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2.


 妣之島(ははのしま)は、松島湾内の島の中では最大の人口を誇る有人島だ。

 住民の数はおよそ千八百人。ただし県内有数の観光地であることも手伝って、島には年中観光客の往来があるから、実際にはもっと多くの人間が入れ替わり立ち替わり島にいる。言わずもがな、漁業と同じくらい観光業が盛んな土地で、島の南に面する広大な妣之島海岸は毎年海開きと同時に大勢の海水浴客で埋め尽くされた。


 島には多数の旅館や民宿が軒を連ねている他、コンビニや土産屋も充実しており、多くの日本人が〝離島〟と聞いてまず真っ先に思い浮かべるであろう(ひな)びた雰囲気とはまた違った趣のある島だ。

 もっとも町の景観は本土と同じくどこか古ぼけていて、よく言えば歴史を感じさせる。十四年前の東日本大震災の影響で、以前よりは真新しい建物が増えたものの、実を言えば妣之島は、東に大きく迫り出した産津女岬(うづめみさき)が天然の防波堤となって津波を防いでくれたおかげで、他の沿岸部ほど深刻な被害を受けなかった。島民の中にはそれを、


「人魚様のご加護だっちゃ」


 と言う者もいる。

 妣之島には古くから人魚を島の守り神と崇める人魚信仰があり、実際、地震や津波、赤潮といった災害を予知した人魚のおかげで島が救われたという伝承が、いくつも語り継がれているのだという。


「へえ……マーメイドウォッチングなんてのもあるのか……」


 璃久(りく)がそんな島の概況を知ったのは、水上バスを下りてすぐのところに佇む『妣之島観光センター』なる建物内でのこと。

 船内の熱気に当てられて喉が渇いていた璃久は、まず飲み物を求めてセンターの入り口をくぐった。見たところ、どうもここは観光案内所と道の駅が合体したような施設であるらしく、大きな平屋建ての建物は中も外も小綺麗だ。恐らくは十四年前の震災後に新設されたか、被災した建物を建て直したかしたのだろう。

 センター内には飲み物の自動販売機の他、ちょっとしたフードコートもあり、璃久はそこでメロンソーダをテイクアウトした。


 注文した一番小さなサイズのカップには、デフォルメされた人魚のイラストがプリントされており「ようこそ人魚島へ」と言わんばかりにウィンクしている。そのカップを片手に立ち飲みしながら、島の観光マップのようなものはないかと施設内をうろうろしていると、壁に貼り出されたホエールウォッチングならぬマーメイドウォッチングの案内ポスターを見つけた。名前のとおり、遊覧船に乗って妣之島の近海をひと回りし、野生の人魚を観察しようという催しもののようだ。


 島に到着してからものの十五分程度しか経っていないというのに、右を見ても左を見ても人魚、人魚、人魚の人魚尽くし。これには人魚目的で島へ来たわけではない璃久でさえも、そんなに言うなら最期にひと目、人魚とやらを見ていこうかなという気になった。


「えっと……妣之島水族館……あ。ちょうどここから産津女岬に行く途中にあるのか……」


 ほどなく目当ての観光マップを見つけた璃久は地図に目を落としながら、好都合だなとひとりごちる。

 そう、璃久の最終目的地は島の東端に位置する産津女岬だ。

 もっとも地図に岬の名前はなく、緑に覆われた高台の上には、代わりに『湊上(みなかみ)神社』の文字がある。スマホを水没させる前に調べたところによると、湊上神社は太平洋に向かって突き出した産津女岬の天辺に建立(こんりゅう)された神社であるらしい。つまり湊上神社を目指してゆけば、璃久の目的は自ずと果たされるというわけだ。


 が、例によって例のごとく、この湊上神社もまた妣之島の人魚信仰に関連している。というのも、かの神社が祭神として(まつ)っているのもまた人魚だからだ。ならば死に場所に選んだ神社の神を、死ぬ前に一度拝んでゆくのも悪くない。そう思った璃久は、カップの底にわずか残った緑色の液体をずずずっとストローで吸い上げるや、手早くマップを折りたたんだ。大丈夫。金ならある。何より今日は記念すべき人生最後の日なのだから、多少寄り道をしたところで罰は当たるまい。


 ──そもそも、この世に生まれてきたこと自体が何かの罰さ。


 内心そう自嘲しながら、璃久はぐしゃりと紙コップを握り締め、手の中で(にんぎょ)がひしゃげているのも気にせずに目についたゴミ箱へと叩き込んだ。船を下りてからもしつこくまとわりついてくる、恐怖や焦燥や後ろ暗さと共に。



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