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訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第一章 セシリーと魔法騎士たち
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親切な新米騎士

 婚約破棄の翌朝、セシリーは馬車で送られ王都にあるファーリスデル正騎士団本部の建物を訪れていた。そして、受付で少し嫌味な感じにこんなことを言われた。


「あなた、場所をお間違えですよ」

「へっ? ここじゃない!? だって、騎士団の本部でしょ?」

「ええ。ですがここは、『正』騎士団の本部ですから。『魔法』騎士団は敷地内のまるで反対側にあります」

「そ、そうなんですか……。すみませんでした」


 どうやら盛大に勘違いをしていたらしく、詳細な場所を説明してもらうとセシリーは、白い建物の入り口から出て辺りを見回す。


(はぁ、間違っちゃった。普段来ないんだから仕方ないわよ。でもすっごい広さ……こんなとこ、私本当に場違いだわ)


 王城にはさすがに敵わないだろうが、クライスベル家の数倍はありそうないくつもの建物を中心とした正方形の敷地は、とにかく広大と言うに尽きた。元々は王城の敷地内に隊舎が有ったらしいのだが、王国の発展にしたがい次第に城内が手狭になったため、近年新設されたのだということだった。


 今さらながらセシリーは顔を赤くすると肩をすぼめ、道の端を歩いていく。さすが騎士団、行きかう人々は誰も彼もが自信に満ち満ちて、びしっと白い制服を着こなした姿は滅茶苦茶格好いい。


(なんか緊張するぅ~……)


 平凡な自分が逆に悪目立ちしているような気分になり、思わずうつむいてぎこちなく歩くセシリー。しかし、彼女はもっと周囲に気を配るべきだった。


 突然視野外からどーんとぶつかってきた何かに突き飛ばされ、彼女は横合いの茂みの中に大きく倒れ込む。


「わぁっ! ったぁ~、なんなのよ一体」

「ワウッ! ハッハッハッ……」


 立ち上がろうとした彼女の体の上に、もふっとした温かいものがのしかかった。一抱えもある毛玉お化けをなんだろうと腕で押し上げると、先細った獣の顔から舌が伸び、セシリーの顔をぺろっと()める。


「ウォン!」

「い、犬? なにこの子……」


 千切れそうなほど尻尾を振り、嬉しそうに彼女を見下ろしたのは、純白の毛並みを持つ一匹の子犬だ。とはいえそれなりの大きさはあり、引きはがすのに苦労する。


「もう、びっくりするじゃない。まったく、ずいぶん人懐っこいなぁ」


 一直線にこっちに走ってきたのを見ると、おわびのひとつとして持ってきた菓子折りにでも目を付けたのだろうか。やらないわよと、セシリーは唇を尖らせながら見下ろすが、子犬は何が楽しいのか彼女に懸命にじゃれかかる。よくよく見ると、子犬はどこかに引っ掛けでもしたのか後ろ脚に赤いものを滲ませ、怪我をしているとわかった。


「む……仕方ないやつめ。よいしょっと」


 荷物を丁寧に脇に置くと、セシリーは犬を抱えて芝生に座り込み、鞄に忍ばせた応急処置道具を取り出す。クライスベル商会が直接人を雇い製作している幾つかの製品のひとつ、いわば謹製(きんせい)とも言える、消毒液やら包帯やらが入った便利なワンセット。


「ほら、ちょっとじっとしてなさいね」

「キャン……!」


 セシリーは痛みに暴れる犬を押さえ、丁寧に傷口を消毒すると、血止めと包帯で傷を覆う。治療が終わり、てっきり怖がってそのまま逃げてしまうかと思ったが、犬はそのまま尻尾を振ってこちらを見上げ、また周りをくるくる回った。


「よしよし、よく我慢したわね、偉い偉い。あなた、ここで飼われてるの? このスカーフも騎士団のマークが入ってる物だし、さっきの本部に連れて行った方がいいのかな? 名前か何か書いてあるといいんだけどな……」


 毛並みも綺麗だし、敷地内で世話されていた犬が逃げ出して来たのかと、セシリーは首元を撫でてやりながら黒いスカーフの表裏を見たが、手掛かりは無い。しかし次いで耳に届いた声で、子犬の名前はすぐに知れた。


「リルル~!」


 誰かが大声で叫びながらこちらに近づいてくる。白い犬も反応して顔を上げたから、きっと世話係の人に間違いないはず。


「こっちで~す、多分!」


 セシリーが手を上げて知らせると、走ってきたのは、他とは違う黒い制服を着た、長めの赤髪を首元でくくった男の子だった。


 体つきはやや小柄で童顔だが、明るい髪と赤目も合いまってとにかく元気そう。日差しをたくさん浴びて育った赤いアネモネのような……見ているだけで楽しくなってくる、快活な笑顔の好男子だ。


「はぁ、はぁ、ありがとう! 教えてくれて助かりました。こらリルルっ、本当勘弁してよ? お前がいなくなって怒られるのは僕なんだから!」

「ガウゥ……!」

「何だよっ!」


 犬と威嚇(いかく)し合う男の子にセシリーはどこかで見覚えがあった。それが昨日ちらっとみた騎士二人組のかたわれだとすぐに思い出し、セシリーは両手を打ち鳴らす。


「あっ、あなたこないだの?」

「……あっ! 団長が昨日助けた人ですよね、どうも!」


 すると彼も気がついたか、額に手をかざして敬礼し、挨拶してくれた。まだ若く、年齢は多分セシリーと同じか少し下か。昨日の騎士団長こともあり、彼らには少し警戒していたのだが、その屈託のない表情には思わず毒気を抜かれてしまう。


「あっ、もしかして手当てしてくれたんですか? こいつ変なところばっかり通ろうとする癖があって怪我ばっかりするんですよ。ありがとうございます!」

「いえいえ、たまたま気付いただけですから」


 白い犬の後ろ脚の包帯に気づいて深く頭を下げ、赤髪の騎士は訪問の目的を尋ねてきた。


「それで本日はどうされたんでしょう? ちなみに昨日の奴ならばっちり牢屋にぶち込んでやりましたから、もう心配ないですよ!」

「そうなんだ。安心したわ、お仕事ご苦労様です。実はそのことで、ええと……魔法騎士団団長のリュアン様におわびとお礼をさせていただこうと伺ったのだけれど、お目通り願えるかしら?」


 かがんでいたセシリーが体を起こすと、リルルと呼ばれた犬は「離さないぞ!」とでも言わんばかりに足にしがみつこうとする。そこを男の子がしっかりと押し止め、彼を抱きかかえると指で敷地の奥の方を示した。


「こ~らリルル、あんまりお客様に失礼なことしちゃダメだってば! おわびっていうのはよく分かんないけど、とりあえず歓迎します! 本部に一緒に行きましょう!」


 この様子からすれば、平手打ちの件は大っぴらにはなっていまいとセシリーは少しだけ安心する。彼はリルルを連れて急ぎ足になったが、途中でセシリーが遅れ始めたことに気づくと歩幅を合わせ、困ったように頬を掻く。


「すみません、気遣いが足りなくて。もしかして娘さんは、お貴族様の御令嬢だったりするんでしょうか? だったら僕、気が利かないから失礼なこと言ってたら注意してくださいね」

「いえそんな。一応末席には名は連ねてますけど、運よく爵位を譲ってもらっただけの名ばかりの家柄ですから、どうか気兼ねしないで。セシリー・クライスベルと申します、どうぞよろしく」

「こちらこそ! 僕はラケル・ルース。魔法騎士団に務め始めたばかりの新米騎士です。呼び捨てにしてくれて構いませんから、改めてよろしくお願いしますね。こいつは白狼のリルル。ほら、ご挨拶!」

「ウォン!」


 ふわふわした丸っこいリルルが狼だと言われてもぴんと来ないが、それよりもラケルとリルルの互いの心を理解したようなやりとりに、セシリーは口元をほころばせた。


「ありがとう。それじゃ互いに遠慮なく名前で呼び合いましょう。よろしくね、ラケル、リルル」


 さほど大きくはないが鍛錬の跡が窺えるしっかりとしたラケルの手と、狼らしく中々骨太なリルルの前足を順番に握って振り、セシリーは隣を歩く。


「あなたたちだけ、制服が黒いのね?」

「正騎士さんたちと区別するための処置ですね。うちは実は、向こうみたいに歴史が古くないから。規模も十分の一にも満たないくらいで、敷地内に辛うじて間借りさせてもらってるような感じなんです。ほら、見えてきた。建物も同じ色でわかりやすいでしょ?」


 ラケルは姿を現した目的地を差し示す。そこには、真新しさは感じられるものの、他よりは大分こじんまりとした黒い箱型の建物が置かれていた。


「団員も三百にも満たないから、結構忙しいんですよね。やりがいのある仕事だから、僕は好きですけど」

「そうなんだ。魔法を使える人の数自体少ないものね」


 本で見かけた知識でうろ覚えだが、魔法を使える素養のある人は、千人いて五人とか三人とか、そんなわずかな比率だったはずだ。魔物との戦いで戦力になるような使い手だと、もっと少なくなるのだろう。頼りになりそうな彼の姿に、セシリーは小さく溜め息を吐く。


(はあ、うちのお父様とは大違いよね……)


 ちなみに実は父も魔法を使うが、幼い頃得意そうに披露してくれたのは両目から閃光を放ち敵の目を眩ますというしょぼいもので、絶対に大した使い手ではない。そんな馬鹿らしい魔法で喜んでいた幼い自分にセシリーがげんなりしていると、ラケルはを自分の顔を指さして満面の笑みを浮かべた。


「そうなんですよ! だから実は僕、なんちゃってエリートだったりしちゃうんですよね。へへっ、すごいでしょ!」

「ぷっ! なんちゃってって……」


 彼の明るい仕草にはつい笑いが込み上げ、いつしか昨日のことで男性に感じていた不信感や恐怖は嘘のように小さくなっていた。周りを元気にさせる陽性の気質はきっと彼の天性の才能だ。


「ラケルって楽しい人ね。もしよかったら、私とお友達になってくれない?」

「え、いいんですか? 嬉しいな! それじゃ後で同僚たちにも紹介しますね。大丈夫、皆いい人ばっかりだから」

「ありがとう、助かるわ」

「ワフッ!」

「もちろんあなたもね、リルル!」


 ラケルの腕の中から自分もと主張したリルルを撫で、仲良くなって緊張もほぐれたところで、魔法騎士団本部の入り口が近づいてくる。


 ラケルはリルルを繋いできた後、すぐに受付に取り次いでくれたが……セシリーはそこで告げられた内容に大きく口を開くことになった。


「――団長たちならクライスベル家を訪問すると、少し前に出られましたけど」

「ええーっ!? それってウチなんですけど! どうしよう……! 私、急いで帰らなきゃ」


 慌てて身を返そうとしたセシリーの手首をラケルが掴む。


「ごめん、僕が団長の予定をちゃんと聞いておけばよかった。ロージーさん、ちょっとこの子、送ってきます! セシリー、捕まって! 《風よ、我が身を空へ運べ》!」

「えっ、ちょっ……きゃあぁぁぁぁぁ!」


 彼は素早く口ずさむとセシリーをひょいと体の前で抱え、建物を飛び出すと地面を踏み切る。彼と自分の周りを薄緑の光の膜が包み、ふたりを空へふわりと運ぶ途中、セシリーの頭に自慢げな父の記憶が浮かんだ。


『――我々の使う魔法にはふたつの発動形態がある。詠唱と魔法陣。これはどちらも自身のイメージを魔力に伝達する過程として重要な……娘よ、聞いてくれているか――っ!?』


 この時のセシリーは目の前を横切る蝶に夢中でほとんど聞き流していたのだが、意外と自分の記憶力もばかにならない。先日の魔法騎士団長の治癒魔法と立て続けで、セシリーは身をもって魔法の便利さを体感することになった。


(ひえぇ……。せ、正門に馬車を止めてるんだけど、後で伝えてもらえばいっか)

「ええと、どの辺りか教えてもらえると助かるかな」


 集中しているのか真剣な表情で告げるラケル。

 眼下に町を収めたセシリーは、吹き付ける風に髪を押さえつつ王都の真ん中からやや北側の一軒の家屋を指さす。


「あのね、中央にある商区を少し奥に進んだ、あの青い屋根の屋敷なの。見える?」

「わかった、ちょっと揺れるけど、我慢してね!」

「ひゃう!」


 それを聞くなり、ラケルは彼女を抱えたままなだらかな角度で滑空する。見る見るうちに町の姿が大きくなり、屋根や街路樹に止まる鳥たちが驚いて、そこかしこへ散ってゆく。


(これが、魔法なんだ……)


 彼の身体に必死に腕を回しながら……その時のセシリーは別世界の入り口に立ったような気分で、弾む心を抑えきれずにいた。

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