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拝殿の上の赤い月  作者: かぼちゃの甘煮
二章 蝕み
17/24

第17話 チャイムが鳴るその時まで

「えっとね~。トッピングは流石にもう無いからプレーンのになっちゃうけど、それでも良いなら売れるよ~」


ゴテゴテに飾り付けられた教室の中、たった一人で店番をしている女子の先輩が、段ボールで作られた受付越しに微笑みかける。相手がこの学校の生徒であることと、外部の客の多くが学校を後にしている時間帯の為か、接客態度は緩々だ。


「杉内君どうする?私は全然良いよ」


「うん。俺も大丈夫。二人分、お願い出来ますか?」


「ほーい。二つで500円ね。金券そこ置いといて」


先輩はそう言いながら背後にあるワッフルメーカーの電源を入れ、机の上に置かれていたエプロンと三角巾を身に着ける。


「あれ?プレーンワッフルって一つ300円じゃないんですか...?」


黒板に書かれたメニューと値段が異なる事に気付いた渚は生地が入ったボウルのラップを徐に剥がし始めた先輩に問う。


「殆ど余り物の生地だしいいよいいよ。焼くのに時間かかるから適当に座っといて」


掌でホットプレートの温度を確かめつつ、先輩は教室内に並べられた机と椅子を背中越しに指さす。その厚意に二人は『ありがとうございます!』と礼を告げ、テーブルクロスが敷かれた机の一つに座った。


「お待たせしました~」


約十分後、紙皿に乗った熱々のワッフルが二人に運ばれて来る。


「頂きます!」


渚は運ばれて来るや否や添えられたプラスチックのフォークでワッフルを切り、口に放り込んだ。


「ふふ、あふいへほおひひい...」


「あはは!何言ってるか分からないよ!」


熱さの余りはふはふ言わせながらワッフルを口の中で転がす渚を笑いつつ、晴馬も自分のワッフルをフォークで刺し、慎重に口に運ぶ。


(美味しい...!)


食品を扱うからといって他の出し物より予算を優遇される訳では無い為、このワッフルも安物のホットケーキミックスを型に流して焼いただけに過ぎない。だがそれでもフワフワの食感と、熱気と共に鼻を抜けて来るバターの良い香りは晴馬の唾液腺をしっかりと刺激した。


『ごちそうさまでした』


二人がフォークを置いたのはほぼ同時であった。運動部ということもあってかワッフルを口に運ぶ渚の手は速く、良い意味で年頃の女子らしくない、気持ちの良い食べっぷりだった。


「美味しかったね!」


「うん、美味しかった!それじゃ、次はどこに...」


晴馬は次の目的地を決めるべく再びパンフレットを開こうとする。だがそれを渚が


「待って杉内君」


と止める。


「えっとさ。もう時間無いし、色々回るより、このまま二人でここに居ない?」


「え...?」


晴馬は思わず目を瞬かせる。文化祭で彼女と共に過ごす以上、色々な出し物を見て回るのが最良と思っていた彼にとって、それは意外過ぎる提案だった。ただ、このまま終わりの時間まで居座るのは迷惑では無いか。そう考えたその時、ワッフルを作ってくれた先輩が


「あ~ちょっとごめんね、私用事思い出しちゃって。多分お客さん来ないだろうしこのまま教室居てもいいよ」


と告げ、そそくさと出て行ってしまった。教室の扉が閉められた数秒後、先輩とその友達らしき生徒の


「あれ、美里店番してたんじゃなかったの?」


「ちょっとサボり~。どうせお客さん来ないだろうし。食堂にジュース買いに行かない?」


というやり取りが聞こえてくる。


「...先輩も居て良いってさ」


そのさりげない気遣いが照れくさかったのか、渚はいたずらっぽく微笑む。教室に差し込む、夏がまだ残る西日がその笑顔を眩しく照らした。


「えっと、下川がそう言うのなら、俺はそれでも良いよ」


晴馬はそっとパンフレットを閉じる。誰もいない教室で好きな人と二人っきり。確かに胸躍る状況ではあるが、別にそれは文化祭という特別な時間の中で無くとも作れるわけだし、それに本音を言えば最後の時間まで彼女と祭を満喫したかった。


「ありがとう。あのさ、私達付き合って1ヶ月位経つけど、あんまりお互いの事知らないなって思ってたんだ。だからこうやって二人だけで話せる機会が欲しかったんだ」


「...!」


だがその言葉で、晴馬は自分の思考の浅はかに気付く。


「貴方のことをもっと教えて欲しい」


渚の言葉は晴馬にそう語りかけているのと同義だ。そして彼女の言う通り、晴馬は付き合っているはずの渚のことを、実はまだ良く知らなかった。彼女の趣味、休日何をしているのか、果ては何故告白を受け入れてくれたのか。そんなことすら、晴馬は知らなかった。


だからこそ渚はその事実に向き合い、自分を知る為の機会を欲していた。晴馬は渚の姿が、西日に照らされている以上に眩しく、また美しく見えた。


「うん、言われてみれば確かにそうだね。俺達いっつも授業の内容とかばっか話してて自分達のこと、あんまり話したこと無かった」


「そうそう!ホント、私達って変なカップルだよ!だから神社であんなヘンテコなこと起きたんじゃない?」


「そうかもね。お前らそれで本当に付き合ってるのか~って神様にからかわれたのかも?」


「え~?だったら絶対性格悪いよその神様!」


「性格悪い...のかなぁ?一応俺が生まれた時からお世話になってるんだけど」


「あれ?それじゃもしかして一回も引っ越しとかしたこと無い感じ?」


「うん。生まれてからずっと地元変わらない」


「良いな~。私なんてお父さんの仕事の都合でさ~...」




それから二人はそれぞれを知る為の話に花を咲かせた。小学生の時の事や中学受験時代の苦労話。そして話題が回りに回って以前渚が紹介したファンタジー小説を晴馬に貸すということになった時、終了のチャイムが鳴った。


時間にして一時間弱。話の内容も普段優悟や他の男友達と交わすものと大差無い。にもかかわらず渚と過ごしたその時間は晴馬にとって、今日一日の中で最も満たされた時間となった。



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