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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち
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クライスベル邸への来訪者②

 ラケルに送られ、クライスベル伯爵邸へと帰還したセシリー。父オーギュストが魔法騎士団からの来客をもてなしていくれていると聞いて、彼女はすぐさまラケルもお茶に誘うと、応接室へ向かう。


 室内からは和やかに談笑する声が響いてくる。扉の前でノックして背筋を伸ばしたセシリーは、部屋に入るとなるべくお淑やかに聞こえそうな声を意識しつつ、深くお辞儀をした。


「申し訳ありませんでしたお二方、入れ違いになってしまいまして……。改めまして私、クライスベル伯爵が娘、セシリー・クライスベルと申します。昨日は危ない所を救っていただきどうもありがとうございました」


 すると侍女から聞かされていた通り、ふたりの男性騎士と目が合う。

 騎士たちは目線を後ろのラケルに送った後すっと立ち、セシリーの前に進み出て、無駄を省いた美しい所作で一礼してくれた。


「いや、こちらこそ先日は失礼した、セシリー嬢。改めて名乗らせていただこう。ファーリスデル王国魔法騎士団十二代目団長、リュアン・ヴェルナーだ」

「同騎士団副団長キース・エイダンと申します。よろしくお願いしますね、セシリー嬢」

「よ、よろしくお願いします……」

 

 セシリーはリュアンと握手を交わすと、同様にキースに手を差し出したのだが……彼はそれを握ると腰をかがめて青髪をさらさら流し、手の甲に微かに唇を触れさせる。背景に蒼薔薇でも幻視できそうなその流麗な仕草に、思わずセシリーは見惚れてしまった。


「いい加減にしろ、キース。しかし、てっきり危険な目に遭ったせいで部屋に閉じこもってもおかしくはないとお見舞に伺ったのだが、そんな心配は無用だったようでなによりだな」


 リュアンはそんな青髪の騎士の(すね)を蹴りつつ、セシリーに真面目くさった顔を向けたが、またも彼の言葉は胸をチクリと突くもので……セシリーにはまるで、「(さら)われかけた直後にまた能天気に外に出るなど、この娘の図太さは折り紙付きだな」などと言われたように聞こえてしまう。


 彼女は笑みをやや引きつらせ、さりげなく鞄を探りある物を取りだした。ラベンダー色の可愛い薬壺に入ったクライスベル商会謹製の軟膏を、彼女はリュアンの前に奥ゆかしく持ち上げてみせる。


「ええ、おかげさまで私はこのとおりですわ。でもリュアン様はそんなにもお顔を真っ赤に腫らされて……私のせいで大層辛い思いをされているのでは? こちら、当家で販売している効き目の高い薬ですので、もしよろしければたっぷりお使いくださいませ」


 悲しそうに微笑むセシリーに嫌なところを突かれ、リュアンの額にピシッと(しわ)が刻まれる。


「結構。騎士団員たるもの、日々自己鍛錬を怠ってはいかんのでな。自己治癒力の向上もそれにあたるのだ。これしきの物の数ではないさ……ははははは」


 言葉だけは丁寧に、そっと薬壺を返そうとするリュアンの手を、させるものかとセシリーは強引に押しやった。


「でもですね。団長たるリュアン様がそんなお顔でいらっしゃれば、皆様がご心配なさってきっとお仕事に差し支えが生じましてよ! ここはっ、ぜひ、これをお受け取りくださいませぇっ……!」

「いいや、必要ないっ! 我らが団員たちは皆屈強な精鋭揃い。こんな傷程度で動揺して任務に支障をきたす弱卒など、おらんのでなぁぁ……」


 こうなるとリュアンも意地で、決して受け取ろうとしない。ふたりの間で妙な緊張感の元押しつけ合いが始まった。


(ちょっと、どうしたんだよ、ふたりともいきなり喧嘩腰で……! 雰囲気やばいですって! キース先輩、どうにかしてくださいよっ)


 怪しくなりはじめた雲行きに、ふたりの馴れ初めを知らないラケルがキースの肩を揺さぶり助けを求めたが、彼はとりあう様子もなくオーギュストとの談笑を続けている。


「いやあ、放っておきなさい。意外と男女の仲はあんな感じで始まったりするものですよ。ねえ、オーギュスト氏?」

「うむ、キース殿の言う通り。私も昔、妻を怒らせたことは何度もあったが、それを乗り越えてこそふたりの仲は深まりました。見たところ、相性は悪くなさそうだ」

「あれでなんですか……!?」


 そんな会話の間にも顔を真っ赤に染めたセシリーが、もう強引にリュアンの頬に塗りたくってやろうかと飛びつく準備を始めた時……キースと父の聞き捨てならない会話が、彼女の耳を自然と吸い寄せた。


「実はあの通り、ウチの団長はとんだ朴念仁でして、いい年をして恋人のひとりも作ろうとしないのですよ。人間的成長には恋愛は欠かせないと日々説いているのですがね……。今回の節刻みの舞踏会もひとりで出席するわけにもいかず、困っている次第でして……」

「なんと! ではぜひセシリーをお連れくださいませ。あのような娘ですが、着飾って化粧をすれば、なんとか誤魔化せんこともないはず。先日婚約を破棄されたばかりで、それを忘れるには新しい殿方と接するのが一番効果的でしょうし」


 リュアンも同様に捨て置かず、一旦セシリーから離れるとキースの襟首を掴み上げ怒鳴る。


「おい、馬鹿キースふざけたことを言うんじゃない! こんながさつそうなっ……もとい、(しん)の強そうな女性に俺の都合に付き合わせるなど可哀想だろう! 細やかな気遣いがいる社交場などに彼女を送れば、いらぬ恥をかかせることになるだけだ!」

「父上! 勝手にそんなこと決めないでよ! 私にこんな偏屈な……こほん、こんな思慮深い方のお相手として舞踏会に参加するなんてできるわけない! 分不相応すぎるもの!」


 リュアンの決めつけも今は無視し、セシリーも父の方へと強い言葉で噛みついていく。


 だがふたりの、互いへの遠回しな批判は一層キースたちを盛り上がらせ、彼らは仲良く肩を叩き合って勝手に話を進めていった。


「やぁやぁ、ふたりとも息ぴったりじゃないですか、オーギュスト氏。実は我々も細々とした備品を購入するのに融通の利く商会を探していましてね。その件も踏まえ、ぜひ御息女と団長の交流を前向きにご検討いただけませんか」

「願っても無いお話ですな! 実は娘もあんなことを言っておりますが、リュアン殿にはとても感謝しておりまして……ぜひ何かお礼をしたいと息巻いておったのですよ!」

「きゃあぁぁお父様の馬鹿、ち、違うから! そんなんじゃないっ……もう黙ってよ!」


 悲鳴をあげたセシリーがオーギュストの口を左右に引っ張るが、彼はものともせずに底意地悪く笑うと(のたま)う。


「セシリー、これは家長としての命令だ! お前はしばらく魔法騎士団の方で雑用でも何でもさせていただきお世話になりなさい! どうせマイルズ君に振られた後家に閉じこもっているだけで、特に予定も無かったんだろう?」

「勝手に決めないでよ! 私、絶対に行かないから――っ!」


 一方、セシリーが思いの丈をぶちまけた隣で、リュアンの方もキースに食って掛かっている。


「――おい馬鹿眼鏡ッ! お前のせいで面倒臭いことになってきただろうが……どうしてくれる!」

「ふん、どうもこうもありませんよ。悔しかったらご自身で、一緒に舞踏会に出てくれるような女性を探してくればいいじゃないですか。それにセシリーさんはお可愛らしい方ですし。あなたとの相性も抜群だ。あんな風に女性と自然なコミュニケーションを取っているところ、私は初めて見ましたよ?」

「どう見てもあれはそういうんじゃないだろが! もういい……こうなったら力づくで否定させてやる!」


 リュアンの指先が滑らかに魔法陣を描きだし、光があくまで飄々(ひょうひょう)としたキースに向くが……。


「ちょ、ちょっと団長、こんなところで『雷撃』の魔法なんか止めてくださいぃ! 屋敷が黒焦げになっちゃいますぅ!」

「いけませんねぇ、他人様の家で暴れるなど品がない。騎士としての器が知れますよ」


 ラケルが横から(すが)りついてそれを必死の思いで止める。だというのに、なおもキースは彼を挑発し、リュアンの怒りを煽り立てる。こうなってしまえば貴族も騎士も関係ない。


 ……そしてわいわいと騒ぐそんな彼らを、壁際でたたずむ侍女たちのひとり――エイラは呆れ顔で見つめていた。


(はぁ、お館様も御嬢様もお客様の前で、後始末をするこちらの身にもなって欲しいものです。……痛たた)

「エイラさん、大丈夫ですか?」

「……ええ」


 持病の、原因不明の胸の痛みが出て隣の同僚に心配されたエイラは、激しく罵り合いを続ける黒髪の騎士に奇妙な懐かしさを覚えた。だが彼と面識は無く、気のせいと思い直すと周りに声を掛ける。


「なんでもないわ。とりあえず、片付けてしましょう~。皆さんお願いしますね~」


 細かい気配りも古株である彼女の仕事だ。騒ぎ立てる客たちを前に、同僚たちとぶつかりそうなテーブルを避けると、エイラはまとめ役として手際よく片づけを指示しながら、頬に手を添え困ったように微笑む。

 

(ふふっ、魔法騎士とはこういった方たちなのね~。賑やかでなんとも楽しそうな……)


 もちろん親子の方も負けてはいない。娘にいくらどつかれてもめげないオーギュストに苦笑しつつ、成長したセシリーの姿に、エイラはこんな気忙しくも心躍る生活の終わりが近づいていることを実感する。もうセシリーも、子供ではないのだ。


(いつまでもこのままではいられないわよね……)


 胸の痛みは寂しさのせいだと割りきり、エイラは両手が塞がる同僚たちのために扉を開けた。セシリーを思うならば、姉替わりとして付き合う人間を見定め、忠告してあげる義務はあるのかも知れない。しかしオーギュストのお墨付きもあるなら心配は無いのだろう。


 愉快そうな彼らなら、セシリーともきっと気が合うはずと、勝手に納得したエイラは応接間を外から覗きながら、ゆっくり扉を閉じてゆく。


(御嬢様~、子どものような殿方たちのお相手は大変でしょうけど、どうか頑張って下さいませね~……)

「私、絶対に嫌ぁぁぁぁぁ――――!」


 外まで響きそうなセシリーの絶叫はそうして、パタンという開閉音と一緒に静かに途切れた。

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