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「父上今は何年ですか?」
語彙を徐々に増やしてやっとここまで来た。だが話を聞いてると年という考えはあるが、どうも元号に基づく年とは全く違う。確か大化の改新から元号が始まったと何かで読んだことがある。それ以前という事か…。これはいろいろややこしいぞ。チャンスが逆に言えば出来てしまった。
中央の天皇家との結びつきを作りたい。九州の方がある時期まで先進文明だが、それはいずれ逆転する。その先進性にあぐらをかいてちゃ駄目なんだ。とりあえず会話によって船を作らせる方向にもっていこう。海運によって富を築いてから大和とのつながりはその後だ。元号ないんだけど、縄文時代って感じじゃないし、もう天皇いるよな?
「父上船がみたいです」
そんなのなんでいちいち?と、ええーまだ実はハイハイが立ち上がれるだけで前に進まないのです。クマみたいなものです。立ち上がるけど、2足歩行できない。要するに誰かに支えてもらえないとハイハイ以外どこにも移動できない。だから何より会話を頑張ったし、立ち上がるだけでもすごいんだよ。いや普通立ち上がる前に話す方がおかしいんだけどね。
「おお徳丸は舟に興味があるのか」
なんとなく分かるよ。そりゃ誰が教えたんじゃ?ってなるよ。だって先ほどの通りハイハイしかできないんだから見たことがあるわけがない。本当は変な会話なんだよな。自分の中では、船を知ってて早く見たいのだが、父は誰かに聞いた未知の船ってのみたいって思い込んでる。
ただ父は多分宗像の家のものが船に興味を持つのが多分うれしいと見てる。自分(僕)もそれをある程度狙ってるけどね。まあ面倒なのは分かるから。父親の心くすぐってやらないと駄目なんだ。早くウロチョロしたいよ。
見たが、ああこれは準構造船ってやつだな。なんというかこれがあかんのだ。日本って中国から発達したわけじゃないんだな。独特の発達してる。これが平底船につながったわけか。継ぎ足した板をどんどん重ねていくうちに底のくり船を板にしてしまったってのが日本の船だと分かる。
実に雑だな…。中国のものを根本から作るのじゃなくて、こういう風になったか。おそらく木材が豊富なせいだろうな。小さな板を組み合わせて作るような発想にならないのかと。いや中国は中国で問題がある。根本の構造が西洋のものと違う。竜骨の有無で言われるが、これは違う。中国の船は疑似竜骨のようなものがその後発展する。
今は多分違うだろうが、平底の一番底だけ狭くてちょっと頑丈な作りの船とそうじゃない船に分かれてて、疑似的に竜骨っぽい構造になってる。でも横の骨組みと合わさって西洋の船は人間の背骨とあばらの関係になってる。中国にはこれが無い。外洋をいくのに、とにかくでかい船って感じでこのまま作ってしまっている。
これは明らかに外洋を重視した船を創る必要が無かったためと思われる。行くだけなら無理やり巨大化させていけるのだが、この構造速度がでにくい。ジャンク船あたりだとかなり早いらしいが、単純に巨大化させた船はそうではないようだ。外洋とそこで戦うことを想定しない。根本的に貨物船。
将来に日本が目指すべきは西洋の船になる。だが今やるならくり船を基本とした双胴船だ。シングルアウトトリガーカヌーになる。次に荷物をなるべく多く運ぶならカヌーを二つ連結させたタイプが良いだろう。将来木工技術が上がるまでくり船でしつこくやっていけばいい。どーせ元々日本の船はかなり長い期間準構造船のままなんだから。
紙もない鉛筆もない。墨はあったはず。紙が製造される頃には宗像氏になってると思う。見たことはないが竹なんだろうな。そうだ土や砂に書けばいい。伝えられるだけでいいんだ。精密なものなんて要らない、創りながら変えていけばいい。
父は私を抱えたまま船に乗せてくれた。
「父上船を改良しませんか?」
「はて?」
「ええーっとですね、何か書くものがあればいいのですが、細かいことは砂や土に棒で書いても良いのですが、言葉にするなら、船に棒のようなものを横につけてその先に浮きのようなある程度大きなものをつけます。こうする事で転覆に対して安定性が増します」
「くり船では河や湖、海岸沿いの穏やかな波のところにしか安全には進めません。私たち一族にとって大陸半島との交易は最も重要なはずです。それに適した船を創るべきだと思います。もちろん今の板を張り付けて深くしていくのも悪くないのですが、これは余程大きなものを作らないと安定性は悪いのではないでしょうか?」
「徳丸一度乗っただけでそんな事が分かるのか?」
「父上、これは家族だけにしか話さないのでほしいのですが、3女神は当然知ってますよね?」
「当然だ」
「お告げなんてものではないのですが、僕には何故と答えられない閃きがあります。こんな早く立ち上がり、言葉を話す赤ん坊っていないんですよね?」
「ああそうだな」
「おそらくそういう事じゃないのか?と僕は思っています」
「3女神の恵みが徳丸にはあると言うのか?」
「ええまるで僕の中には別の何かが僕を動かしてる様な感覚すらあるのです。それが悪しきものだと思わない。そしてそれは僕たちが最も敬愛する3女神なのではないか?と感じました。なんというか心地よいのです。まるで僕の考えたことを後押ししてそうだと言ってくれてる様な」
嘘八百を言い切ってしまった。これにはわけがある、おそらく周りの人間は僕に対しておかしいと思うだろう。それを逆に利用して、子供の意見からだと通りにくいものを通しやすくしてしまうと仕掛けをした。うちが最も重視する3女神ならおそらくその威光を最も利用しやすいだろう。これが嘘だと知ってる人から見たらなんて罰当たりなと思うだろうが、僕にとってはそんな事どうでも良いので。
僕を交えて家族に父は話して、その後アウトトリガーカヌーの作成に入った。父には絵的なものだけ大雑把に伝えた。後は船を作る人たちと共同で進めて実際作ってみて様々な調整だと思う。数か月後完成した。だが根本的な問題だけ残ってしまった。確かに安定性は高いが、準構造船に比べてたまに波で水が入ってしまう。
ただこれどっちを取るか?って話になる。そもそもは縄文時代はシンプルなくり船であっちこっち行ってたようだ。それに比べたら格段の進歩で荒い海での転覆って点では、準構造船なんか比べ物にならないぐらい安定性が高い。うーん、これは交易って点では欠点だらけだな。使い道はいろいろあるので、もっと性能が良くなることを願って一旦僕は距離を置こう。
ある程度大きくなって、僕は小型のアウトトリガーカヌーを使って帆船が出来ないか?と考えていた。喫水の低さが欠点となるならそれをメリットになるようなものを考えると、小型のわりに安定性が高いって点になる。その利点を生かすならヨットみたいに進化させるのが良い。そもそもポリネシアではそういう方向に向かったのだから。
かいと帆を組み合わせて一人用のカヌーを創る、そんな事を目指していた。そのために最も重要なのは帆である。布が高価すぎる。そのため昔日本でも使われていた筵による帆をやろうと考えた。もちろん本格的なむしろとちがってある程度薄くしなくちゃいけない。畳の表面のようにいぐさを使ってもいいかもしれない。いろいろ試してみよう。
これが成功して漁船として僕以外も使うようになる。交易を考えてダブルカヌーも考案して伝えておく。ただこれは昔あったらしい。問題があって廃れてしまったが、おそらくつなぎ方が悪かったと考えて再び挑戦してほしいと伝えておく。これについては、アウトトリガーカヌー制作の経験と技術がフィードバックされ過去とは違うものができると考えたためである。
僕は僕で、帆船方式のこの船で遠乗りを挑戦するため潮などを経験者から聞いて経験を積み重ねていく日々を暮らしていた。試行錯誤とは言いつつもすぐに発展できたのは、ポリネシアの3角帆を見たことがあるのが大きかった。
ずいぶんうまくなったと自信をつけ、ある日家族に黙って半島まで行ってみようと航海に出る。これが見事に失敗した。僕は後悔の中死んでしまった。