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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち
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受付係の勘違い②

 魔法騎士団本部は三階建てで、宿舎も兼ねてあるらしい。とりあえず任されたのは、各階にセットされたカートからシーツを取り出しベッドへと被せていく作業だけなので、ニ時間そこそこもあれば終わった。


「あ~、いい運動になった。これで大体最後かな?」

「ふぅ、お疲れ様~。初日からごめんね、助かったわ。あら、あなた……」


 軽く汗ばんだ額を拭いながら部屋から出てきたセシリーに、受付の女性から声がかかったが、今さらながら彼女は何かがおかしいのに気づいたようだ。


「その格好……。もしかして、お手伝いさんじゃ、ない?」

「ないです。というか、私は聞いてないです」


 今のセシリーの格好は、サフランイエローのワンピースドレスに淡いグリーンのカーディガンを重ねた町着で、明らかに仕事着ではない。


「嘘。だって昨日確かに、ひとり手伝いの人が来るって――」


 大きく動揺した女性のもとに、かちゃかちゃと鎧を鳴らしたひとりの騎士が焦った様子で駆け寄ってくる。


「すいませんロージーさん! 頼んでたお手伝いの人、来れなくなったって言うの忘れてまして……そ、それじゃ!」

「ちょっとあんたねぇ! あ~……」


 騎士は逃げるように去り、ロージーと呼ばれた受付の女性は手を伸ばしたままその場で固まった。どうやら連絡の行き違いがあったらしく、父のせいではなかったようだ。


「え~と。あは、あははははは……」

「あはははは……」


 そんなこんなで、魔法騎士団本部受付ではしばし、青ざめた受付係ロージーとセシリーの、とても気まずそうな笑いが響くことになる。


 ……そして数分後。


「本当に、ごめんなさ~い!」


 職員用の控え室に招かれたセシリーの目の前には、平謝りするロージーの姿があった。


「あたしとしたことが、まさかお客さんにシーツ交換全部やらしちゃうなんて。くうっ、末代までの恥よ……!」

「大袈裟ですよ。気にしてませんから」


 お茶と菓子を用意してくれた彼女は、さめざめと顔を両手で覆った。その口調は初回会った時とは違い、ずいぶん砕けた感じだ。


「いや~、騎士団も意外と懐事情が厳しくてさぁ、あたしがこうして手すきの時間にできることはやるようにしてるんだ。掃除、洗濯、まあ食事の用意なんかも。仕事は山ほどあるんだけど、最近人が辞めちゃったばかりでね。セシリーさんだっけ、忙しかったとはいえ、本当ごめん」

「いえいえ、体を動かすのは嫌いじゃないから、結構楽しかったです」


 セシリーが笑顔になると、ロージーもカラッと破顔して見せた。


「そう? あなた、変わってるけどいい子じゃない。お給金替わりとはいかないんだけど、よかったらそれ食べて。王室にも出してる店のケーキで美味しいやつだから」

「わ、ありがとうございま~す!」


 セシリーは出された(あめ)がけナッツの乗せのパウンドケーキを口に入れた。ほんのり効いた洋酒がアクセントで、とっても甘い。


「ごめんねぇ、団長もお昼までは帰ってきそうにないし、ちょっとゆっくりしててよ。あたしはまだ仕事があるんでちょっとあちこち行くけど」

「あ、それじゃ私、お手伝いさせてもらってもいいですか?」


 特にやることも無く暇をつぶすのも何なので、手を上げたセシリーだったが……服装から判断されたのかロージーにはしかめ面で遠慮されてしまう。


「ええ、さすがにそれは悪いでしょ。見たとこあなた、いいところのお嬢さんなんじゃないの? 何かあったら心配だし」

「一応貴族籍には入ってますけど、元はただの商家の娘でして、なんでもやりますよ。料理も、洗濯も、生きるための仕事ですもん! お願いします、ご迷惑は決してかけませんので! この通り!」


 しかしそこは商家の娘、とんでもないと首を横に振るとセシリーは商人張りの押しの強さを見せ、ロージーは弱った様子ながら承諾してくれた。


「わかったわかった。そこまで言うならちょっと色々お願いしちゃおうか。じゃあ着いといで、ここでの仕事を教えてあげる。後でちゃんとお給金も出るよう交渉するよ」

「ありがとうございます!」

「その前に、今更だけどちょっと着替えちゃおっか。上等な服を汚させても申し訳ないからね」

(えへへ……家に閉じこもってるよりこっちの方がずっと楽しそうだわ)


 ロージーに連れられて衣裳(いしょう)部屋へと向かいながら……セシリーは先程の不満もどこへやら、今回のことは中々面白い体験になりそうだと、にんまりとした笑みを浮かべるのだった。




 早朝に出立して数時間。日差しは高く、もう正午はとっくに過ぎていた。


「少し遅くなってしまいましたか。もしかしたらセシリー嬢を待たせてしまっているかも知れませんね。急ぎましょう」

「チッ。正騎士団の奴らがごねるから……」


 本日キースとリュアンは王宮にて開かれた緊急の会合に出席していて、たった今魔法騎士団へと帰りついたところだ。名目は『ファーリスデル王国の防衛体制に関しての会合』というもの。


 政府高官も出席しており、仰々(ぎょうぎょう)しい名前が付けられたこんな会議であったが、実際の内容の大半は魔法騎士団に対する魔物への対応の催促や当てこすりがほとんどで、政府の協力や増加する魔物たちへの対抗策は何も得られなかった。ただただ時間を浪費するだけとなった、そんなふたりの肩は重い……。


 どうせ、高官たちもあえて目に見えた問題を突くことで、自分たちの不祥事から目を逸らさせたいだけなのだ。それには正騎士団よりも、近年発足したばかりでまだ大きな発言力のない魔法騎士団の方が槍玉にあげやすい。完全に舐められているのは明らかだった。



「くそっ、どいつもこいつも……」


 リュアンは苛立ちを隠せない様子で石だたみを蹴りつけ、それを腹心であるキースが(なだ)める。


「ま、仕方ありませんよ。目立つ我々が面白くないという彼らの気持ちも分からないでもない。要はお偉方の前では、我々の様な大して実績のない若造は大きな顔をせず……黙って言うことを聞いておけということです。こればかりは、我々の努力だけではなんともなりません」

「そんなことはどうでもいい! 奴らは、国を背負っている者だという自覚があるのか!? あいつらの判断の一つ一つで誰かの命が失われるかもしれないんだぞ……個人的な感情や利害は排して一丸となって協力し、どうすれば多くの人を救えるのかもっと真剣に話し合うべきだろ! それを正騎士のやつらまで……」

「まあまあ。ここで我々が怒っても、何も変わりませんよ。今成すべきは粛々(しゅくしゅく)と実績を積み、味方を増やすこと。周りのこちらを見る目が変わるまではね……おや?」


 本部目の前でキースは、はたと足を止めた。

 建物の前で見慣れない女が(ほうき)を振っている。髪を後ろでくくり、レースつきのボンネットを被っていて、後ろを向いているのでこちらからは顔が見えない。


「新人か?」

「かもしれませんね。ロージーがこないだも忙しくてたまらないので新しい人を早く雇えと、人事担当のケイルをどやしつけていましたから」


 口の端に笑いを(にじ)ませながらキースは近寄ると、背景に薔薇でも浮かびそうな笑顔を浮かべ、女の背中に声をかける。


「お初にお目にかかります、美しいお嬢さん。新しくこちらに配属された方でしょうか? であれば私が、手取り足取りこの魔法騎士団についてレクチャーを……」

「俺は先に戻ってるぞ」


 いつもながら手慣れた彼に、付き合っていられんと横を通り過ぎようとしたリュアンだったが、女性の顔を見てつい半身を引いてしまう。


「お帰りなさい、おふたりとも」

「はぁ!? あ、あんた、どうしてここに!? その服……」


 にっこりと微笑んだのは、まさかのセシリーだったのである。彼女は箒を壁に立てかけると、見事なカーテシーでふたりを迎えた。


「今日から、ここでお世話になることになりました」

「嘘だろ! おい、なんなんだ、こいつ! キース、なんとかしろ!」

(そういう話は聞いていませんが……)


 騒ぐリュアンを余所に、キースはセシリーと視線を交わし合う。彼女がリュアンを指さしぺろりと舌を出したのを視界に収めたので、先日の意趣返しで少々からかってやるつもりなのだろうなとキースはすぐに判断した。


(おっと、これはこれは。全く予想外でしたが……面白そうだし、乗ってあげますか)


 こんなリュアンを弄る絶好のチャンスを逃してなるものかと、キースはやや大袈裟な仕草で手のひらを拳で叩く。


「ああ、そうでした! 実はあの後、彼女のことをロージーさんやケイルに伝えましてねぇ、もし御本人が了解するようでしたら、ここで少し日常業務のお手伝いをしてもらえるように話をして欲しいと頼んでいたんですよ」


 そんな風にうまく話を合わせたキースに、セシリーはにまっと口の端を持ち上げる。


「そうなんですぅ、ロージーさんに色々教えていただいてまして」

「は? 何だ!? じゃあ今日から俺は毎日こいつと顔を付き合わせなきゃならんのか? 嘘だろ!? ケイルとロージーを呼んで来い!」


 リュアンは面白いほどに動揺し、本音を漏らしだす。そこへセシリーは追い打ちをかけるように(しな)を作った。中々の役者っぷりである。


「そ、そんなにも嫌わなくたって。ひどいですわリュアン様……私はただ、あなたのお役に立てるから、頑張ろうって……」  


 顔を俯けて悲しそうな顔をし、涙までたたえてみせる。よくよく見ればかすかに口元が震えているのだが、ささやかすぎて今のリュアンでは気付けそうにない。


「お、おい……そんな顔をするんじゃない。べ、別にそこまで言ってないだろ。俺はただ、あんたのことがちょっと苦手で、嫌な気分にさせても可哀想だからと思ってだな。な、泣くな、頼むから」


 あのリュアンがポケットから真っ白なハンカチを取り出しておろおろしている。その仕草を見てキースは込み上げる笑いを噛み殺すのに苦労した。なにせ、自分より余程巨大な魔物に敢然(かんぜん)と立ち向かう彼が、なんとも言えない困り顔で両手を出しては引っ込め、終いには今にも泣き出しそうな表情でちらちらとこちらの方をを見てくるのだ。


(たまりませんね、これは……ククク)


 目の前で行われる喜劇は最上の娯楽だ。この場に居合わせたことを感謝しながら、キースはふたりの行動を見守った。だがセシリーは、あまり長引かせても(こく)だと思ったか、顔を覆った両手を外し、潤んだ目でリュアンを捉えた。どうやらばらしてしまうつもりらしい。


「リュアン様。今から言うことをよく聞いてくださいませ。私、実はあなたに……」

「ど、どうしたんだセシリー嬢。な、なんなんだ、そんな目で見つめられても俺は、騎士として……」


 顔を背けたリュアンの美しい細面には、珍しく少し朱が差している。

 徐々にふたりの間で緊張が高まり、まるで愛の告白をするような雰囲気の中、セシリーは花開くような笑顔を向け、態度を裏返した。


「砂粒ほどの好意もございませんのでご心配なく。ちなみに、全部嘘です」

「騎士として…………は?」


 食い違うセシリーの表情と言葉にリュアンは混乱し、額に手を当ててよろけたが、彼も騎士として誇りがある。なんとか踏みとどまるとセシリーに真意を尋ねた。


「ちょ、ちょっと待て……。俺としたことがどうも何かをどこかで聞き間違えたようだ。もう一度最初から言ってくれないか」


 セシリーは、先程と同じく真っ直ぐに目を見つめ、きっぱりリュアンに告げようとした。したのだが……。


「ですから、ここで勤めることになったと言うのは全部真っ赤な嘘でひゅっ……! っくくくくくく!」


 ついにこらえきれなくなり、途中でしゃがみ込んで笑いの衝動に身を任せ始めた。もうこうなれば止まらない。


「…………へ? ちょっと待て、でもキースが、キースだって……っキース、お前!?」

「ごほっ!!」


 そして、振り向いたその悲しそうな顔にキースも耐えられなかった。盛大に身体をくの字に折り、地面に膝まで突く。


「ハ、ハハハハハッハッハッ……不味い、おかしくて息ができない! まったくあなたねえ、冷静に考えて彼女のような御令嬢が望んで我々の世話をしに来るなど、あり得ないでしょう! いくら身内だからといって、少しは疑いなさいよ……! いやぁしかし、セシリー嬢お見事。あの切なそうな顔は実に……ッハ!」

「キース様のおかげですわ……。ああでも、リュアン様って可愛い御方! こうまで綺麗に冗談に引っかか――お付き合い下さるなんて。とっても純粋で、素敵な、素敵な……ぷふーっ、ひぃっひっひ」

「な、なんだなんだ、なんなんだお前ら! 俺は、俺は団長なんだぞ! ちくしょう……なんだよっ、お前らのような奴らのことは、もう絶対に信じてやるものかっ――!」


 胸が張り裂けんばかりに切なげな捨て台詞を残し、儚げに胸を押さえた騎士団長は、魔法騎士団本部の中へと走って消えた。しかしそれは笑いのツボを刺激しただけで、ふたりの腹筋をさらに激しい長期戦へと追い込んでゆく。


(あれ、キース副団長と、誰だ? 何してんだろ)

(さぁな……どうせまた団長弄りだろ? 団長大好きだからな、あの人……)


 その場でひぃひぃ(あえ)ぎながら立ち上がってはしゃがみ込むふたりの脇を、通りすがりの騎士団員たちは声を掛けるのをためらいつつ……なにが起こったのか、かなり正確に予想して肩をすくめ、通り過ぎていった。

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