受付係の勘違い①
あくる日、セシリーは再び意に沿まぬ形で魔法騎士団本部へと赴かされていた。
「はぁ……。なんで私がこんなことしなくっちゃいけないの。お父様の考え無し!」
結局あの後収拾がつかなくなったため、リュアンとキースはクライスベル邸を退出し、後日彼女がオーギュストの代理で物品販売の交渉役として派遣されることになった。こういった仕事は本来ならばクライスベル商会の商会員が務めるべきなので、セシリーは強引に押し付けた父に不満たらたらである。
輝くような美男美女に羨望の眼差しを向けながら、道の端を遠慮がちに歩くと彼女はやがて、敷地の一角にある魔法騎士団本部にたどり着いた。今日は隣にラケルがいないから少し緊張するが、深呼吸をした後、思い切って建物の内部に踏み込む。
「あの、すみませ~ん! 私クライスベル商会から参りました、セシリーと申します! 父オーギュストの名代で物品販売の交渉役を仰せつかりまして……って、あれ?」
だが、受け付けには誰もいない。昨日は落ち着いた雰囲気の女性が対応してくれたというのに……。
(あらら、誰もいないのね。困ったな……)
どうしようもなく、セシリーは荷物を下ろすと周りを見回す。昨日は落ち着いて見られなかったが、さすが王国の騎士団、随分と品のよい内装だ。薄いベージュの壁紙に床はラズベリー色の絨毯が敷かれ、ウォルナットだろうか、渋い色の木材でできたどっしりとした受付台の真上には、落ち着いた感じのアンティーク調のシャンデリアが淡く瞬いている。
「よし、ちょっとゆっくりさせてもらおっと」
いい雰囲気の調度品に囲まれ、緊張が和らいだセシリーは、脇にあったソファにゆっくりと身を沈めて深いため息を吐いた。
(ふぅ、会えば喧嘩になっちゃうし。絶対あの人と私、相性悪いんだわ)
思い出すのは昨日の騎士団長リュアンの青筋の浮いた笑顔。
彼はあの後薬も受け取らず……セシリーと一言も口を聞かずに苛立ちのままクライスベル家を後にした。こちらも礼を欠いたとはいえ、長たるものが取るにはあまりに心の狭い態度ではないか。
(あんな風に怒らなくたっていいじゃない? 恋人もいないって話だし……きっと性格が物凄くひねくれてて、女の子が寄りつかないのよ)
頭の中でリュアンがワハハと悪魔のような笑みを浮かべてこちらをあざ笑い、セシリーは眦をきっと吊り上げる。
(そりゃさ、とんでもなく美形だったのは認める。けど思いやりのない人はダメ! いくら能力があったって周りの人に辛い思いをさせるんだから……でも)
そのわりには、キースとかいう副団長やラケルはずいぶんと彼に胸襟を開いているように見えた。長く付き合えば、また評価も変わるのだろうか。
う~んう~んと、セシリーが腕組みしてうなっていると、謎の振動と共に、奥から騒々しい足音がどんどん迫ってくる。
(受付の人、帰ってきたの……? って、うわぁぁ!)
「でりゃーっ、どいたどいた~っ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!? なになになんなの!?」
腰を上げて通路を覗き込んだセシリーの目に映ったのは、少しバランスが崩れれば倒れてしまいそうなほど、大量のシーツを積載したカートだ。
それはセシリーの目の前で急停止すると、後ろから先日受付で対応してくれた人物がひょこっと顔を出す。女性用の黒い制服をきっちり着こなす、短い髪の美人さんだ。
「おっ、あなた昨日の? もしかして今日来るっていう新しいお手伝いさんって、あなただったの!? そうよね、そうに違いない!」
「え、違……」
セシリーはそこで詰まった。父親が、キースに「娘を自由に使ってやってください」というようなことを言っていたのを思いだしたのだ。しかし詳細を話す前に、それはせっかちな女性に肯定と捉えられてしまった。彼女はセシリーの両手を強く引く。
「やった、丁度よかった! 洗濯物の回収は私がするから、あなたベッドメイクできる!?」
「で、できますけど……」
商家の娘だったセシリーは一通りの家事くらいは教えてもらったので、つい勢いに負け、こう言ってしまったのが運の尽き。
「よっしゃ助かる! それじゃ一階の、扉に番号付いた部屋の一番目から時計回りに新しいシーツ掛けて行って! カートはあそこ!」
「でも私、お手伝いさんじゃ……」
「急ぎだから任せたわよ! うおりゃぁぁぁぁ…………!」
女性は瞬く間に暴走カートを引きつれて消えた。昨日はあんなに上品に対応してくれていたいうのに、なんという様変わりだろうか。意外な一面は誰にでもあるのだなと、セシリーはリュアンを一方的に決めつけていた自分にちょっとだけ反省した。
「まぁ……いっか。なんか忙しそうだし」
そっとため息を吐くと、セシリーは綺麗なシーツが乗せられたカートを押し、順番に騎士たちの部屋を訪問していく。幸い建物内に人気は無く、皆訓練や任務で皆出払っている様子だ。
「よっこいせと。有望な取引先になるかも知れないんだし……ここはいっちょ、恩を売っておくとしましょうか」
そう言って邪魔な袖をまくると、鼻歌交じりでセシリーはベッドの上に丁寧にシーツを広げ、せっせせっせと伸ばして整えるのに夢中になった。