第3話
俺は彼女の生活パターンを把握し始めていた。
毎朝6時半起床。簡単な朝食、というかコーヒーだけ。たまにヨーグルト。ほとんどの時間を身支度に使い、7時半には出勤。で、帰宅は夜十時前後。
そして毎晩、必ず俺を見上げる。25日の枠を見つめる。
ライターの職業病だろうか。俺は観察することに慣れている。取材対象を観察し、行動パターンを読み取り、内面を推測する。それが仕事だった。
でも今回は違う。俺は記事を書けない。ただ見ているだけ。記録することもできない。
ただの傍観者だ。
ある日の夜、彼女はスマホで誰かとメッセージをやり取りしていた。何度も文章を打っては消し、打っては消す。
その様子を見ていると、俺にも分かる。
送りたいけど送れない。言いたいことがあるけど言えない。プライドが邪魔をする。傷つくのが怖い。
彼女は最後に、短いメッセージを送った。文面は見えないが、きっと「会いたい」という内容だろう。勇気を振り絞って送ったのだ。
返信は来なかった。
一時間待っても。二時間待っても。
彼女はベッドに横になり、天井を見つめている。その目に涙が滲んでいた。
ああ、若いな。
俺も昔はそうだった。三十代の頃、付き合っていた女がいた。
仕事が軌道に乗り始めた頃だ。彼女は優しかった。俺の不規則な生活にも文句を言わず、締め切り前でピリピリしていても静かに待っていてくれた。
結婚も考えていた。いつか、仕事が落ち着いたら。
でも「いつか」は来なかった。
会う回数が減り、連絡が途絶え、気づいたら自然消滅していた。別れ話すらしていない。最後に会ったのがいつだったかも覚えていない。
謝ることも、ちゃんと終わらせることもしなかった。不安定な生活をしていることを理由に、ただ、逃げた。
十五年経った今でも、ふとした瞬間に思い出す。彼女は元気だろうか。幸せになっただろうか。俺のことを恨んでいるだろうか。
確かめる術はない。もう遅い。
俺は——もう何もできない。
ただ見ているだけ。
なんて無力なんだ。
生前、俺は人の話を聞き、記事にすることで誰かの役に立っていると思っていた。でも今、俺には何もできない。
彼女の涙が枕に沁み落ちる。
俺は、紙であることの無力さを噛みしめた。——歯もないのに。




