戦いの幕開け
白い霧が蛇のように絡みつき、足元にまとわりつく。
リンは一歩一歩、冷たい汗を背に流しながら進む。
この場所の空気は重く、吸い込むたびに肺を刃で裂かれるようだった。
後ろにはミラと傷跡の男が静かについてくる。
泥を踏む「グシャ…グシャ…」という音と、リンの鼓動だけが響く。
——「…ここは何なの?」
ミラがかすれた声で尋ねる。
——「毒霧の沼だ。」傷跡の男が答え、分厚いナイフを握り締める。
「深く吸えば…肺が潰れ、耳から脳が溶け出す。狂った奴しか通らない。」
リンは薄暗い前方を見据え、膝まで泥に沈みながら歩く。
泥の表面では、時折灰色の怪物の手が現れ、すぐに消えた。
リンは黒いナイフを握りしめる。
——「…進む。」
重い足取りで、手から滲み出た闇がナイフを包み込み、絡みつく泥の触手を断ち切った。
——「…大丈夫?」
ミラが背後から小さな声で問いかける。霧の中に消えそうなほど小さい声だった。
リンは返事をせず、ただ頷いたが、胸の奥では声が響いていた。
「彼女は…いつまで自分を気にかけていられる?」
頭の奥で、あの闇の冷たい笑い声が囁く。
「置いていけ。お前一人なら…生き残れる。」
——「…黙れ…」
リンは低く呟き、歯を食いしばった。
突然、足元が揺れ、巨大な影が沼から這い上がった。
身の丈三メートル、半分泥でできた化け物、真っ赤な目がぎらつく。
傷跡の男が低く悪態をつく。
——「…沼鬼…」
怪物が吠え、腕を振り抜いた。泥が煮え立ち、リンの顔に飛び散った。
リンはナイフで受け止めたが、泥が刃に絡みついていく。
ミラが叫ぶ。
——「どいて!!」
彼女が放った槍が怪物の片目を貫き、悲鳴を上げさせるが、それでも止まらない。
リンは跳び上がり、闇をまとった足先で地面を叩き割る。
沼が爆ぜ、リンは怪物の胸にナイフを突き刺した。泥が甲高い音を立て、刃を侵食する。
——「まだ…だ…」
リンが低く呟き、目が赤く燃える。
「止まったら…ここで死ぬ。」
リンは手を握り締め、ナイフを引き抜き、何度も何度も突き刺した。
泥が飛び散り、爆ぜ、怪物の身体が崩れていく。
ミラがリンの腕を掴み、傷跡の男が怪物の背に飛び乗り、ナイフを後頭部に叩き込む。
——ドンッ!!
泥の巨体が爆発し、熱い泥が辺りに飛び散った。
三人は泥の中に倒れ込み、息を切らし、血と泥が混じる。
ミラはリンにしがみつき、顔を覗き込み、不安げに呟く。
——「…酷い怪我だよ…」
リンは目を閉じ、唇から血を垂らしながらも動かない。
「なぜ…なぜ俺はまだ、彼らを守ろうとする?」
傷跡の男がかすれ声で笑う。
——「死ななければ…勝ちだ。」
リンは目を開け、二人を見つめ、弱々しく、震える笑みを浮かべる。
——「…行くぞ。ここは…まだ底じゃない。」
三人が歩みを進めると、毒霧の沼は遠ざかっていく。
リンの背は長く泥に映り、その瞳は硬い光を宿しながらも、奥底には孤独が燻っていた。