表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
訳あり魔法騎士団長様と月の聖女になる私  作者: 安野 吽
第二章 月の聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/68

パレードを控えて

 今、ガレイタムの王都では至るところで艶やかな飾りつけがされ、通りを歩く人々もどこか浮き立った様子だ。屋根から屋根へ至るところにロープが吊るされ、国旗を模したペナントが風にそよいでいる。


 離宮の一室にてバルコニーから町を見下ろしていたセシリーは、その様子がどこか別世界の出来事であるかのように、ぼんやりとした視線を送っている。


「……あんまり不安にならなくても大丈夫よ、セシリー。ジェラルド様の隣に立って、笑顔で皆に手を振ってくれればそれで大丈夫だから」

「はあ……」


 背中にそっと手を添えて勇気づけてくれたレミュールには申し訳ないが、今も生返事しか返すことができない。


 あれからあっという間に一週間以上が過ぎ、今週末の日曜、セシリーは月の聖女としてジェラルドの隣に立ちパレードに出席する。セシリーの希望により今回は王妃としてではなく、あくまで聖女として国民にお披露目を行うとのことだが、彼の隣に立てば、周囲から自動的に婚約者として認知されてもおかしくはない。それをわかっていても、未だセシリーの中で自信を持ってこうすべきだと言える答えは出ないままだ。

 

「何も怖がることないのよ。あなたならちゃんと立派にお務めを果たせるわ。当日はわたくしも手伝って、どこに出ても恥ずかしくないように着飾らせて送り出してあげるから、安心なさいな」

 

 そうして微笑む彼女の方が、やっぱりジェラルドの隣にはよっぽどふさわしいと思えるのだが……セシリーが夜を徹して頼み込んだとしても、レミュールも、そしてジェラルドも絶対に首を縦には振るまい。


 マーシャもこの事について、本当に嬉しそうに祝ってくれた。彼女がジェラルドを好いているのは明らかだが、全てを忘れていても、自分の存在がジェラルドを縛っていることをどこかで強く感じてしまっている。


 本来ならば、レミュールとマーシャにとってはセシリーの存在は救いであると同時に、最も愛する人を奪おうという恋敵でもあるはずなのだ。けれど彼女たちはセシリーに対して嫉妬や恨みつらみなどを一言も漏らさない。それが余計に彼女たちの、ジェラルドに幸せになって欲しいという深い愛情を思わせる。


 隣に並んだ、レミュールは穏やかな顔で言った。


「ありがとうセシリー。明後日やっと……私たちのずっと望んでいたことがひとつ叶う。願わくば、ついでにあなたとジェラルド様が結ばれてくれれば言うことはないんだけれど?」

「……それは」

「ごめんなさい。けしかけるつもりはないのよ。ただ……マーシャとも話をしてね。もしもこの後封印もなにもかもうまく行って、国内が安定したら……彼女と一緒にホールディの家に戻ろうかって。行き遅れた女ふたり、一緒に肩を寄せ合って暮らすのも悪くはないと思うから」

「……で、でも! ジェラルド様はおふたりのことを……」

「わたくしたちがいる限り、ずっとジェラルド様は負い目を感じて生き続けなければならないわ。だから決めたの……。彼もきっと、本気で訴えかければ嫌とは言わないでしょう」


 レミュールは信念を宿した瞳でセシリーを見据えた。それはジェラルドが幸せになるために、自分たちの存在は欠片も必要ないと断定している目だった。


 誰よりも彼を想うがゆえの……十年越しの決断。そこにセシリーが差し挟める口などあるはずがない。ここで自分の本心をわめくことが無粋にしか思えないほどの、高潔で美しい心持ちだった。


「だから、あなたのできる範囲でいいから、あの人を助けてあげて。そしてできれば幸せを与えてあげて欲しい……それがわたくしたちふたりの、心からのお願いよ。セシリー・クライスベル……」

「……はい」


 しかしそれでも、セシリーははっきりと心から頷くことができない。足を引っ張るこの感情を紐解くためには、圧倒的に時間も経験も何もかもが不足していて……。


「さ、戻りましょう……。今日は今日で大事な用事があるんだから……あなたもお父様と久しぶりに会えるのは楽しみでしょう」

「……そうですね」

「そんな顔しないで」


 レミュールはセシリーの手をそっと取って引っ張ってくれる。いっそのこと強く(なじ)ってくれた方がこちらの諦めも着くのかも知れないと、セシリーはぐっと唇を嚙み締めた。





 離宮の応接室にセシリーが向かうと、既にジェラルドが来客を迎えるため到着していた。


「すみません。遅くなってしまいまして……」

「いや、時間までにはまだ早いくらいだ。少し今後の話でもするか」


 ジェラルドは彼女に席を指し示し、自分も隣に座る。


「すまないが、お前が月の聖女を名乗るに当たって元がファーリスデルの出では通りが悪い。正式な手続きはまだだが、以後お前の生家が使っていたレフィーニ家の名を唯一の後継として名乗ってもらう。オーギュストについても婿入りしたという体になるであろう」

「……それは、私がファーリスデル人でなくなるという、そういうことですか?」

「ああ……。オーギュストの方は拒むかもしれんが、そうなれば国へと送り返すだけだ」

「そうですね……父は向こうでたくさんの従業員を抱えてますから。その方がいいのかもしれません」

「あいつなら、お前の近くにいる方を取るだろうがな。任せるにふさわしいと判断できる人間が目の前に現れるまで。どうやらオレではその眼鏡に叶わぬらしい」


 だが、自嘲気味に笑った後ジェラルドはセシリーに向き直り、その手に自分の手のひらを重ねた。


「オーギュストが認めずとも、オレはゆくゆくはお前を王妃として迎えるつもりだ。少なくとも大災厄を再び封じた暁には、国の安寧の為に大きくそれと、聖女との婚姻を国内外へ打ち出さねばならぬ……。いくらお前が抵抗しようと、これは変えられぬ事実なのだ。しかし案ずるな……決してお前の意思をないがしろにして寝屋を共にさせようなどとはすまいよ」

「……レミュール様たちのことは……」


 ジェラルドはふっと視線を俯かせ、哀しい顔で告げた。


「話を聞いたか……あいつらをずっとここに縛り付けていたのはオレだ。責任など取れぬことが分かっていたのにもかかわらず、な。望むなら子でもなんでも与えてやりたいが……ふたりはここを出ていくことを選んだ。ならば、そろそろ自由にしてやらなければ」

「そ……」


 それでいいのか……口から漏れ出そうになった叫びを、セシリーはぎゅっと手を握って噛み殺す。その気持ちは震える手からきっとジェラルドに伝わってしまっただろう。


 彼は大きな手をセシリーの頭に乗せた。


「いいのだよ。オレは生まれた時に、あいつらも聖女候補としてこの場所に来た時に……国のために命を捧げると覚悟したのだから。お前が現われてくれたことで、やっとあいつらは役目から解放される。王都を遠く離れればいずれ月日と共に記憶は薄らぎ、平和を取り戻した世界で己の為の生を送れるようになるはずだ……」


 彼が、王太子という替えの聞かない身分でなかったなら……卑怯な何者かのせいでマーシャがラナの命を奪うことにならなければ、もっと違う形の未来があったはずなのに。時を遡ることができない今、当事者でないセシリーがいくら口を挟んだ所で彼らの決断に影響を与えることはできない。


 自分ならばどうするか、どうなって欲しいのか……そんな時ゆっくりと頭に浮かびそうになったのは、数日前の不思議な夢の断片で――。


「ご報告いたします! ファーリスデル王国からの使者をお連れいたしました!」

「ああ、ご苦労。入ってもらってくれ」


 外から響いた声に、室内に控えていた従者が両開きの重そうな扉を開けた。

 立ち上がったジェラルドとセシリーの元に、使者の一団がゆっくりと歩み寄る。


 その時セシリーは完全に放心していた。

 父が来ることは前々からジェラルドから聞かされていたのでいいとして、先頭にいたのは橙に近い金色の髪と目をした高貴な青年。ファーリスデルの王都に住まう者なら一度は目にしたことがあるだろう他ならぬ王太子の姿である。


「やあ、久々にお目にかかるが、ジェラルド殿は御壮健であらせられる様子でなにより。そしてお初にお目にかかる、月の聖女殿。我が名はファーリスデル王国の王太子を務める、レオリン・エイク・ファーリスデルと申す者だ。そちらは今はまだ……セシリー・クライスベルとの御名で呼ばわってもよろしいか?」

「あ……ぅ、は、はい……そうです。お、お会いできて光栄にございます」


 快く彼がジェラルドと握手した後、その手を自分に差し出してきたので慌てて手を取る。


 なんとか挨拶を返すことができたのは、ここ数日でこの面談に際して相当な回数の反復練習を積んだ成果と、ジェラルドが背中を叩いて気付けしてくれたことのおかげだった。それが無ければ棒立ちで突っ立ったまま数分は口を丸く開けていただろう。


 ファーリスデル王国の王太子……その貫禄ある姿に衝撃を受けたのも間違いはない。しかし、それよりももっと強力にセシリーの注意を惹きつけたのは、別の人物たちの存在。そしてジェラルドすら、その内のひとりに強い視線を向け……レオリンに問いただした。


「少しお待ちいただきたい……。なぜ、その者をこの場所に連れて来たのです? レオリン殿」


 なにしろ、その後ろからは……こちらを安心させる様に微笑んだ赤い髪の新米騎士団員、そして。


「いやあ、私たっての希望で護衛として同行をお願いしたのです。我が国が誇る魔法騎士団所属の彼らならば、きっとこの身を預けるに足ると思いましてね。そうですね、リュアン団長」

「ハッ!」


 鋭い紫色の眼光を輝かせる、美貌の騎士団長が、こちらを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ