第10話
12月31日。大晦日。
この一ヶ月、俺は彼女を見守ってきた。
クリスマス以降、彼女は変わった。
朝、きちんと朝食を取るようになった。休日には掃除をし、友人と出かけるようになった。
部屋に笑い声が戻った。
そして毎晩、俺に話しかけてくれた。
「今日はこんなことがあってね」
「新しいプロジェクトにアサインされたんだ」
「来年は、もっと楽しいこと増やしたいな」
俺は聞いていた。全部聞いていた。
そして、夜。
彼女は俺を壁から外した。
「ありがとう」
彼女はボールペンを手に取り——31日の枠に何か書き込んだ。
部屋の電気が消える。今年が終わる。
カレンダーなんて年が終わればなんの価値も無くなる。ただの紙だ。
案の定、俺の意識もゆっくり遠のいていく。
これで本当に最後か。
ライターとして、俺はいつも他人の人生を観察し、言葉にしてきた。
でも今、俺は言葉を持たない。
ただ時を刻み、誰かの人生を見守るだけ。
それでも——言葉にならない言葉で、誰かを支える。
これほどまでに他人に誇れる仕事はなかったかもしれない。
俺は、気がついたら四十八歳になっていた。
いつか成功したいという気持ちだけで、実際には何も成し遂げることはできなかった。
時には逃げた。後悔だけを積み重ねた、ろくでもない人生だった。
でも——最後の最後で、誰かの背中を押せた。
それだけで、俺の人生にも少しは意味があった気がする。
最後は悪くなかったな。
だんだん視界が狭まる。
今度こそ俺の人生が終わる。
最後に目にしたのは31日の枠。
そこには「おつかれさま」——彼女の少し丸い字で、そう書かれていた。
〈了〉




