丘の上の光とあの夜の炎
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白い花が風に揺れる春の丘を、リンは駆け上がった。
髪を乱し、妹のハルの手を引きながら。
——「早く！ 先に丘の頂上に着いた方が勝ちだ！」
——「お兄ちゃん、ズルいよ！」
ハルは頬をふくらませながらも、一生懸命走る。
二人の笑い声が丘に響き、空の青さと草の香りに溶けていった。
遠く、赤い屋根の村が山のふもとに寄り添い、青い煙が立ち上る。まるで一枚の絵のように、穏やかな世界だった。
その夜、家族は木のテーブルを囲んだ。
父は新しく鍛えた剣の話をし、母はリンを叱りつけ、祖母は笑いながら英雄の昔話を語った。
ハルはリンの肩に頭を預け、目を閉じて小さな声で言った。
——「お兄ちゃんは……私のヒーローだよ。」
——「うん。約束する。」
リンは笑い、妹の髪をなでた。
……リンは信じていた。こんな日々がずっと続くと。
しかし、あの夜は訪れた。
夜空を裂く警報の角笛。
地響きを立てて迫る馬の蹄。
南の城壁が爆発し、黒い鎧の軍勢がなだれ込む。
炎が屋根を焼き、叫び声と鉄の音が夜を埋め尽くす。
リンはハルを抱いて外へ飛び出した。
——「父さん！ 母さん！ おばあちゃん！」
混乱の中、父は敵の槍に貫かれ、母はリンを押し出し、その背中を斬られ、祖母は階段に倒れた。
——「いやだ……いやだ……」
リンの叫びは声にならず、息が詰まった。
冷たい手がリンの首を掴み、後ろに引きずる。
ハルはリンの腕から引き離され、地面に叩きつけられる。
剣が振り下ろされた。
妹の瞳が大きく開かれ、恐怖に震えながら、唇がかすかに動く。
——「お兄……ちゃ……」
その言葉は鋼の音にかき消された。
リンは膝をつき、血塗れの妹を抱きしめた。
血の匂いと煙が胸をえぐる。
泣こうとしたが、涙はもう出なかった。ただ、虚ろに。
太陽が昇る頃、村は灰の山となり、リンは妹の遺体を抱えたまま、動かず座り込んでいた。
兵士の一人がため息をつき、つぶやく。
——「……この子の目は……まるで悪魔のようだ。」
その後、リンは抜け殻のようにさまよった。
避難所で追い出され、不吉だと石を投げられ、殴られた。
パンを盗み、軒先で眠り、夜毎悪夢にうなされる。
夢の中で、ハルの声が聞こえる。
——「お兄ちゃん……ヒーローだよ……」
リンは闇の中で顔を伏せ、つぶやく。
——「俺は……ヒーローなんかじゃない。ただの……臆病者だ。」
百日目の夜。
リンは街外れの荒れ地に立ち、全てを終わらせようとした。
その時、足元の地面が揺れ、黒い石の門が現れた。
赤い文字が刻まれ、氷のような冷気が漂う。
門の上に、赤い光が浮かび上がる。
「お前は光になるか？
それとも闇になるか？」
リンはじっと門を見つめる。
白い花の丘、家族の食卓、悲鳴、そしてハルの瞳——全てが脳裏をよぎる。
手を伸ばし、門に触れる。
——「この光で誰も救えないなら……もういらない。」
門が開き、リンを闇に呑み込む。
遠く、塔の上で誰かが笑った。
——「ついに……選んだな。」
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