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拝殿の上の赤い月  作者: かぼちゃの甘煮
二章 蝕み
18/25

第18話 後夜災

翌日の文化祭も昨日と殆ど変わらない一日だった。


午前中はバスケ部面子と好きに校内を回る。先週NBA選手と見紛う程の跳躍を見せつけられ度肝を抜かれた皆であったが、翌日の練習で(大谷は少し残念がっていたが)晴馬のパフォーマンスは普段通りに戻っていたこともあり、今となってはそれに言及する者はおらず、皆いつも通り接してくれていた。


そして仕事が終わった後、残る僅かな時間を、また渚と過ごした。今日は誰もいない教室ではなく、人がまばらに残る食堂で。いよいよ文化祭という貴重な時間を使ってまでやる事では無いように思えるが、そんな事はもうどうでも良かった。


渚と一緒に居れて、特に生産性がある訳でも無い内容で談笑する。いつも放課後や部活終わりに、優悟とやるのと何ら変わらないやり取り。それが晴馬にとって、果てしなく尊いものに感じられた。


キーンコーンカーンコーン


『只今を持ちまして本日の文化祭は終了となります。一般のお客様は17時までに校内から退出をお願いします。本日は当校にお越し頂き、誠にありがとうございました』


終了を告げるアナウンスが響く。準備期間を含め、あっという間の4日間だった。


「終わっちゃったね...」


「うん。結局私達、ワッフルしか食べてないや」


渚は少し寂しそうに微笑む。2人でただ話したいと提案したのは他ならぬ彼女自身だが、それでもやはり心残りはあるのだろう。


「ね、杉内君。杉内君も後夜祭、行くよね?」


アナウンスが鳴り終わった後、ぼんやりと食堂の時計を見つめていた渚が突然そう聞いてきた。


「うん行くつもりだよ。でもごめん、友達と一緒に行くことになってるんだ」


後夜祭については準備期間の時点で、優悟と共に参加するという先約があった。渚を優先したい気持ちは多分にあったが、親友との約束をドタキャンする訳にはいかない。


「私もそうだから気にしないで!行くってことが分かればそれで良かったから!」


やや早口で渚は返す。


「そろそろ教室戻ろっか!皆片付け始めてるだろうし」


「そうだね。今日は本当楽しかった。ありがとう」


「こちらこそ!」


そして2人は食堂を離れ、それぞれの教室に戻って行った。




薄暗い体育館の中、煌々と輝くステージの上で、軽音楽部がアンコールの曲を終え、万雷の拍手の中でステージを後にした。彼らの演奏のおかげで、後夜祭の盛り上がりは最高潮に達している。そんな中、司会が遂にそれを告げる。


『軽音楽部の皆さん、素敵な演奏ありがとうございました!さてそれでは~!?次は後夜祭最後にして最大のイベント!皆さんお待ちかね、未成年の主張です!!』


『イェーイ!!』


あまりの声量に体育館が若干震えた。皆、二日間の文化祭で疲れ切っているどころか今日一番にイキイキしている。


「さあいいぞ~。派手に玉砕する姿、見せてもらうぜ~」


歓声の直後に隣に座る優悟がそう呟いたのを晴馬は聞き逃さなかったが、敢えてスルーした。


『ではでは!!我こそはという生徒さん!挙手をお願いします!』


「はいッ!」


すると素晴らしい威勢で、一人の男子生徒が名乗りを上げるとステージ上に駆け上がり、声を張り上げる。


「高校2年A組!!津村大樹!!俺には言いたいことがあるーッ!!」


その口上に続いて彼を見守る生徒達が


『なーにー!?』


と聞き返す。このやり取りの後に思いの丈を叫ぶのが、未成年の主張の慣例だ。


「俺は今日の文化祭で!三人の女子とツーショットを撮るのに成功した!」


『おーっ!?』


「だけど!その女子は全員他校の女子で!写真撮ったついでに連絡先教えて貰おうとしたら全部断られたー!皆ー!この学校には可愛い女子が沢山いるのに他校の女子に浮気しようとした俺を叱ってくれーッ!!」


瞬間、体育館が笑いの渦に包まれると共に「バカヤローッ!」とか「サイテー!」とか「彼女すらいねぇのに浮気とか言うなー!」といった野次が飛ぶ。


愛の告白だけに留まらず、こういう”馬鹿”を思う存分曝け出すことが出来るのもこの企画の魅力だ。生徒達から「お叱り」を受けた彼は満足げに微笑み、壇上を後にする。


『ありがとうございました。その浮気癖が今度の修学旅行で発揮されないことを願うばかりです!では次の方どうぞ!』


見事なアドリブで更なる笑いを攫いつつ、司会は次なる勇者を募る。


「は、はいっ...!」


今度は声に緊張が現れまくっている男子生徒の声が響いた。


『壇上までお願いします!』


立ち上がって壇上へと走るその姿を見て、晴馬と優悟は目を丸くする。


『中村ッ!?』


そう。名乗りを上げたその生徒は今日も一緒に文化祭を楽しんでいた、中村その人だった。思いもよらない人物の登場に、二人の視線は壇上に釘付けになる。


「中学3年E組!中村優信!俺には言いたいことがあるーッ!」


『なーにー!?』


中村は上半身を反らして叫ぶ。体は小さくとも、普段の部活で鍛えられたその喉から生まれる声はあらゆる意味で、男バスの誰よりも大きかった。


「俺には...好きな人がいるーッ!その人に告白する為に、俺はここに立ったー!!」


『おおーーッ!!?』


待ってましたと言わんばかりに、先程とは比べ物にならない歓声が溢れる。


「3年B組、大橋星南さん!嫌じゃなかったら壇上までお願いしますッ!」


数秒程の間の後、一人の女子生徒が立ち上がった。彼女は驚きを隠せない様子で口を両手で覆いながらおずおずと壇上へと上がる。


意中の相手が目の前まで来てくれた。その事実に中村は一度武者震いをした後、意を決し


「2年生の時から好きでした!良かったら僕と付き合って下さい!」


と、深々と頭を下げる。静寂が、体育館を包む。


「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい」


きっぱりとしたその返事が中村を貫き、晴馬達の耳を通り過ぎた。「あ~...」という落胆の声が、どこからか聞こえて来る。


中村は静かにほほ笑むと、失恋の苦しさを抑え込むかのように堂々とした態度で大橋に一礼すると、静かに壇上を後にする。


だがその直後、拍手が鳴り響いた。結果はどうあれ、彼は踏み出したのだ。誰もが出来る訳では無い、確かな一歩を。この拍手はそんな彼を称えるものだ。


「かっけぇな、あいつ...」


先程まで他人が失恋する様を楽しみにしていた人間の口から出るものとは思えない言葉を呟きながら、優悟は真剣な顔で手を叩いていた。




それからも数人の者が名乗りを上げ、それぞれの想いを叫んだが告白をしたのは中村のみだった。そして―


『さぁ、次がいよいよ最後になります!我こそはオオトリを担う!という生徒はいらっしゃいませんか!?』


「はいッ!」


『おおっと!?最初で最後の女子が名乗りを上げてくれました!どうぞ壇上に!!』


晴馬の思考が、停止する。意気揚々と壇上に上がったその生徒は、他でも無い、渚だった。


「中学3年A組、下川渚!!私には言いたいことがありまーすッ!!」


相変わらずの眩しい笑顔で、渚は小さい子供のような無邪気な調子で口上を叫ぶ。


『なーにー!?』


「私には最近出来たばかりの彼氏がいます!だからっ!私はこの場でその人に!私の想いを伝えたい!!3年B組、杉内晴馬君!!壇上までお願いします!!」


頭が真っ白になったその時、背中を強く押された。振り返ると、優悟が穏やかな笑みを浮かべながら親指を立てていた。その優しい瞳には親友であり、かつて同じ戦場に立った戦友を送り出す、「行って来い」の言葉が宿っていた。


「...ありがとよ、優悟。ちょっとこれ持っててくれ」


晴馬は彼に微笑み返すと、膝の上に置いていた長財布とスマホを彼に託し、飛び出しそうな心臓を懸命に抑えつつ壇上に上がった。再び静寂のとばりが降りる。


「晴馬君。私達付き合って1ヶ月位しか経ってないし、カップルらしいことも全然出来てないけど、私、今回の文化祭で晴馬君と一緒に居れることが凄い楽しいって改めて分かりました。だから、言います。晴馬君、私と付き合ってくれて本当にありがとう。大好きです」


『キャーーッ!!』


刹那、黄色い悲鳴が響き渡った。最後の最後で、初々しいカップルが相手に想いを伝える。目が眩むような青春の光景に、体育館は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


『ハグしろハグー!』


渚から放たれたその剛速球を受け止めきれず、心のデッドボールに人知れず悶えていたその時、晴馬の耳にそんな囃し立てが届いた。


(え。俺この場でハグするの...?)


思わず渚から視線を外してしまう。もっとも渚もここまで来るのに持ち合わせた勇気を全て使い切ってしまったのか、それを聞いた途端恥ずかしそうに下を向いてしまった。その隙に晴馬は自分の心と向き合う。


(恥ずかしがるなよ俺...。渚がここまでやってくれたんだ...。ここで男を見せないでどうするんだ...!)


意を決し、晴馬は渚に歩み寄りつつ視線を上げる。しかしそこで、晴馬の思考は再び停止することになった。


晴馬の視線の先、こちらを見守る司会の女子の背後に、白い和服を着た髪の長い女が佇んでいたからだ。


女はゆらゆらと僅かに身体を揺らしている。腰辺りまで伸びるその長い髪は鳥の巣のようにぐちゃぐちゃになっており、おまけに所々藻のような緑色の汚れが付着している。間違いない。用務員の人が見たという、女の霊だろう。


高鳴り、高揚していた心が一瞬にして凍てつくのを晴馬は感じた。恐怖が、鳥肌と共に晴馬を包み始まる。だがその時、目の前に立つ渚の存在が、晴馬の心を僅かに融かした。


(渚...渚だけは守る...)


晴馬は視線を女に縛られながらも無意識に渚を抱き寄せ、自分の胸に彼女の頭を押し付けた。


『キャーーッ!!』


再び黄色い悲鳴が木霊した。ところが


ケロ...ケロ...ケロ...


その轟音に一切妨げられる事無く、晴馬の脳内に蛙の声が直接響いて来た。直後、女がゆっくりと顔を上げると共に、ぬらぬらと薄気味悪く光る手で伸び放題の前髪を退かし、その顔を露わにさせる。


(...ッ!!)


その異形の顔を目の当たりにした瞬間、晴馬の意識が薄れてゆく。血の気が無い土色の顔に埋め込まれた女の瞳は、ぱっくりと割れた堅果のような、蛙の瞳そのものだったのだ。


「...晴馬君?」


視界が暗転する直前渚の声が、聞こえたような気がした―



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