ったベースに到着し、更に25分程進むと急激な下り坂となって谷に至る。不思議なのは、山道は谷で行き止まりになっている事だ。

林道はその昔、峠越えのルートだったようだが、そこから分岐している山道を何のために使っていたのかは分からない。ただ、俺たちにとってはこの山道がメインの移動経路だ。

山道は地面が踏み固められただけだが、ところどころ丸太で土留めがしてあり、雨さえ降らなければ何の問題も無い。

ベースに向かって進むと、右側、つまり山道東側の先には植林された杉林が広がり、西は緩やかに下ってその先は沢になっている。この沢は調査ポイントだ。

調査ポイントは森・草地など、合計で約16箇所が設定されているが、沢には3箇所が割り当てられている。

樹木に太陽を遮られた山道は涼しかった。夜にもなれば肌寒く感じることもあるほどだ。


俺たちはテント設営を完了し、調査や食事の備品を運ぶため、車に向かっていた。

これらの備品はヒロのステーションワゴンに積んである。

サキさんはゲストという事で仕事の分担は一切無い。ベースで寛いでもらっている。


◇*◇*◇*◇*◇


その異変はベースから10分ほど歩いた、ちょうど林道までの中間点で起きた。


「あれ?ヒロは?」

ヒロが消えていた。また道草を食ってるのだろう。

「あいつは本当に落ち着きがないな。後ろにいないか?」

俺の問いに最後尾にいたタカシが振り返った、その瞬間ヒロの声が聞こえた。

すぐそばで。

「おーい、誰か!」

声は聞こえるのに姿が見えない。

誰もがヒロがふざけていると思った。160㎝と小柄で童顔の子供っぽい外観。そして、外観以上に子供っぽい行動は時に皆を笑わせ、時には苛立たせるのだ。

「落ちた!誰か助けてくれ!」

「また始まったよ、早く荷物を運び込まなきゃならないってのに」「どこに落ちる所があるってんだ」

タカシが面倒そうな声をあげる。

しかし、ヒロの声は次第に恐怖に染まっていった。

「なんだか、おかしくない?」

ハルナが怪訝そうに声の方向を見た。

「うん、そうね、そうだよ。でも何があったの?」

由紀は本気で心配しているらしく、皆に問いかけるように声をあげた。

ハルナの友達の由紀は小柄で線も細い。


「お前らさぁ、ヒロの声、あの大きな木の裏から聞こえてるじゃん」

ユウキは長い髪をかき上げるようにして言った。

美形でテニスが得意なユウキは昔から女子にもてた。ちょっと俺様ってところがあるが、根はイイ奴だし、多少ビビリでもある。

「アイツ、ふざけてるんだよ。しかし演技はプロ並みだな」

「アハハ、言えてるぅ~」トモミが相づちを打つ。お嬢様とギャルが同居したような、ワガママで軽い性格。ユウキには何かとベッタリなトモミは他の女子からひんしゅくを買う事が多い。


「アイツ、じゃんけんで負けて、ガスボンベを運ぶ事になったのが気に入らないんだよ」

「ちっちぇ~」

「ま、ホントにリトルなんだけどな」

笑い声が起きてすぐに消えた。ヒロの声がほとんど悲鳴に近かったからだ。

「助けてくれ!動けない!助けて・・・」パニックを含んだ声は不自然な感じで途切れた。

タカシが声のした大木に走り寄って向こう側を覗き込む。同時に高い声。

「えっ?あれっ!?」

「どうした?」

「・・・ヒロがいない」

「はぁ?声がしてたじゃんか」

「でも、いないんだ」


俺は走り寄った。

確かにそこには誰もいなかった。

「おい、冗談だろ?」

「ヒロ!おいヒロ!」

辺りを見渡しながら声をあげるが返答は無い。

ユウキがこちらに近づきながら言った。

「お前らヒロと“グル”って事はないよな?」

「何言ってるのよ、本当にいないのよ」

ハルナの声は少し震えている。


「落ちたとか言ってたよな?」

木の根元も周囲にも穴のようなものは見当たらなかった。

「車のところに先回りしてるとかじゃないの?車のキーはあいつが持ってるんだし、声も聞こえなくなってるじゃんか」

そう言ったユウキの表情も少し硬い。

「携帯に掛けてみろよ。俺はザックと一緒に置いてきちまったから」

俺の言葉に皆が携帯を手にする。

「出ないわ」

「呼び出してるのに出ない」

「こっちも出ないな。つーか着信音も聞こえないじゃないか。やっぱり近くにはいないんだよ」「さっきまで声が聞こえてたのにさぁ、着信音が聞こえないなんて」

「やっぱ、車のところだよ。叫んだ後に急いで向かったんじゃないか?」

確かに樹木が多いので身を隠すのには都合が良い。

「そうかもな」

誰もがそう思ったが、“そうだろか?”という疑問も感じていた。


その時、森の中を季節に合わない冷たい風が吹いた。

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