決闘と最後の別れ①
新たに見つかった月の聖女に対し、王太子が直接祝辞を述べたいということで実現した会談だと聞いていたが、ジェラルドが呼んだオーギュストはいいとして、どうしてリュアンとラケルの姿がここにあるのだと、セシリーは混乱する。
ファーリスデル風の優美な礼装を着こなしてきたふたりは額縁に入れて家宝にしておきたいくらい決まっていたが、それよりも今はこの面談がどのような行方を辿るのか、セシリーは目が離せなくなった。
「当国に続き、そちらでも聖女たる資格を持つ者が見つかったということで……これで、手を取り合い『大災厄』へと立ち向かうことができそうだ。両国の繁栄をより確かなものとするためにも、しっかりと私たちの代でも緊密な関係を維持しておきたい。その為に一度腹を割って話しておきたかったのですよ」
「その前に……」
ジェラルドは目の前でにっこりと微笑むレオリンに向かって、こちらも貴公子然とした表情で応じた。
「そこの赤髪の彼はおいておくとして……詳しい事情は省きますが、その団長だとかいうリュアンなる者が当国から故あって放逐された身であることは、王家に連なるあなたであればご存じでありましょう。彼をあなた方がヴェルナー家に向かい入れるにあたって交わされた取り決めを知らぬというわけには参りませぬぞ……然るべき事情なくば、即刻この国から送還させていただく」
「それはお待ちいただきたいですな。もちろん取り決めは承知……ですが彼も今回のことには当事者であり、この場に列席する権利は十分にあると考えます」
「それは……どういうことですか?」
「では、彼自身の口からその理由を語っていただきましょう。リュアン殿……」
「失礼致します」
彼はひとつ頭を下げると、レオリンの隣に進み出た。その間にオーギュストは一言断わって後ろに控えたセシリーの傍にやってくる。
(ねえお父様……一体どういうことなの)
(……セシリー。私はまだ迷っていたが、肚を決めた。この話の後、お前の選択で全てが決まる。だが、どういう道を選ぼうと私はお前の味方だ。だから、本当に自分の望む道を選びなさい。それをさせるために、彼らは来てくれた)
オーギュストはそれだけ言うと黙ってセシリーの隣に立つ。
そしてリュアンは、大きくはないが、はっきりとした声で語り始めた。
「ジェラルド殿……たしかに、その者セシリーは、貴国ガレイタムで重用されていたレフィーニ家の血を引く娘です。月の聖女の血を引くこともあり、国家として帰順を申し出るのはやむなき事と心得ます。ですが……ひとつだけ言わせていただくならば、あなたはあの時、国王が決めた取り決めに違反している」
「何を言う……それは貴様の方だろう、リュアン。いや、元ガレイタム王国第二王子レイアム! 国外追放されたお前が、なぜ今更戻ってきた!」
厳しい糾弾を突き付けたジェラルドに、リュアンは告げた。
「確かに俺はあの時の責任を取るために、甘んじてその処分を受けました。しかし、あの時の取り決めにはこうあったはずだ。『月の聖女を見出し連れ帰ることあらば、追放処分は不問に付す』と!」
「それがどうした! セシリーはお前の手によってではなく自らこちらの国に来たのだ!」
「それはわかっている! ですがあなたは母親の墓前に花を供える為にフィエル村を訪れた彼女たちを不当に拘束した! オーギュスト氏からはそう証言が得られている! 彼らはまだファーリスデルの国民です……本来ならば返還を申し出るならそれなりの手続きを取ってからにすべきでしょう!」
「それを言うならば彼らの身元をろくに調べもせず受け入れたファーリスデル王国側にも問題があるだろう! そしてそれが貴様がここにいることと何の関係があると言っているのだ!」
ジェラルドは声を荒げ、リュアンを威圧する様に一歩前に出た。
それに対し、リュアンは何も恥じるところが無いというように、背筋を正して言った。
「関係はある! 何故なら、そこにいるセシリーは、俺の婚約者だからだ!」
(んぐ――!?!?!?)
オーギュストに口元を押さえられたため声は出なかったものの、セシリーは卒倒しそうになるほど驚愕して、父が支えてくれなければその場に尻餅を着くところだった。
ジェラルドもよもやこんなことを言い出すとは思っていなかったのか、しばし眉を乗せて応接間に沈黙が流れる。
その間リュアンは懐から出して来た書類を広げると、ジェラルドに突きつける。
そこには、オーギュストとヴェルナー家当主クライデンという人物の名、そして、リュアンの名前がある。一つ空欄があるのは、おそらくセシリーの署名を書き込むための場所だろう。
「後は彼女の名前を貰えば婚約は成立、そうして俺は、セシリーと共にガレイタムに戻るつもりだった……だが、その愛しの彼女をあなたが連れ去ってしまった……。あなたが邪魔することがなければ、俺は真っ当な方法で責務を終え、聖女を連れた上で国に帰り付くことができたのです!」
リュアンは胸を押さえ、ぐぐっと拳を握り締める。やや演技過剰のその芝居は素人芸だけに真実かどうか判断し難かったのか、ジェラルドは突っ込まずに批判することを選んだようだ。
「仮にそうだとして……そんな物はこのガレイタム国内にて何の拘束力も持たない! お前の言っていることは仮定を並べ立てただけの屁理屈に過ぎぬ!」
「いや、お待ちいただきたい。仮に彼の言うことが真実であるのだとしたら、我々も少し貴国との付き合い方を考えねばならない。なにせヴェルナー家もわが国では有数の名家。その家の息子がこのような扱いを受け、そして未だファーリスデル人の国籍を破棄されぬまま、オーギュスト殿やセシリー嬢が不当に拘留されているということになると、いくら彼女が月の聖女であるという事情があったとしても国として見過ごすわけにはいきません。せめて一旦身柄を返還いただき、彼女の意思を確認した上で婚約の破棄を含めた然るべき手続きを終え、ガレイタム人に帰化させた後で帰還させる……と言うのが筋ではないでしょうか?」
「む……しかしですな」
整然と言い立てるレオリンの言葉にジェラルドは、貴様はどちらの味方なのだという顔を向けた後、苦痛を滲ませた声で言う。
「あなた方は、当国の事情を御存じでいないからそんなことが言えるのだ……。レフィーニ家の滅亡や、先の聖女候補の刺殺事件の後、長く聖女の座は空位として国民に不安を与えている。彼らを安心させ、長くこの国で幸せに生きてもらうためにも、新たな象徴が必要なのだ……そしてそれは真の聖女でなくてはならない!」
次代の王として国を担う。そんな覚悟を込めての言葉。しかしそこに、ラケルは黙っていられないと言うように手を拡げて叫んだ。
「そんなのっ……あなたたちが勝手にセシリーに役目を押し付けているだけじゃないですか! おかしいでしょ、彼女は元は僕たちと一緒で平民として暮らしてた。それをお父さんが貴族籍を買い上げて伯爵令嬢ってことになったけど……僕らと一緒に楽しそうに働いてくれてたのに! それが聖女だからってどうして彼女の意思も関係なく、どっちの国のものだとか取り合いにして、ふざけないで下さいよ! 彼女は僕にとっても大切な友達なんだ!」
ラケルはただの一般市民だ。本来ならば王太子に不遜な口を聞いたというだけで刑に処されかねないところだが、ジェラルドは動き出そうとした兵たちを制し、彼を冷たく見下ろす。
「……なぜ君がここに来たかはわかった。だがな、彼女が役目を果たさないということは、他の多くの者が大事な人間を失う事態に発展するということなのだ。それでも君は彼女を庇えるか?」
「そんなの……わかんないよ! でも誰も彼女個人を守ってあげられないと言うなら、僕が……守る! ねえセシリー、本当にこのまま向こうに帰れなくなってもいいの!?」
「セシリー、お前の意思を聞きたい。お前はどうしたい? 素直な気持ちを言ってくれ」
「私は……」
ぐっと唇を噛み締めてジェラルドを見上げるラケルとその隣に立つリュアンが……投げかけた質問にセシリーの口から考える前に言葉が出た。
「帰りたい……皆のところへ。でもそれはできないよ……見ちゃったもん、色んな人が月の聖女のことで苦しんでるのを。このまま私だけなんの区切りも着けずにこの国を去るのはいけないと思うんだ」
「そら見ろ、彼女も自らの立場をわかってくれている。何も考えずに下らぬ自らの希望を押し通そうとしているのはお前らの方だ」
「いや、それは違う。あんたらがセシリーを自分たちの都合に無理やり付き合わせ、縛り付けているんだ。本来必要のないあんな事件のことまでこの子に話して苦しめるなんて……! やはり、セシリーはあんたの元へは置いて行けない!」
「……ならば、剣で勝負をつけてはどうか」
睨み合う格好になった兄弟の間を割るかのように進み出たのはオーギュストだった。
「私も親として、騎士団の青年たちの言葉には同意ですし、可愛い娘に辛い役目を強いる男の元に嫁がせるのは死んでも御免だ。……しかし、国民を守るためというジェラルド殿の気持ちも、わからなくはない。おそらくこのままでは、話は平行線――本気でレオリン王太子がこの事を問題として提起なされば、今まで友好であった両国の関係に深い亀裂が生まれかねない。それが現状で、例えようのない愚かな選択だということが、お二方にもわからぬわけではありますまい。いかがですかな?」
オーギュストがジェラルドとレオリン双方に確認すると、レオリンは自信ありげに頷き、ジェラルドも、ふたつ返事で相手を指定した。
「ならば、俺の相手はレイアム……いや、今はリュアンだったな。貴様に務めてもらう。この後予定も控えている……本日この場所で、けりを付けさせてもらうがいいか?」
「もちろんです。ジェラルド殿」
リュアンはしっかりと頷くと、セシリーをに目線を向け力強く頷く。待っていてくれ――そう言うかのように……。
「では中庭に移動するぞ。さすがに室内でやり合うわけにはいかんからな」
「では行こうか、セシリー」
「お父様……どうしてこんな」
「私にとってもこれはまたとないチャンスになのでな。いずれが娘を任せるに足る男かを知る、絶好の機会だ」
ひとつウインクするとオーギュストはセシリーの背中を押した。その表情に浮かぶのは、稀に見せる未知の商品を品定めする時の期待感であるかのようにセシリーには感じられ、よくもこんな場でと不謹慎な父親にセシリーは目を吊り上げた。




