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拝殿の上の赤い月  作者: かぼちゃの甘煮
二章 蝕み
16/25

第16話 文化祭

キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴った。いつもは億劫な授業の始まりを告げるそれが、この日だけは全生徒が待ち望む鐘の音へと変わる。


『これより一般のお客様も入場出来ます。本日はどうか存分にお楽しみください』


そのアナウンスを合図に、校門の外に並んでいた者達が順々に校内へと足を運ぶ。生徒の家族、友人に会いに来たと思われる他校の制服を着ている者、学校見学も兼ねて遊びに来た小学生等、その顔触れは様々だ。


遂に文化祭が始まった。関央の文化祭は土日の二日間に渡って開催され、その中で生徒達はそれぞれの青春を謳歌する。


教室に籠ってクラスの催し物に全力をかける者、シフトの時間以外は教室を離れ他クラスの催し物をひたすらにハシゴする者、勇気を振り絞って気になるあの子に「一緒に写真撮らない?」とか「一緒に回らない?」と誘う者、はたまた校内で使う金券の交換と売り上げの計算に躍起になり、お祭りどころではない者...。


訪れるお客が多種多様なのと同じように、それを運営する生徒達の過ごし方もまた十人十色である。そんな中で晴馬はというと...




「...マジか~」


晴馬はポップコーンの入った大きな紙コップを片手に、文化祭中という事で特別に校内で使用が許されているスマホを見つめて落胆の声を漏らす。


「どうしたよ、そんな浮かない顔して?」


先程売店で買ったドーナツを頬張りながら隣にいる優悟がその顔を覗き込む。ドーナツを手にする右腕には駄菓子が詰まったビニール袋がかけられ、左手には丸められた文化祭のパンフレットと金券の束が握られている。始まってまだ一時間も経っていないのに、優悟は誰よりも祭をエンジョイしていた。


「下川とシフトの時間めっちゃ被ってるみたい。一緒に回ろうって約束してたのに」


それを聞いた途端、優悟の顔がにやりと歪む。


「やーそれはざんねんだなー。折角彼女が出来たのに、このままじゃ去年と同じメンツで回ることになるなんてなー」


「殺すぞお前...」


心にも無い事をいけしゃあしゃあと抜かして来た優悟に晴馬は容赦なく殺害予告で返す。


「冗談冗談!それに全部の時間被ってる訳でもないんだろ?」


「うん。3時からならいけるっぽい」


晴馬は渚から送られてきたシフト表の写真を改めて確認する。


「だったらそれまで一緒に回ろう...ってあいつらだ。おーい!中村!木梨!」


会話の途中で同じ男バスメンバーである木梨と中村を発見した優悟は二人に大きく手を振る。身長180cm越えの木梨は人がごった返す中でも良く目立つ。


その声を聞いた木梨と中村は人を掻き分けながら晴馬達のもとに歩み寄って来た。


「お前らシフトまでまだ時間あるだろ?一緒に回らね?」


「おういいぜ」と中村は気前良く返事する。常にマイペースな彼にしては珍しいことだ。


「俺達12時から仕事だからそれまでなら一緒に行ける。三階の高校生の教室行かね?さっき片倉先輩が教えてくれたんだ、今ならメイド服来た平先輩見れるって」


平先輩のクラスはどうやら男子が全員メイドの恰好をした喫茶店をやっているらしい。


「マジか!行こう行こう!!『萌え萌えキュン』ってやって貰おうぜ!木梨も行くだろ?」


先輩を茶化せる絶好の機会だとばかりに、優悟は有無を言わさず最寄りの階段へと向かう。


「うん。あ、でも俺11時からのバトン部観に行きたい」


「あ~?そういや木梨、バトン部の中島好きだったもんな?」


「ッ!馬鹿、デカい声で言うな...!お前らしか知らねぇんだから...」


晴馬にからかわれ、普段飄々としている木梨が珍しく感情を露わにする。去年の夏合宿の夜中にやったババ抜きの罰ゲームで、木梨の好きな人は男バス全員に共有されているのだ。


「後夜祭の未成年の主張で告ったらどうだ?俺達だって告ったんだからさ?」


ニカッと笑いながら、パンフを持った左腕で優悟は晴馬の肩に手を回す。




後夜祭。二日目が終了した後に体育館にて開催されるそれは、とあるイベントの存在により、ある意味メインの文化祭よりずっと盛り上がるものとなっている。


そのイベントこそが「未成年の主張」だ。とあるテレビ番組の企画を名前ごとそのまま用いたもので、名乗りを上げた生徒が段上に立ち、全校生徒の前で思いの丈を暴露するというシンプルな内容である。


そんな魂の叫びの中で最も会場が沸き立つのが、愛の告白である。名乗りを上げ、好きな相手を段上に呼び出し、全校生徒が見守る中「好きです、付き合ってください」と告げる。そして心臓に毛が生えていないと出来ないこの行為に挑んだ者は、成功しようが失敗しようがその勇気を称えられ、英雄視される存在になれる。


中学高校という限られた時間でのみ許される、甘酸っぱい青春のイベントだ。


「どうだろうな~。中島結構シャイっぽいから、あんな場に呼び出したら付き合えるどころか嫌われるかもだし...」


優悟の提案を受けた木梨は三階の廊下を歩きながらズボンのポケットに手を突っ込み、もどかしそうに天を仰ぐ。


「まぁそれはあるよな~...ってそれじゃ木梨、中島が嫌がらなければ別に告っても良いってこと...?」


その発言に隣の中村が目を丸くして木梨を見上げる。普段から木梨とよくつるんでいる彼だが、その身長は男バスの中で一番低い為、木梨の横に立つと小柄さが余計に目立ってしまう。


「...うんまぁ、今すぐにとは言わなくても卒業までに絶対告りたいな、とは思ってる。杉内と大久保っていう先駆者もいる訳だし?」


「なんなんだよこの部活...勇者多すぎだろ...」


何故か関係ないはずの中村が肩を落としたところで一同は平先輩の教室に着き、恋愛の話題もそれで終わりになった。




それから友人達と共に先輩から何とか「萌え萌えキュン」を引き出したり、体育館でバトン部の演技を観ている内にシフトの時間になった晴馬は自分の教室に戻る。そしてその仕事終わり―


「お待たせ!本当にゴメンね。委員の人には希望言ってたんだけど、うちのクラス仕事多い上に大会でそもそも居ない人もいて...」


自分の教室を出て来た渚は開口一番に晴馬に謝罪した。


「ううん、気にしないで。それよりもどこ行こっか?」


そう言いつつパンフレットを広げた晴馬はしかし、内心少し焦っていた。文化祭の時間は16時半迄。そして今の時間は15時過ぎ。どう足掻いても渚とは一時間とちょっとしか一緒に居られない。それにこの時間になると体育館で催される大きな出し物が終わっていたり多くの物品が売り切れていたりして、どうしても盛り上がりに欠ける。


「ん~そうだね...。あ、ここのワッフルとかどう?すっごい人気でお昼は30分とか並んでたみたいだけど今なら行けるかも!」


そう言って渚が指さしたのは高校生が作るワッフルの出し物だった。凄く美味しいとのことなので晴馬も仕事前に優悟と行ったのだが物凄い行列で泣く泣く諦めたものでもある。


「そうだね。行ってみよう!」


本当なら彼女と色々吟味したいところだが生憎と時間が無い。売れ残りがあると信じ、晴馬は渚の提案通りその教室に向かった。

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