AIとやる夫スレ
AIが面白い漫画を描く日
――やる夫スレを漫画で読みたい、という話
かつてネットで人気を集めた「やる夫スレ」という創作文化がある。
文字や記号を組み合わせたAAで物語を進める形式だ。既存のアニメや漫画のキャラクターを配役し、表情や動作の異なるAAを並べて場面を作る。
歴史や小説を題材にした作品も多く、漫画化しても面白そうな作品が山ほどある。
私は、あれを漫画で読みたい。
実際、やる夫スレから大成功した作品がある。『ゴブリンスレイヤー』だ。
作者自らやる夫スレを小説に書き直し、それが出版され、漫画化・アニメ化までされた。
ただし、幸運も重なっている。優れたやる夫スレ作者が、優れた小説家でもあった。さらに漫画化では作画ガチャにも当たったのである。
面白いやる夫スレを書ける人が、必ずしも小説も書けるとは限らない。漫画化の機会に恵まれるとも限らない。
だったら、AIを使って漫画にするという別の道はないだろうか。
絵にすれば漫画になるのか
今ではAIが文章から漫画を生成する技術も登場している。
しかし、絵にすれば面白い漫画になるわけではない。
やる夫スレには、すでに人間の作者による演出がある。
誰をどんなキャラクターに演じさせるかという配役。どんな表情や動作を見せるかという演出。顔のアップか、全身像かという構図。
AIが漫画化するなら、まずそれを読み取らなければならない。
ところが、そもそもAIはAAを正しく読めるのだろうか。
同じキャラクターの笑顔と怒り顔を区別できるか。元ネタでは女子高生なのに、作品内では戦国武将を演じていることを理解できるか。
まずはそこから試す。必要ならAA保管庫などを手掛かりにする。
漫画を描かせるつもりが、最初の授業は文字で描かれた顔の判別である。
次は、作者の判断を再現できるか試したい。
人物設定を与え、どのAAキャラクターを配役するか選ばせる。
完成したやる夫スレからAAを一つ隠し、前後の台詞から作者が選んだ表情や構図を当てさせる。
既存のAAから候補を限定できるのが利点だ。漫画なら無数にある描き方も、AAなら人間の作者とAIに同じ選択問題を出せる。
何百、何千という場面で比べれば、得意不得意が見えてくるだろう。
もちろん、作者と同じ選択だけが正解ではない。最後は読者が面白いと思うかどうかだ。それでも、人間の演出判断を探る手掛かりにはなる。
そして、いよいよ漫画化だ。
まずは既存キャラクターをそのまま使う。AAの表情、視点、間を漫画に変え、元の作品と同じところで読者が笑い、驚き、感動するか確かめる。
できたら、今度はオリジナルキャラクターで漫画化する。
これが難しい。
例えば、頼もしそうな有名キャラクターが、実は臆病な武将を演じていたとする。元ネタを知る読者なら、その落差だけで笑える。
しかし、オリジナルキャラクターには、そんな知名度も先入観もない。
同じ面白さを生むには、容姿や初登場の描写から設計し直す必要がある。
単に絵を置き換えるのではない。既存キャラクターが果たしていた演出上の役割を、新しい表現で作り直すのである。
ここまでできれば、昔のやる夫スレを、元ネタを知らない人にも楽しめる漫画として蘇らせられるかもしれない。
今度は小説をやる夫スレにする
さて、次は逆方向だ。
小説をAIにやる夫スレ化させてみる。
今度は人間の演出を読み取るのではない。誰を配役し、どんな表情を選び、どこで間を取るか。AI自身に考えさせるのである。
既存のAAを使えば、作画の巧拙に邪魔されず、演出を試せる。人間によるやる夫スレ版がある小説なら、同じ原作から作らせて比べられる。
ただし、作者と似た演出になっただけでは合格ではない。読んで面白いかも確かめたい。
やる夫スレを漫画にするのは、演出を読み取る試験。小説をやる夫スレにするのは、演出を生み出す試験だ。
漫画を描かせるつもりが、今度はAIにやる夫スレを書かせている。
その両方を試した先に、小説から直接漫画を作るという目標がある。漫画特有のコマ割りやページ構成、オリジナルキャラクターの魅力づくりは、まだ別の課題だ。
かつて、絵を描けない人たちが、借り物のAAで面白い物語を作った。
私は、その物語を漫画で読みたいだけだった。
ところが、それを実現しようとすると、AIに漫画家の修業をさせる話になってしまった。
そしていつか、AIが小説を本当に面白い漫画にできるようになったとき。
その先生の一人が、やる夫だったとしたら。
ちょっと面白い話ではないだろうか。




